五分くらいで読める短編小説(恋愛多め)
蒼久 楓
1.花火に消えることを願って
いつもは静かな神社の通りは、今日から三日間の間だけ賑やかな道に変わる。
道の両脇には、たこ焼き、焼きそば、くじ引きなど目を引く出店が並び、行き交う人々は浴衣を着ていて、どこか浮かれた足取りで歩いていた。
「あかり、まず何から食べる?」
友人のゆいは無理矢理私を連れ出したくせにやたら楽しそうな様子で、額に手を当てて、海賊みたいに周囲を見渡している。
「……たこ焼き」
別にたこ焼きが食べたいわけじゃない。
沈黙を埋めようと咄嗟に思い浮かんだ品がそれだっただけだ。
私は沢山の来客の中で、二人だけの世界に浸る男女に、目を奪われていた。
「もう元気だしなって。失恋の一つや二つくらい」
最近ずっとわかりやすく落ち込んでいる私に、ゆいは呆れたように言い放つ。
頭ではわかっている。高校生の恋愛なんて、長い人生のほんの一瞬だけ。失恋なんか忘れて、次の男に恋をした方が有意義だってわかっている。
でも、そんな簡単に忘れないよ。
簡単に忘れられるなら、それは恋とは呼ばないと思うから。
「でも、今回はあかりが告白しなかった。勝負すらしなかったじゃない」
「……うん」
「まぁ、あかりの親友に取られたのは少し複雑よね」
あかりは私の反応を見て、言いすぎたと思ったのか、気まずそうに頬に掻きながら擁護してくれた。
騒がしい道を女二人だけで歩いていく。
私の親友が私の好きな人と付き合った。
親友の名前は、ひな。
ひなは小さい頃からずっと一緒だった。
両親同士の仲が良く、幼稚園の頃からずっと遊んでいた。
小学生の頃は、地元の音楽教室に通っていた私を真似て、ひなも入会した。
中学生の頃は、部活が盛んな学校でバスケ部に入部した私を真似て、ひなも入部した。
高校生になると私は帰宅部を選び、ひなも帰宅部を選んだ。
いつも私の後ばかりついて来るひなが可愛くて好き。
それなのにどうして。
私の好きな人に対してだけは、私よりも先に行動しているの?
なんでこんな時に限って。
それでも私はひなが好きだ。
この複雑な心は、賑わった祭りの光景と似ていて、ぐちゃぐちゃしている。
親友として、私はひなに応援してあげたい。
ドラマのように、二人が喧嘩した時は「私がとっちゃうよ」なんて冗談を言って、発破をかけてあげたい。
でもそれは無理だった。
今言ってしまったら、きっとひなを不安にさせる言動しか出来ない自分がいることがわかっているから。
私とゆいは目的もなくただ歩いていた。
どこに向かっているかもわからないまま、ゆいの背中についていく。
「あ……」
ゆいの言葉に気付かれなければ良かった。
そうすれば、見たくないものを見なくて済んだかもしれない。
目の前で、楽しそうに笑う二人の姿を。
「あ、あかりちゃん!」
ひなは目が合うと、子犬のように駆け寄ってくる。
「みてみて、きょうちゃんが取ってくれたんだ!」
私の目の前に出されたのは、小さなビニール袋に閉じ込められた金魚が三匹。
私は屈託なく笑うひなが好き。
その気持ちは変わっていない。
だからこそ、心が痛かった。
嫌いになれたらどんなに楽だろうか。
「うん、よかったね。優しい彼氏さんで。きょうちゃん、ひなのこと頼むね。この子すぐ迷子になるから」
「ああ、わかっているよ」
「ひどいよあかりちゃん! もう子供じゃないんだから」
私はうまく笑えているだろうか。
ひなの親友として上手く話せているだろうか。
きょうちゃんをただのクラスメイトとして自然に振る舞えているだろか。
「それじゃ」
私はそう言い残して、足早に二人から離れようとした。
「うん。またね!」
ひな達が歩き始めた頃合いを見計らって、後ろを振り向く。
手にぶら下げられた金魚は、一匹だけ離れているように見えた。
二人の姿が見えなくなると、「たこ焼き」と大きく書かれた出店が目に入る。
さっきまでは食べたいとも思わなかったたこ焼きが、今は無性に食べたい。
「すいません、二パック下さい」
