第11話 イーストチルドレン⑦強がるな

「あんな、泣いていいんだ。泣いていいし、思ったことは言っていい」


 澄んでいる青い目に全部見透かされているような気がした。

 カイがほっぺを摘んだ指に力を入れ、痛みで涙が滲みでた。

 その一雫が水だけに呼び水になったのか、ブワッと涙が溢れ出して涙が止まらなくなった。


「痛い!」


 それが理由だと主張するかのように声をあげていた。小さな子供の癇癪だ。

 自分でもわけがわからない。なんでこんなめちゃくちゃな状態になっているんだろう。


「痛くしたからな」


 ドヤ顔でカイが言い切って、それもまた。

 思ったことは言っていい? そんなのがあるわけではない。

 理由があったのか、よくわからない。

 わたしはただ泣きじゃくってしまった。

 カイが支えてギュッとしてくれたので、その胸にすがって思い切り泣いてしまった。


 発端は生き物に手をかけたことだった。

 覚悟が足りないって思ったり、衝撃だったりしたけど、それはそれだけなはずだった。

 でもそのうちわけわからなくなってきて。

 張り詰めていたものが切れたのかもしれない。

 わたしはそのまま眠ってしまったらしい。



 次の日、意識が浮上した瞬間に目の重たさに寝る前のことを思い出し、ものすごく起きるのが恥ずかしくなった。


 前世の記憶を思い出してよかったことは、捨てられたことを客観的に捉えることができ、心を閉ざしたり壊れたりせずにすんだことだと思う。

 それ以外では、前のわたしの記憶なんてちっとも役に立たない。

 それはわたしがただ年だけ重ねた、本物の大人ではなかったからだろう。もう出来上がっているレールの上でなら繕い歩ける人。だからそのレールがないここでは、何ひとつできることがなかった。

 それを思い知り、でもだからってどうにかできるわけではなく、その思いを横に置いて、見ないようにして生きるつもりだった。


 生きるために、生きるものを手にかけなくてはいけなくて。それは今までだってしてきていたことで、植物だってなんだってそうなんだけど。動物だと生きてる感が強いから改めて知ることになった。自分はそういう生態系の中でしか生きられない生き物で、そう感じないでいられるぐらい、誰かにそれをしてもらってきたのだと思い知った。


 今の子供の自分が何もできないのは、経験が少ないからと伸びしろに期待することもできる。心を保つことができたのは前世の記憶のおかげだけど、その大人だったわたしは世の中の成り立ちに特に興味も持たず、疑わず、レールの上をただ歩く人で、今のわたしも成長していってもそうにしかなれないんじゃないかと思えた。これからもそんなことを思いながら、ダメダメさを思い知らされながら生きていくのかと思うと、何もかもが辛いことのように思え、どうしたらいいかがわからなくなった。それを言葉にも、気持ちをまとめることもできなくて、泣き散らすことしかできなかった。

 毛布の中で省みていると、毛布が取り上げられる。


「起きたか? 飯だぞ」


 飯? 朝ごはんは食べないのでは……。


「昨日、フィオが眠ったから、みんなご飯食べてないんだ。だから朝食べることにした」


 涙が出そうになった。

 1日1回の食事。たいして量があるわけじゃない。働いてきてお腹が空いていたはずだ。

 それなのに、わたしも食べていないからって、みんなも食べなかった?


 カイに手を持ってひきづられていく。今日は外で食べるようだ。

 テントを出ると肉の焼けるいい匂いがしていた。


「おはよう」


 みんなに声をかけてもらって

「おはようございます」と小さく返した。


「ほら、早く座って」


 ノッポに促されて、カイとノッポの間に座る。


「あの、昨日はごめんなさい!」


 みんなの目を見ることができなくて、頭を下げた。


「お前、ちっちゃいのに、駄々こねないし、頑張りすぎてるから不安だったんだよな」


「うん、抱え込んでるのかなと思ったけど、やっぱりそうだったね」


 仲のいいランドとイリヤがテンポ良く言えば


「泣かねーやつだなって思ってたんだ」


 とハッシュが言う。


「アルに噛み付いたんだって? フィオは度胸がある」


 とホトリスに感心される。


 なんでアルに言い返したぐらいで度胸があるとか言われるんだろう?顔に出たのか


「そうは言わないけど、アルは貴族だと思うよ」


 と、カートンから注釈が入る。

 え? 貴族? あの平民を人とは思わない意識を持った人々と描写されることが多い?


「えー、友達って言ったじゃん」


 カートンが友達だっていうから!


「そんな感じではあるけど、いいところの坊だよ。見ればわかるじゃん」


 た、確かに、服とかも悪くないもの着てたけど。


「さ、食おうぜ。久しぶりの肉だ。カートンとミケとフィオが頑張ってくれたからだな」


「罠作ったのおれだけどね」


 とホトリスが言ったので、みんなでホトリスにも感謝した。

 厚切りのお肉はいい匂いを振りまいている。

 棒を突き出したときに威嚇され睨まれた。その時のことを思い出して目が熱くなったけれど、それはまた昨日とは違う感情だった。


 あなたの命をいただきます。感謝していただこう。

 そう思うことができた。

 胸が苦しすぎておいしいと味わうことはできなかったけれど、飲み込む。みんな美味しそうに食べている。カイにちょっと心配そうに見られたけれど、わたしは笑って見せた。


 自分の気持ちにケリはつけられていない。ただ、わたしが食べずに寝てしまったからって、自分たちもひもじい思いをして食べないでいてくれた。わたしを受け入れてくれた。

 大丈夫。一歩一歩にはなるけれど、ここでわたしはやっていける、きっと。



 午後になるとアルがやってきた。カートンとミケが驚いている。2日続けてくることは今までなかったそうだ。

 アルはわたしの様子を気にしてやってきたみたいだ。


「元気になったね」


 と言われたので、昨日はよくわからない状態になっちゃってごめんねと謝っておいた。

 アルは笑ったお詫びとわたしたち3人にお菓子を持ってきてくれた。甘いホロホロと舌の上でほどけるクッキーだった。わたしたちが示し合わせたようにひとつで食べるのをやめたので、不味かったかと気にしたけど、すぐに意図に気づいて微笑んでくれた。


 わたしが森に行って罠を仕掛けようと提案すると、カートンもミケも心配そうな顔をする。

 心配をかけて申し訳ないが、もう大丈夫だと思う。いや、生き物をシメる時にはまたきっと泣いたりできなかったりなんだりするとは思う。でも、生きるために必要なこととわかっていて、必要に迫られているのも感じているのだ。生きるためには食べることが必要で、暮らしていくにはお金もかかる。まだ働けないわたしは完全なお荷物だ。お荷物を受け入れてくれたから。お荷物なのに仲間と認めてくれた。だからわたしも仲間のためになりたい。

 罠を仕掛けに行こうと促す。アルも一緒にくることになった。


 拠点から森までの道のりも結構ある。相変わらず足は痛くなるし、疲れはするが、眠るとリセットされるのはいい。子供、すごい!

 森の中は少し寒いけどいい風が吹いて気持ちいい。森のあちこちに眩しい光が点在している。

 あ、耳うちわ。光に誘われて見た方にうちわのような耳をした獣が木の根元で何かしている。


「ね、ミケ、風魔法を当ててみない?」


「風魔法を?」


 うん、とわたしは頷く。


「空気の小さい球をぶつける感じでさ」


「フィオは面白いことを考えつくね」


 アルに言われたが、本当に感心しているのかはわからない。アルにはそういうつかみどころのないようなところがあった。

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