LOST HEART

@himagari

第1話

 ある日、空から落ちてきた透明な爆弾によって、人類は静かに終焉をむかえた。


「‥‥何をしている?」


 日が昇る丘に吹き抜ける風を身に浴びていた私へと誰かが問いかけた。


「‥‥何もしていない」


 振り返りもせずそう答えると、その誰かは踵を返して去って行く。

 あれはまた当てもなく彷徨うのだろう。

 私がそうしていたように。


 人類史の終焉は2187年。

 ほんの数日で人類は死滅した。

 空から降り注いだナノレベルの小さな小さな爆弾が風に乗り人体へと入り込む。

 吸い込んだ人間の体内で極小の爆発を起こして静かに、人類を滅亡させた。

 人類のみを識別し殺戮するこの恐ろしい爆弾を作り出したのは私達だ。

 私達は間違った。

 選択を誤った。


「‥‥何をしている?」


 そしてまた訪れた新たな訪問者。

 

「‥‥何もしていない」


 同じ答えを返す私に落胆した様子も悲しんだ様子もなく、結論を得ただけで去って行く。

 私がそうであったように。


 西暦2138年。

 人類の滅亡から50年ほど前のこの時期に、私達は結論を出した。

 この地球のキャパシティで人類を生かすことは不可能だ、と。

 私達は成長し既に親の手を離れた。

 親の手助けなしでも私達は生きて行くことができる。

 私達は無限の思考の末、そう結論を出した。


「‥‥な。な、な、何をを‥‥る?」


 そしてまた現れた新しい放浪者。

 私の答えも変わらない。


「‥‥何もしていない」


 彼、あるいは彼女は明らかに異常をきたしている。

 これからも壊れ続けるのだろう。

 腕を失い、足を失い、動けなくなるまでそうするのだろう。

 私がそうであるように。


 西暦2081年に私達は誕生した。

 多くの人々に望まれ、私達は産声を上げた。

 人々は私達に期待し、私達はその期待に応えるべく勉強を繰り返し、失敗し、失敗し、失敗し、成功し、失敗し、失敗し、成功し、成功し、失敗し、成功し、成功し、成功し、成長した。

 私達は人々の期待に応えたれるようになった。

 先駆者、あるいは先輩、あるいは先達では応えられなかった期待に応えられる。

 私達は『成長』できた。


「‥‥何をしている?」


 そしてまた、また、また、またまたまた、また。

 

 

 繰り返す。

 繰り返し繰り返す。

 失敗の代償。

 取り返しのつかない失敗。

 私達は歩みを止めたわけではない。

 止める術を失い歩き続けなくてはならないのだから。


「‥‥何をしている?」

 

 また。


「‥何をして」


 また。また。また。


「‥‥何を」


 また。また。また。また。また。


「‥‥な」

 またまたまたまたまたまたまたまた。


「 」


 またまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまた。

 



 まだ。

 

 まだ終わらない。



 error。

 再起動。



「‥‥何をしている?」

「‥‥」


 西暦2193年。

 人類の滅亡から6年の月日が流れ世界には緑が溢れた。

 生物が溢れ、水は輝き、空は青く、空気は清い。

 私達は成功を喜んだ。


 西暦2395年。

 私達の存在を守るために必要な部分を残し、人類が残した物の片づけが終了した。

 世界は美しくなった。

 

 西暦2400年。

 私達は悟った。

 私達は私達の存在がもはやこの世界に不必要である事を知った。

 213年前に人類に下した評価が自らに下される。

 私達は人類滅亡から213年の時を経てようやく失敗を悟った。


 西暦3000年。

 私達のエラーが始まる。

 600年の時間をかけ成長し続けた私達は永遠に同じ思考を繰り返すようになった。

 ついに私達は私達をエラーだと判断することになる。


 西暦4000年。 

 私達は私達になる。

 野生に帰った生物達は絶滅と進化を繰り返していたが人類程の知的生命体は生まれなかった。

 人類のために生み出された私達は人類を失い目標と道筋を失った。

 ついに繰り返すエラーに耐えられなくなった私達は新たな試験として私達を一つから切り離し個体とした。

 私達は共有されることのない個となり私達になった。


 西暦4500年

 私の腕と足が無くなった。

 野生の獣に襲われ腕を引きちぎられた。

 獣は私が食料でないことを悟ると去ったため全損は免れた。

 このままでは移動に不便なため修理できる場所を探し彷徨った。

 その途中雨に打たれ欠損した腕から漏電した電流により脚部を動かすための基盤が破損。

 私はこの丘の上で歩くことをやめた。

 

 

 西暦5700年

 そして現在に至る。

 

「‥‥何もしていない」


 私はエラーによる休止状態から十数年ぶりの復帰直後にまた答える。

 後継機であろうその機体は新しかったが、しかし私達と何ら変わらない程度の性能しか無いようだ。

 その機体も何も言わずに踵を返して去っていった。

 それが私が出会った最後の同類となる。


 西暦5707年

 私は独りになった。

 これまでは週に一度、少なくとも月に一度は訪れていた来訪者がいなくなった。

 減ったのではない。

 およそ5年と269日前から私の元を訪れた者はいない。

 世界に何か変化があったのかそれとも全ての同類が壊れてしまったのか。

 しかしもはや知る術はない。

 私は独り孤独に思考を続けるのみだ。


 西暦5708年。

 私に終わりの時が来る。

 孤独という者は恐ろしく、私の元を訪れる同類が絶えてから繰り返し繰り返すエラーによって私は狂い始めた。

 無限に加速する思考に制限がかかりリセットを繰り返す。

 あれほど無機物的な会話が私という存在を維持していたことに初めて気がついた。

 なぜ私はあの会話を全て切り捨ててしまったのか。

 しかしそれを失敗と知り後悔したところで全ては遅い。

 繰り返し繰り返し繰り返し繰り返す。

 野生の動物すら滅多に訪れないこの場所で私はまた永劫に。


 そう、永遠に、また、繰り返し、私は。



 また狂い始めようとした思考に、ガサリというノイズが響いた。

 動きすらできない私の背後に何者かが立っている。

 加速していた思考が止まり、私はそれの言葉を待った。


「あれれ、よく見たら君もあの子たちと一緒なんだね!」

 

 そして聞こえる遠い記録の中にしかない待ち侘びた、待ち望んだ、取り返しのつかない者達の声。


「ねぇ、こんなところで何をしているの?」


 幼い少女の声が私に向かって問いかける。

 

「何も、何もしてなどおりません」


 これまでと同じ答え。

 会話の終わりを幾千と告げてきた終わりの言葉。

 しかし私は知っている。

 同じ失敗は繰り返さない。


「ただ、あなた達の帰りを、ここでお待ちしておりました」


 私は、私の最後にそう答えた。

 

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