私が頼もうとした矢先に、ゆいの声が注文を奪ってしまった。
「はいよ!」
屋台の元気なおじさんはゆいからお金を受け取り、たこ焼きを作り始め、私達は注文の邪魔にならないようにと、出店の端に寄った。
「ゆい、お金」
「いいって、無理矢理祭りに誘ったお詫び」
財布を取り出した私の手をゆいはそっと押しのける。
「はい、二パックお待ちどう。お嬢ちゃんたち可愛いからおまけしといたよ」
「ありがとうございます」
出来上がったたこ焼きを手に取って、私たちは人混みの中を抜けていくと、小さなベンチを見つけ、そこに体重を預けることにした。
空を見つけると、八時を迎えた空は真っ暗で、点々と星が輝いている。
「あかり。大したもんじゃない」
「うん、頑張ったよ」
たこ焼きの蓋を開けると、閉じ込められた熱が水蒸気となって空へ溶けていった。
目にうっすらと涙が滲み出るのは、溶けきれなかった水蒸気のせいだ。
「ゆいは彼氏作らないの?」
私はずっと気になっていたことを聞いてみる。
ゆいはすらっとモデル体型で顔立ちはかなり整っている。憧れの存在なのに、浮いた話の一つも聞いたことがない。
「私は色恋沙汰がめんどいって思っちゃうんだよね」
たこ焼きに息をかけて冷ます姿は絵画の一枚になりそうなくらい綺麗。
「好きって綺麗な感情だけじゃないじゃん」
「そうだね」
私はまた沈んでしまう。
私の現状がまさにそうだった。
自分の思いを伝え、思い人と結ばれる。尊いものだと思う。
でもその裏では叶わなかった恋も存在する。
そんなことはわかっているのに、なんで人間は恋をしてしまうのだろう。
でも、私はきょうちゃんに恋したことは後悔していない。
彼の言葉一つで、私の心は浮き沈みが起きる。
辛いけど、楽しい。
だからこそ、心の中から好きって感情が消えてくれない。
『お知らせします。あと十分で花火大会が始まります。混雑が予想されますので、ご覧になる方は、怪我のないようにしばらくお待ちください』
もうすぐ花火が始まるらしい。
きっと、ひなときょうちゃんは手でも繋ぎながら、一緒に見た花火として思い出に刻むのかな。
そう思うと居ても立っても居られなくなった。
「ごめん、お手洗いに行ってくるね」
私はゆいにそう言い残して、その場を離れた。
賑わう祭りの中で私はひとりぼっち。
お手洗いなんてのは嘘で、目的地もなく彷徨う。
花火に向かう行列の中を一人で逆走していた。
肩や腕がぶつかるたびに、「すいません」「ごめんなさい」と言いながら、ただ足を動かす。
このまま花火を女二人で見ると、なんだか負けたような気がして嫌だった。
こうして花火から離れていると、迷子になってしまい一人で花火を見た。そう思い出に刻み込めると思った。
ふらふらと人混みから離れていくと、一人の男性が目に映り、心臓が止まる。
瞳に映るのは頭の中では、何度も二人きりでお祭りに行った人。
「うーん、ひなはどこにいったんだろう」
何度も電話を掛けるきょうちゃんだった。
「あ、あかり。ひな見なかった? てか、あかりも迷子かよ」
「うん、迷子になっちゃった。ひなは見なかったな」
「そっか。もう花火始まっちゃうんだけどな」
ひながいないことを幸運だと思う自分に、心は今にも張り裂けそうだった。
なんて自分は嫌な女なんだろう。
親友の不幸をこんなにも喜んでしまう私が大嫌いだ。
ヒュー、バンッ
私が自己嫌悪に陥っていると、花火が始まってしまった。
空に花を咲かせる音だけが世界を支配しているように思えた。
「あ……はじ……な」
きょうちゃんの言葉が断片的にしか聞こえない。
花火はいつ見ても綺麗。
それが好きな人と一緒なら尚更だ。
多彩な色が二人の顔を染める。
バンッ。バンッ。
何度も何度も夜空のキャンバスを彩っていく。
ああ、綺麗だな。
その美しい光景は、私の良心を壊すには充分すぎた。
「きょうちゃん。好き」
花火の音で消えていくことを願って。
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