第14話 イーストチルドレン⑩買い物
今日は買い物に行くことになり、わたしも連れて行ってもらえる。
冬支度を始めるそうだ。薬草の採取や獣など獲るのを頑張ってきたから、食べ物も結構買えるんじゃないかということだ。冬服などは夕方みんなが帰ってきてからもう一度行くことになっている。この街で買い物をするのは初めてのことなので、ウキウキしてしまう。
「フィオは何が見たい?」
カートンに尋ねられて即答する。
「調味料!」
カートンとミケは顔を合わせて笑っている。
「何?」
「いや、フィオはそういうんじゃないかと思ってた」
ミケと手を繋いで、メインストリートに沿って歩いていく。調味料はその2つ先の角を曲がったところにあるそうだ。と、わたしが足を止めたので、手を繋いでいたミケも止まる。
「どしたの?」
「ねー、あの小麦の隣の何か知ってる?」
大きな麻袋に粉類が入っていて、そこに文字と数字が書かれた板がささっている。わたしはとりあえず数字だけマスターした。文字もちょっとだけ教えてもらっている。まだまだだが。その数字でひとつだけすごく安いのがある。見た感じで多分小麦の袋の隣のやつだ。
「あれ、お米じゃない?」
もしかしてと尋ねてみればミケは頷く。
「米だけど、どうかした?」
「あれ、買おう」
「家畜の餌を買ってどうするの? 家畜なんていないだろ。それはいくらなんでも無駄遣い……まさか。だ、ダメだよ。いくら何でも餌を食べるなんて」
「大丈夫、お米はおいしいし。あれなら安いよ。あれならみんなお腹いっぱい食べられるよ」
「た、食べたことあるの?」
前世でだけどと心の中で呟きながら頷けば、ふたりに憐んだ視線を向けられた。
「……でも、遠くの国ではあれを主食で食べるって聞いたことがある」
カートンが思い出したように言った。
わたしが諦めないからだろう、まあ安いから買ってみてもいいかということでお米を買った。あまり売れないらしくおまけもしてもらって、ふたりで抱えるほどの量になった。それ以上持てそうになかったので、一度家まで帰る。
お米を置いて、またストリートに飛び出す。念願の調味料のお店だ。
砂糖と胡椒はバカ高かった。でも、醤油と味噌をみつけることができた。違う名前だったけど。あまり馴染みのないものみたいで、それ本当に食べられるの?と言う顔をされた。
ふふふ。醤油と味噌の有能さはわたしが教えてあげようじゃないか!
ホクホクと醤油を抱きしめて歩いていれば、カートンが急にキョロキョロする。
味噌を抱えているミケに手を引かれた。
顔を上げると前にはわたしたちよりだいぶ大きな子供が3人立っていた。とうせんぼしているような感じで、わたしたちは後ろを振り返ったが後ろにもやはりわたしたちより大きな子が3人ほどいた。
囲まれた。
みんなわたしたちより顔ひとつは背が高い。
「イーストチルドレン、この頃羽振りがいいんだって?」
「あなたたちは誰ですか?」
「チビ」
カートンに口を塞がれる。
「ちびっちゃいの、威勢がいいじゃんか」
「オレたちはノースチルドレンだ」
彼らがあまり評判のよろしくない連中か。これはたかられる?
