運命の魔剣編
第1話「こんにちは異世界」
ガタン
ゴトン
ありきたりな文字で表せれる
ありきたりな日常の音を聞きながら
ありきたりな日常に身を任せて揺られ続けている
夕日の差し込む電車の中
私は今日も退屈な学校から愛しい我が家に帰るところだ
「あー・・・今週末はこのTRPGのサプリメントが発売かぁ」
手のひらサイズの光る板
つまりスマホに映る情報を何気なく見て呟いた
「このTRPG興味あったんだよね、今度ルールブックと一緒に通販で買おうかな」
【白織 唯(しらおり ゆい)】
それが私、この情報インフラが発達し、
科学がオカルトを駆逐してしまった世界に生まれた少女の名前。
そんな日々の退屈に捻くれ拗らせた私を強く惹きつけている物、
それが【TRPG(テーブルトークロールプレイングゲーム)】である
特に今ハマっているのが【ソード・ワールド2.5】
剣と魔法の王道ファンタジー
蛮族、魔物、はたまた魔神や異形の存在との戦い、
未知なる遺跡の探検、罠溢れる洞窟の攻略、
自分の分身であるキャラクターを動かし、
様々な出来事、不思議、人物に触れて世界を広げる感覚は
非現実の世界を夢見ている自分は、あっという間に熱中してしまった。
『次は~・・・』
聞きなれた電車内のアナウンスに、私は降りる用意を始める
たった一度の乗り換え、高校生活3年目でほとんど毎日のことであるが面倒だ
「ふぅ・・・次の電車は・・・まだもう少しかかるか」
時刻表とスマホに映る時刻を見比べて私はそう言った
吐息が白くなる寒さに少しばかり身震いをする
やがて寒さに耐えきれない私は、
少ない学生の小遣いからなけなしの110円で自販機で缶コーヒーを買う。
凍える両手から伝わるスチール缶のぬくもりに一息つく。
『間もなく電車が到着します』
乗る予定の電車が近づくアナウンスが、気が緩んだ私の耳に突然入る
不甲斐ないことに、それによって強張った私の体が缶コーヒーを手放してしまった
「や、やば・・・!」
転がる缶コーヒーは、まだ残る中身を直線上に撒きながらホームを転がり、
あっという間に線路へ落ちて行った
そして不甲斐なく、馬鹿な私はそれだけを見て、一生懸命追いかけた
すぐ近くに迫る、私が乗るはずだった電車に気づかないまま・・・
「・・・あー・・・?」
ぼんやりとした頭、まるで徹夜した次の日の休日みたいな気分だ
そんな空っぽの頭で周囲を見渡すが、見渡す限りの緑、緑、緑
例えるなら、広大な大地のさわやかな草原の真ん中に居るんじゃないかと
そう思ってしまうほどの、一面の緑
「いや、勘違いじゃなくて普通に草原じゃん」
夢じゃなかった、夢だけど、夢じゃなかった
いやいやいや、夢だけど、夢じゃないんだ
何を言ってるのか自分でもわからないけど
さっきまで私は駅のホームで電車が来るのを待ってて、
それでうっかり線路に落ちたコーヒー缶追いかけて、電車にぶつかって・・・
で、なんで私は草原のド真ん中に?ここは天国なの?
頭の中で似たような問答がぐるぐると繰り返され、やがて私は思考を止める
背後からかかってきた声が、
私のふわっと飛んで行ってしまいそうな意識を引き留めたのだ
「こんにちはぁー。どないしたん?こんなところで」
声のしたほう、おそらく私に向けられた声に振り向く
そこにはおっとりとした顔で、包容力が半端なさそうな女性が居た
紫の髪は腰より下にまで長く、大きなユリの花の髪飾りがよく映えていた
・・・が、気になるのはその女性の服装だった。
白を基調とした、さながら西洋の修道女か、高位の僧の様で、
まぁぶっちゃけてしまえば、ゲームの中のプリーストとかがしてそうな服だ。
「えーっと・・・?」
コスプレか?いやそれにしても何もかもが突拍子過ぎる
私が何をどう声かければいいのかわからないで居ると、
向こうも困ったような顔をしてきた。
「あぁ、ごめんなぁ。うち怪しいもんちゃうねん。驚かせたなら謝るわぁ」
「い、いえいえどうぞお気になさらず・・・」
「それで、こんな町からにも村からにも離れた何もないところで、
一人でなにしてたん?」
なるほど、私がこのお姉さんを不思議がってるように、
このお姉さんもまた、私のことを不思議がってるらしい。
ただ、だからといってどう説明したらいいか全くわからない
というか町?村?私が居たのは町中で建物の中でしたが?
「あのー、その前に・・・ここってどこですか?」
「ここ?ここはアルフレイム大陸のドーデン地方で、
マグノア草原国から馬車で1日ほど移動したところ、やね」
何を言ってるんだ、と言うのが最初の印象だった
・・・が、私はそれらの言葉に聞き覚えがある
「・・・ソード・ワールド・・・?」
「ん?なんやそれ?」
いや知らないんかい、じゃない、知らなくてもおかしいことではないのか。
仮にこれがドッキリだとか、嘘企画みたいなものだったら
あまりにも突然、しかも摩訶不思議な話である
それゆえに、普段異世界ファンタジー系の世界観が好きで
TRPG、ラノベ、コミックを嗜む私はあっさりと一つの可能性を見出した
「・・・異世界転生、しちゃったかぁ~」
「・・・異世界転生?」
一人納得する私の横で、お姉さんが私の様子を伺っている
それに気づいた私は、一つ一つ言葉を選んで、
なんとか自分の置かれている状況を伝えることにした
「なるほどなぁ。その事故で気が付いたらこの世界に飛ばされた・・・と」
「なんていうか、変な話なんですけど・・・」
「変な話やなんて思ってへんよ。この世界にはおかしなことが沢山あるねんから」
と、お姉さんは微笑んでくれた。
「それで、君はどないするん?そういう話やったら、行く当てなさそうやし・・・。
うちらは今から依頼で調査に向かうところなんやけど、
君が良ければ、うちらと一緒に来る?
こっちの用事が終わった後、うちらの町に案内するで」
「いいんですか?それはとてもありがたい話なんですけど・・・」
「もちろんや、行く当てない言うて困ってる子、放っておかれへんもん」
お姉さんが私の手を取り、立ち上がった
つられて、私も立ち上がった
「遅くなったけど、うちの名前はラピス・フリューゲって言うねん」
「あの、私・・・唯、白織 唯って言います」
「ユイちゃんなぁ、これからよろしくやで」
退屈だった日々、色あせた日々、それに辟易とする自分に呆れている自分
そんな私の世界が突然、何の覚悟も準備もなしにすべてが一新された
不安、困惑
ただそれ以上の
期待、好奇心
私の新しい世界は、ここから始まる
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