11. 白状
その晩。
僕と真理ちゃん、そして眞柴研究所一行は、県の警察署に同行を頼まれた。逮捕のためではない。あくまで重要参考人として、だそうだ。
突如現れ、警察側が対応に困った未確認巨大生物。そんな存在を、あたかも知り尽くしているかのような言動と、専用の武装を開発するなど用意周到な点。警察に妙だと捉えられるのは火を見るより明らかなことだった。
スペースが用意できないこと、また万が一逃走を図られたら困ることから、取調室で情報の聴取と今後の対策を議論する運びとなった。ほぼ犯人と同等の扱いを受けているように感じたが、気のせいだと思うことにした。
取調室に入り、手前に光田さん、彼に向かい合うように僕と真理ちゃん、博士が座る。光田さんの上司は、座る必要はないと壁にもたれかかるように立っていた。尚、生存した他の研究員たちは別の部屋で待機しているという。
「まず、皆さんの名前をお伺いしてもいいですか?」
座るや否や、光田さんはこちらに向かって問うた。
他の二人は黙り込んでいる。僕が先陣を切ることにした。もうご存知だろうけど。
「朝井武弘です」
光田さんは頷いた。すると、僕に続くように他の二人も名乗り始めた。
「……月城真理です」
「眞柴盛継だ」
全員の名前を聞き終ると、光田さんは「ありがとうございます」と小さく頭を下げた。少しだけ眉が上がったように感じたが、多分気のせいだろう。
……そういえば、博士のフルネームを聞くのはこれが初めてだな。
「とりあえず、あの怪物について話を聞かせて頂けますか? 特徴とか性質とか、ご存知のことを全て。今後、更なる犠牲者を出さないためにも、ご協力願います」
光田さんがそう言うと、博士はわざとらしく溜息を吐いた。
「……良いだろう。知っていることを全て話そう」
そして彼は、鞄から取り出した例の資料を光田さんに手渡した上で、シャパリュに関する全ての──僕の知る範囲では全ての情報を暴露した。シャパリュの特徴、性質、性格、そして今までどのような事件を起こしてきたのかについて。全てを話し終えると、光田さんとその背後にいる上司の顔色が一変したのが分かった。
何かに気づいたかのような様相で、光田さんは問うた。
「……すると、最近起きていた連続殺人事件の犯人も……」
「ああ、全て奴の犯行だ」
博士の言葉を継ぐように、真理ちゃんが詳細を語り始める。
「シャパリュの巨大化は、あくまで狩りの方法の一つに過ぎないんです。むしろ、小型の方が痕跡を残しにくく、迅速に事を済ませられるので、勝手がいい。なので、シャパリュの狩りは基本、小型の状態で行われるのです」
彼女の説明を、博士が受け継ぐ。
「しかし、さっき伝えた通り、奴はストレスに弱い。朝井宅でも、内心に過剰な刺激を受けたことでエネルギーが膨張し、暴走を引き起こしたのだ。そうなれば、中々小型の姿に戻れなくなる。巨大化した状態は、見た目に反して一種の弱体化とも捉えられるだろう」
「……このことを、朝井さんはあの時、知っていたんですね?」
光田さんから急に振られる質問。どくんと、心臓が高鳴った。
「今思えば、初めて事情聴取した時に話していた『少女』というのは、月城さんだった。それに、その翌日に半壊した住宅の宛名も、『朝井』でしたね」
嫌な汗が、背中を伝った。
「当時は同姓なのかと見逃していましたが、誤った判断でした。本当は、あの家はあなたの住居だった。そして、かのシャパリュなどという怪猫を、一時でもあなたは飼っていた。そうでしょう?」
「間違い、ありません」
震える声で、僕は白状した。返す言葉もなかった。
「何故あの時、正直に話してくれなかったんですか。些細なことでもいいから教えてくださいと、再三申したはずでしょう?」
「……申し訳ありません。ですが、言いにくかったんです」
膝に置いた両拳を、強く握った。
「もしあの場でシャパリュの情報を話していたら、無謀にも立ち向かう人が増えて、多くの犠牲が出てしまうのではないかと。ですので……申し上げにくかったんです」
「武弘さんだけの責任じゃないんです」
僕の謝罪に、真理ちゃんが割り込んだ。
「わたしが、口留めさせたんです。理由は、武弘さんが話していた通りです。先に言うなと釘を刺したのはわたしです。彼は何も悪くありません」
「真理ちゃん……」
良いのに。庇わなくて。
この一件、真理ちゃんが罪を被る必要はない。仕方のない状況だったのだから。
すると光田さんは、少し困惑したように頭を掻いた。
「ああ……はい。もう分かりました。お二人の事情は理解しました。それに、今回は気づけなかった私にも非がありますので、お二人に全ての責任を押し付けることはしません」
しかし、と彼は続ける。
「もしあの時、我々に話していたら、今回救えたかもしれない命があった。それだけは、覚えていてほしいんです」
「……はい」
「もっと我々を信用してください。この国の秩序を守る最初の門番が、我々警察なのですから。たとえ未確認生物相手に無力でも、国民を護ることはできるはずですから」
彼の言葉を噛みしめて、僕は黙って頷いた。
光田さんの責任感、そして正義感が如何に確固たるものかがよく分かる、そんな一言だった。研究所の持つ武装が無くとも、博士の貯蓄した知識が無くとも、命を賭して民をこの手で護りたい。そんな強い意志が、直接伝わってきた。
「……しかし、驚きましたよ」
柔和な表情を切り替え、光田さんは博士に目を向けた。
「先程の説明で確信がつきました。まさか、あれから何の反省もしていなかったとは」
ぴくっと、博士が肩を震わせた。
刃物の如く鋭い目線。剥き出しの敵意。
先程とは一変した、張り付いた空気感に僕は困惑した。
「え、どうしたんですか。急に……」
「嘉部井さん、調査結果はどうでしたか?」
光田さんは後ろに振り向いて、問うた。背後で黙って聞いていた上司の男、もとい嘉部井さんは、上に掲げた資料をひらひらと見せつけた。
「経歴も顔写真も、全て一致している。お前の予測通りだ、光田」
「分かりました、ありがとうございます。……本当は何かの間違いであってほしかったですが」
冷めた声色で、残念そうに光田さんは言った。
何だか嫌な予感がする。これ以上は聞くべきではない。胸の内でもう一人の自分がそう忠告してきた。
「単刀直入に訊きます。眞柴さん」
おもむろに、光田さんは言葉を続ける。
「シャパリュを生み出したの……あなたですよね?」
「……えっ?」
ギョッとして、思わず声を上げてしまう。
博士の方を見やる。彼は否定することすらせず、ただ何も言わずに一点を見つめている。
その瞳は、どこか虚ろで、底知れない暗黒を感じ取れた。
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