シャパリュ
早河遼
1. 事件
『続いてのニュースです。昨日午後十一時頃、○○県×××市の住宅街にて、五十代の男性が血を流して倒れているのが発見されました。近所の人の通報により病院へと搬送されましたが、間もなく死亡が確認されました。遺体の首元には三本のひっかき傷があり、警察は殺人事件と見て捜査を急いでいます──』
「うわ、この辺じゃん。随分と物騒だな。お前も気をつけるんだぞ? うみ」
後ろを振り向いて僕がそう言うと、うみは「なぁん」と間抜けな声を上げる。コバルトブルーの瞳が印象的な、うちのたった一匹の小さな家族だ。
今日の天気は小雨。空は少し明るいけど、灰色の雲に覆われて憂鬱な気分。暇つぶしにと付けたテレビも暗いニュースばかりを報道していて、更に気持ちをどんよりさせる。せっかくの休みだというのに、今日は本当に嫌な一日だ。
そんな中でも、あいつは──うみは変わらない。
最近になってうちに住み着いてしまった、スコティッシュフォールドの成猫。言わば居候だ。一人暮らしで手に負えないと感じ、最初は追い払っていたが、それでもしつこくすり寄ってくるので、最終的に折れてしまった。結果的に動物病院に連れて行ったりと、余分な出費が重なってしまったが、今では一人──いや、一匹の家族として快く受け入れている。うみ、という名は、その美しい瞳と艶やかな灰色の毛並みから海を連想して付けたものだ。
元々何処かの飼い猫だったのか、躾がしっかりとされていた。トイレや食事も、問題なく済ましている。他にも気になる点はいくつかあるが、猫を飼ったことがなく、詳しい事情もよくわからないので、そういうものなんだと考えるようにしている。一応、実家で犬を飼っていた経験と、ネットなどで調べた知識などをもとに世話をして、今に至る。かれこれ一カ月は経つのだろうか。どちらにしろ、彼が家に来たことで普段の生活に彩りが加えられたことは間違いない。
ソファに座って伸びをしながら、壁に掛かっている時計に目をやる。時刻は午前十一時ちょうど。あと一時間で昼食の時間だ。今日の献立は何にしよう。外食をしようにも、この天気だから気力が失せてしまう。冷蔵庫の中を見て決めようか。
そんなことを考えていると、ふと重要なことが脳内に舞い降りてきて、ハッとする。
「しまった! うみのご飯切らしてたんだ!」
思わず声を上げて、窓に目を移す。雨脚は弱まるどころか、段々と強くなっているように感じる。買いにいかず、他の食品で代用しようかと考えたが、猫が安全に食べられるものなんて、キャットフードしか知らない。でも、この天気の中行くのもなあ。
ううむと唸りながら、しばらく居間中を右往左往して、やがて盛大に溜め息を吐く。
「ごめん、うみ。ちょっと家で待っててね」
見ると、うみはクッションの上で丸くなって眠っている。全く、相変わらず呑気で自由きままなヤツめ。
僕はベージュのコートを羽織り、意地でも身体を支配する気怠さに打ち勝とうと努力する。ついでに、今朝飲んで以来残っていた珈琲を、喉へと流し込んだ。
最後に火元と戸締りを確認……よし、問題ないな。
重たい足を玄関へと運び、革靴を履く。
「いってきます」
返ってくるはずのない挨拶を、意味もなく居間に向かって言い残した。
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