第12話 イーストチルドレン⑧魔法の使い方
ミケは深呼吸をしてから、人差し指を耳うちわに向けて魔法を使った。
背中に風を感じたのか、耳うちわはこちらを振り返って慌てて逃げていった。
ミケがしゅんとする。
落ち込ませてしまったのが申し訳なく、説明が不十分だったのだと、昨日カイに風魔法で果物を撃ち落としてもらった話をした。
それだったらできるかも、とミケが細い木の枝の先に風を出した。枝がポキッと折れた。
「ミケ、すごい!」
ミケは嬉しそうに笑う。
「おれも」
とカートンが指を出したので慌てて止める。
「森の中で火はだめだよ」
「あ、そっか」
カートンが俯く。
「……アルは何の魔法が使えるの?」
「風が使えるよ」
場を盛り上げるのに明るく聞いてみれば、ポンと答えが返ってくる。
「そっか、いいなー」
「フィオは適正は何なの?」
「それがなかったんだ」
「……そうなの? 魔力は多そうだけど」
「アルって魔力がわかるの?」
「いや、そんな気がしただけ」
なんだ、びっくりした。
「あ、ここに足跡がある」
カートンの声に駆けつけると、小さな動物の足跡があった。
わたしたちは頷き合って、そこに穴を掘ることにする。
太めの木の枝を拾ってきて、土をほぐしていく。拠点から持ってきた板っぱちでほぐした土を横に盛る。必死になってやっていると
「逃げて」
と声がしたような気がした。
「え?」
「「え?」」
カートンとミケがわたしの声に驚いて声をあげる。
「ど、どうした?」
「今、逃げてって聞こえなかった?」
カートンとミケが顔を合わせ、アルも首を傾げる。
グルル
アルが素早くそちらを見る。
「後ろに」
アルが小さい声でわたしたちに指示を出した。
カートンに引っ張られて、わたしたちはアルの後ろにつく。
喉を鳴らしたような音のした方の草が揺れ、現れたのは中型犬ぐらいの獣だった。真っ黒の短い毛の獣で、ヒョウを思わせるしなやかな動きでこちらを向いた。
「ビョンだ。何でこんな街に近い森に」
カートンの声が震えている。
ビョンと呼ばれる獣はわたしたちに体の向きを合わせた。
「ヤツから目を離さないで後ずさるんだ」
アルの指示通り、獣から目をそらさずに後ずさり距離をとっていく。
光がビョンの目の前でうろちょろするような動きを見せた。まるで手鏡で光を反射させたかのような光だ。ビョンは煩わしいのだろう、その光に吠えた。
空気が震える。その恐ろしい鳴き声に手足が震えた。
「今だ」
アルがわたしの手を引き、カートンとミケに声をかけて小川に向かって走り出す。
もちろん後ろの獣がどうしているのかは気になったが、今は逃げることが先決だ。
アルに引っ張られて何とか小川を飛び越える。そこでも止まらず街に向かって走り続ける。
裏口から街へと入る。座り込むが口から心臓が飛び出しそうだ。四つん這いになって息を整えようとするがうまくいかない。
アルたちは息を荒くしていたのは数秒で、すぐに落ち着いていった。
「フィオ、大丈夫?」
ミケに尋ねられ、口で答えるのはしんどかったので、手をあげて応える。
だ、大丈夫なんだけど、もう走れない。足がガクガクしている。
「しんどいと思うけど、ビョンのことをギルドに報告しないと」
アルが街の方に視線をやった。
「じゃあ、おれたちで行ってくる。アルは悪いけどフィオを家に連れ帰ってくれない?」
「わかった」
カートンとミケは走り出した。嘘、また走ってる。
それを息も荒く見送った。
「フィオ、辛いだろうけど、動ける?」
わたしは頷いて立ち上がろうとしたが、足がガクッとなって力が入らない。
「おっと」
アルが座り込みそうになったわたしを支えてくれる。
アルが背中を向けた。
おんぶ?
「歩けないだろ?」
お言葉に甘えてアルの背中のお世話になる。
アルはノッポぐらい背が高い。
少しして、やっと息が普通になった。
しばらく無言で歩いてから、尋ねられた。
「どうして……家を出たの?」
「何のこと?」
すっとぼける。
「君にストリートチルドレンは難しいんじゃないか?」
わたしは背中を強く押してアルの背中から飛び降りる。
足はガクッとなったが、立っていられた。ゆっくりなら歩けそうだ。
「運んでくれてありがとう。もう、大丈夫そうだ」
にっと笑ってみる。アルの言う通りだ。お荷物の上、甘えてばかりで。
「僕はまた君を怒らせた?」
わたしは首を横に振る。
「アルは間違ってないよ。おれはお荷物だ。けど、ここにいたいんだ」
そう、アルはいつも正しい。
わたしにストリートチルドレンは難しい、正論だ。わたしは完全なお荷物だもの。すぐ疲れるし、眠くなるし、長くも走っていられない。
「そっか。君は小さくても、自分がどうしたいのかちゃんとわかっているんだね」
「ちっちゃくないから!」
本気で言ったのに、アルはふっと吹き出すように笑う。
「何で笑うの? おかしいこと言った?」
「違うよ、ムキになって言うところが可愛かったから笑ったんだ」
可愛い?
「あ、照れた?」
「て、照れてない!」
そんなお綺麗な顔で、優しい笑顔で言うから、雰囲気にのまれただけだ。
家でお湯を沸かしていると、カートンとミケが戻ってきた。ギルドに告げて討伐隊が向かったらしい。ビョンは動物でなく魔物らしい。動物と魔物の違いを聞いてみたが、魔族が創り出したのが魔物でその多くが人族に悪意を持っていて凶暴らしい。だから街の近くにいた場合は討伐対象となる。
魔族が本当にいるのか聞いてみたところ、魔族は存在するらしい。空間の至るところに魔族はいる。魔族は群れたりしないから人族と対峙しても悲惨なことにはならないが、力も人とは比べられないほどあり魔力も高いので徒党を組んでこられたら人族は終わりだと言われているそうだ。
簡単に魔族が人族に敵対しないのは、魔族と同等それ以上に力を持つ精霊が人の味方をしているからということだ。
ああ、そうやって魔族から精霊が守ってくれているから、精霊を崇めているのか。
実際に精霊を見たことがあるのかをみんなに尋ねたら、爆笑された。
「精霊さまは見たことないよ。お姿を見せてくれるわけないじゃん」
「じゃあ、見たことないのに、何で信じられるの?」
と尋ねれば、魔法を使うのに力を貸してくれているし、精霊さまは見たことはないけれど、精霊さまの御使いである妖精は見たことがあるそうだ。アルは妖精から守護を受けた印を持つ祝福の子に、妖精を見せてもらったことがあるという。
カートンとミケも教会でお祭りの時に妖精を見せてもらったことがあるそうだ。わたしが羨ましがると、お祭りの時に教会に連れて行ってくれると約束してくれた。
本当? 絶対だよと抱きつけば、ミケが顔を赤くした。
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