2話 黒と白
「お帰りなさい。お兄ちゃん」
街中から外れた場所。廃墟と化した商店街の中の一つ。
何を売っていたかは定かではないが商品棚や冷蔵ケースのようなものが少しだけ放置されたままの、小さな商店のようだ。
少年の現在の居場所はそこにあった。
出迎えたのは、歳の離れた義妹だった。
「
「うん、お兄ちゃんもお疲れ様」
コンビニで購入したものをビニール袋のまま李亜に渡し、少年は常備しているペットボトルの水を呷った。
「野菜あるから、好き嫌いするなよ」
「大丈夫! 李亜、残したことないもん」
袋から取り出した大きなサラダのパックを見て、一瞬
フードの少年の名は、
この世で彼の名を知る者は李亜か、生みの親のみだろう。
今では『
彼が浮浪者となったのは10になる歳のこと。
家庭環境には恵まれずに、一人で生きていくことを李一は選んだ。
いや、選ばざるを得なかったのだろう。
大人に頼ることなく彼は7年もの間、流浪の旅を続け、各地を転々としてきた。
過酷な旅の中、李一は李亜に出会った。
「くしゅん」
李亜は小さくくしゃみをした。
季節は厳しい冬を越えて春になったばかり。昼間は暖かくも、夜はまだ肌寒い。
「寒くないようにしろよ」
そう言って、李一は拾ってきていたブランケットを段ボールの中から取り出し、手渡した。
「ありがと、お兄ちゃん」
鼻を赤くして、李亜はえへへと笑った。
それが彼女の名前。しかし、本名ではない。
それは李一が付けた名前だった。
物心が付き始めたばかりの時に捨てられていたのを李一が拾ったのだ。
そんなことをするガラじゃない。
と言うよりも、それがデメリットでしかないことを彼自身も分かっていたはずだ。
過酷を極める浮浪の旅は、衣食住を保障されてなどいない。
食べ物にありつけない日もあれば、まともに眠れる場所もない。
シャワーを浴びることなど月に一回できればマシなくらいだ。
さらに、越冬するのは更に困難を極める。
そんな状況下で、小さな女の子と行動を共にするのは足手まといどころか、養わなければならない為、二人分の食べ物や衣服が必要になる。
これをデメリットと呼ばずして何と呼べよう。
「お兄ちゃん食べないの?」
「あぁ、食べるよ」
生返事をする。
帰ったばかりの時はすぐには隙を見せないように心掛けている。
安堵した瞬間が一番危ういことを李一は知っている。
周囲を警戒するように感覚を研ぎ澄ます時間が必要なのだ。
生きていくためには何でもやってきた。
先程のように人のモノや店の商品を盗んだり、時には悪事に加担して金を稼いだりもした。
ただ能動的に人を肉体的に傷付けたりはしてこなかった。
世間的には決して許されることではない。
しかし、成人もしていない若者がたった一人の力で生きていくにはそんなことを気にしてなどいられない。
無論、悪に手を染めるのは李一だけだ。
李亜自身も、李一だけが悪事を働いているのを申し訳なく感じて協力を願い出たことがあったが、怒鳴り散らすようにそれを拒んで以来、李亜が口出すことはなかった。
それは、李一の中に芽生えた親心によるものだろう。
なるべく健康な食事と丈夫な身体作りができるように、衣食住にも細心の注意を払って来た。
ただし、教育を受けてこなかった李一には正しい知識が分からない。
自分自身の経験や主観に基づいた知恵だけで義妹の世話をしてきたのだ。
本人はきっと気付いてはいないか、或はそれに気付きながらもそれを言葉や態度に表すのを避けている節があるのだろう。
「李亜、静かにしろ」
建物の外に怪しい何かの気配を察知した李一は、さらなる状況把握のために、忍び足で壁際に向かう。
1、2、3。正面に3人の話し声が聞こえる。声を発していない人物もいることを想定して、見積もって5,6人といったところだろうか。
「隠れてろ」
ただならない気配を感じた李亜が怯えた目で頷いた。
浮浪者の世界は時として同族による争いが起こる、奪い合いの世界でもあるのだ。
光の当たる場所での争奪よりも、同じの闇の支配下で横取りを行った方がリスクが少なくて済む。
それは正攻法であり、李一自身も何度も行ってきた行為だ。
それを知っている李一は、住処や一時的にも定住する場所の選定には細心の注意を払うようにしている。
非常事態時での退路の確保と、身を隠すべき場所の有無。
それによって、滞在可能日数を決定する。
そして、この廃墟には床下収納があり、李亜には何かあったらそこに隠れるように命じていた。
5、6人なら相手取っても何とかなる。
ただそれ以上の数がいるとなれば逃げる必要がある。
奴らの目的が食糧ならいいが、自分自身を狙っている可能性も捨てきれない。
李一の存在が気に食わない同業者か、また別の勢力、表の世界の人間の場合だってある。
報酬の分け前が減る以上、同業者なら徒党を組むとしても、2,3人程度なはずだ。
情報を確かなものにするために、李一は相手にばれないように、外を覗くことにした。
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