光を喰らう。

入川軽衣

1話 影に潜む


『光あれ』

 神は世界に光をもたらした。

 しかし、光あるところに影ができる。

 影はいつだって、光と共にある。


 光に照らされ、幸福であることさえも忘れた者たちに、影に潜み、己の力で全てを手繰り寄せる者の強さは分からない。

 光さえも飲み込んで影は強くなる。

 

 


 大都会。

 人がうねり、群がり、蔓延はびこる光の世界。

 夜の闇さえも掻き消すように輝き賑わう街中に、不釣合いな一人の少年がいた。


 ビルの灯り。街頭ビジョンのノイズ。雑踏が行進のように立てる足音は、己の姿を曖昧にさせる。

 フードを目深に被り、少年はその波の中に自ら呑まれるように歩を進めてゆく。

 経験と培われた観察眼で、獲物を見定める。

 

 何度も繰り返して来た行為。彼らが生きる世界ではその是非を問われることなど、あるわけがない。

 すれ違いざま、僅か1秒の出来事。凝視していたとしても、瞬き一つの間に見失ってしまうほどの速さ。

 警戒心のない愚かな通行人が、それに気付くのはいつのことだろうか。

 人混みを擦り抜けて逃げるつもりで、最適なルートの検討を済ませていた少年は、慢心することなく颯爽と姿を闇の中に眩ませた。

 手にした黒の長財布はパーカーのポケットに突っ込んで、掴んで離さない。


「おい、見たか? あの動き。あれは噂通り、いや、噂以上か?」


 小さなビルの屋上から双眼鏡を覗く男は、目当ての人物を見つけてニヤリと、笑みを零した。

 

 英国紳士と形容されるようなチェック柄のスーツ姿が様になっている男は、独り言にしては大きすぎる声で思ったままを口にした。


「見てない。そもそも普通の人間が見える距離じゃない」

 

 隣に立つ咥え煙草で白衣を纏った男は、はなから興味など示しておらず、あらぬ方向を見ながらも悪態を吐いてみせた。


「知らないのか?『赤鴉アカガラス』の噂」

「『赤鴉アカガラス』? なんだそれ?」

 

 初耳だし、何のことを指しているのか全く見当がつかない。赤い色の硝子がらす

 興味からの疑問というよりは、言葉が理解できないという意味合いで白衣の男は顔をしかめた。


「最近ちまたで話題になっているならず者のことさ。鋭い目つきと、赤いメッシュが掛かった黒髪を見た者には不幸が訪れる。不吉な赤いカラス。まぁさっきみたいに、スリや盗みを働いているようだし、その被害者たちが流した噂に尾ひれが付いて変な異名まで付いたんだろうね」

 どこからか噂を聞きつけたスーツの男は、かねてからその人物を狙っていたのだ。


「へぇ。またよく分からんネタを掴んできたのか」

「いやいや、今回のは本物だよ。私の目が正しければね」

「お前の目が正しかったことが今まであったか?」

「心外だね。素敵なものはこの世界のどこにでも転がっている。人によってはガラクタに見えても、そのモノの価値をちゃんと見出せれば、それは宝石にもなり得る。今私が見つけたのは、磨けば直ぐにでも輝く原石だよ」


 なんでそんなに自信に満ち溢れているのか。

 長い付き合いではあるけれど、この男のことは未だ雲のように実態を掴めないでいる。詳しく知りたいかと言えば、そうでもないけれど、不思議に感じてしまうのは避けられない。

 白衣の男は目を細めた。


 3階建てのビルの屋上。そこを目がけて勢いよく何かが飛んでくる。

「さぁ。迎えに行こうか」

 そう言ってスーツの男が右手を軽く挙げると、その腕に白いふくろうがゆっくりと減速して、着地した。


「彼が道を教えてくれるそうだ」

 ふくろうとのアイコンタクトを交わして、スーツの男は微笑んだ。


「いや、俺は遠慮しておくよ」

 白衣の男は手を振って断ってから、煙草を屋上に擦り付けた。


「つれないねぇ」

 そう言って、スーツの男はそのまま屋上から飛び降りていった。

 


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