ミケとカートンに挟まれる。
「威勢がいいのは嫌いじゃない。通行料を置いていけば何もしないで通してやるよ」
何そのめちゃくちゃな理屈。
「ここは普通の道だ。何で通行料を払わなきゃいけないんだよ」
ミケに上着を引っ張られる。
「怪我したくなかったら払えばいい。払わないなら痛めつける」
一番大きな子がわたしの首元を持って反対の手を振り上げた。
カートンとミケがわたしを庇おうとする。
「弱い者いじめは好かんなー」
道端で眠っていた人がゆらりと起き上がった。お酒臭い赤いもじゃもじゃ髭の男は、そう言って近づいてきて、わたしに手を振り上げた大きい子の頭がぐらぐら揺れるほど、大きな手で頭を撫でた。
「酔っぱらいが口出すなよ」
振り上げた手を軽くいなす。しばらくモジャ男を睨みつけていたけれど、体格的にも絶対勝てないと思ったんだろう、ノースたちは逃げていった。
「あの、ありがとうございました」
わたしたちは頭を下げた。
「連れ立って行動しろ。あいつらは諦めが悪い。絶対にまた絡んでくるだろう。気をつけろ」
酔っぱらいなんて思って悪かったな。すごくいい人じゃないか。わたしたちはもう一度頭を下げて家へと向かって駆け出した。
さて。みんなが帰ってきたら服など買いに行くことになっている。でも帰ってくるまでにまだ時間はある。料理の下ごしらえをしておこう。玄米をたっぷりの水に浸した。
お肉と野菜を炒めて、醤油で味つけしよう。それからクズ野菜のお味噌汁だ。調理器具や器はカートンやホトリスが手作りしてくれたので、ずいぶん料理がしやすくなった。
ナイフで野菜を切るのもだいぶ慣れてきた。そうだ、今日のご飯が余ったらおにぎりにしておいて、あの赤毛のモジャさんにお礼で渡そう。
下ごしらえが終わったところにカイたちが帰ってきた。ノースに絡まれたことは話しておく。そういう時はすぐ逃げろと、わたしは口を出したことを怒られた。
今度はみんなでメインストリートを歩く。
服などを売っているお店に入った。
「おや、カイじゃないか。今日はみんな揃ってどうしたんだい?」
「冬の服を買いにきた。あと毛布が3枚欲しい。服はチビたちから優先で、予算はこれだけ」
ふくよかなおばちゃんにカイがお金を渡している。
「チビちゃんが新入りだね。みんな言ってたが、本当だ、ずいぶん可愛らしい顔をしているね。こっちへおいで」
ノッポに背中を押されて、わたしはおばちゃんの前に躍り出た。
「こんにちは」
「はい、こんにちは。手を横に広げてみて」
言われた通り、わたしは手を横に伸ばす。
「後ろを向いて」
わたしは背を向けた。おばちゃんは何やら取り出した上着をわたしの背中に合わせている。
「これ裏地にとてもあったかいのがついているんだ。これで700、どうだい?」
「こいつにはあとズボンもあるかな? 冬を越せるような」
「これはどうだい? ちょっと大きいだろうけど、すぐ大きくなるだろうしね。裾は折っておけばいい。これも裏地があるから森なんかに行くにも適してるよ。そうだね、上着と合わせて1000にしてやるよ」
「じゃあ、それで。次、ミケ」
カイがおばちゃんと交渉しながらどんどんみんなの服が決まっていく。古着だそうだがそれなら安いんだとタートルネックのインナーをみんなにつけてくれた。それから厚手の靴下だ。厚い靴下は見ただけで暖かそうだった。カイはみんなの分の下着も買い込む。最低限のものを買い揃えても予算オーバーにはならなかったようで、そこからもだいぶ足してみんなの服を買えた。ハギレ布が売っていたので見ていたら、欲しいのかと尋ねられた。手をカバーするものを作りたかった。帽子もだけど。毛糸があれば編むんだけど。
「お前さん、編み物ができるのかい?」
おばちゃんに驚いた顔をされる。
「多分」
「何を作ろうと思ってたんだい?」
「帽子と手袋」
「できるのかい?」
「多分」
「何だい、歯切れが悪いね」
「いや、できるよ、できるんだ」
慌てていう。
「そうかい? お貴族様じゃあるまいし毛糸では作らないけれど。わしらはもっぱらアムアムの毛でやるんだ」
触らせてもらうと毛糸ではない。もっと硬いざわざわした手触りだ。でも風を通しにくいかもしれない。
「これをやるから、そのお前さんができるのを作ってみないかい? もし売れそうなもんだったら、買ってやるよ。冬の手仕事になるだろう?」
なんと! もし売れたら森の恵みを収穫できない分の代わりになる。
「ぜひ、お願いします!」
とわたしは頭を下げた。ハギレコーナーよりさらに半端な布が捨てられていた。
「これ捨てるんですか?」
「え? ああ、そうだが。なんだい欲しいのかい?」
わたしが頷くと、おばちゃんはそのハギレも一緒に包んでくれた。
「編み物、本当にできるの?」
「それにはカートンにまた作ってもらいたいものがあるんだけど」
わたしは地面に絵を描いて、かぎ針を作ってもらった。わたしはかぎ針派なのだ。
世の中には親切な人が多くて、作り方を動画でアップしてくれたりしていたから、それをみながらいろいろこしらえたっけ。帽子、手袋、レッグウォーマー、クッションカバー。
冬の森に行けない間の仕事はこういう内職がいいかも。ハギレでパッチワークができないかと思っている。それでみんなにかけられる毛布にするんだ。ハギレはいろんな色があるから、気持ちが明るくなるものが作れそうだ。
帰ってからすぐにわたしはご飯の用意に取り掛かる。
本当なら玄米の浸水はもっと長いのがベストだが、最低時間はクリアしている。
うん、わたしが食べたいのだ。お米、ずっと食べたかった!
唯一蓋のあるお鍋に玄米と水を入れ、塩を少々。お酒もあれば入れるんだけどね。
まず蓋をしないで火にかける。
その間に、ソテーとお味噌汁の具にする野菜を切っていく。
もう一つのお鍋にお水を入れ、野菜も一緒に入れてしまう。出汁代わりに乾燥させたキノコも一緒に。
お肉はちょっとだけ厚切り。いつもより気持ちなだけだけど。
ご飯は水が少なくなりぼこぼこいうようになったら蓋をしめ、火から少し遠ざける。ここからは時間との勝負だ。ここでだと時間も測れるわけじゃないし、火加減もできるわけではないから、五感で挑戦するしかない。お味噌汁の具材が茹だったら一旦火から外す、そしてもう一つの取手が壊れた鍋でお肉を焼く。塩漬け肉はほんとお役立ちだ。ふんふん鼻歌を歌いながらお肉を焼いていく。
パチパチって音が聞こえ出したので、慌ててご飯のお鍋を火から外す。後は10分蒸らせば出来上がりだ。ちゃんとたけてますように。
お肉が焼けたらお醤油を回しがけする。お皿に移し、お鍋には野菜を投入する。お味噌汁を仕上げる。お味噌の蓋部分の布を取ると、お味噌のいい匂いがした。スプーンですくってお鍋に溶き入れる。
「なんか、いい匂い」
ミケにお味噌汁の配膳を任せる。野菜も焼けたようなので、お肉のお皿に盛り付ける。
ご飯はお鍋ごと中に持っていく。お皿をもう一枚ずつ用意して気づく。しゃもじがない。これもまた作ってもらわなきゃ。今日はオタマで。お味噌汁をよそったおたまを洗い、お鍋の蓋をオープン。おお、玄米ご飯! ツヤッツヤ。そしてご飯のいい匂い。
誰かの喉がなった。
「これが餌の匂い?」
「餌じゃないよ、お米だよ」
わたしはみんなの分のご飯をよそった。
ご飯にお味噌汁。お肉と野菜のソテー、立派なご飯だ!
それぞれに食前の感謝の言葉を唱えていただきますだ。
まず、お味噌汁。出汁がないから心配だったが、乾燥キノコがいい仕事をしていた。ああ、ちゃんとしたお味噌汁だ。お味噌がおいしい。
そして、お米だ。ああ、このかみごたえ、味! 夢みていたものだ。
ソテーの野菜と一緒にご飯をあむっといただく。うーおいしい!
次はお肉と。ああ、醤油がたまらん。
ひとり感激していたが、みんなの反応はと思って見渡すと、みんなあっという間に食べ終わっていた。すっごい美味しかったという。
ご飯まだあるよというと食べたいという。お米だけだからなんかなーと思って、塩にぎりにした。手が小さいから小さいものになったが、これも飛ぶように売れて、あっという間にご飯はすっからかんになった。米は小麦粉の10分の1の値段で、お米だったらお腹いっぱい食べられる話をすると、お米も買っていいことになった。やったね!
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