#3 《魔獣進化》
「吾輩は
リトルスモール・フォレスト・レッサーリザードは、気怠気にそう言った。
果たして蜥蜴に言語が有るのかは、神のみぞ知る訳ではあるが、彼女はトカゲ語で、長い舌で独り言を語る。
「しかし、しかし、重ねてしかしだ。確かにあの主神アザトスは、偉大なる森羅万象の神アザトスは『境遇、位置、血統、その他は総てランダムとなる』……とは言ったけれど」
思い起こすように、やや不満気に、小さな小さな蜥蜴は、己の身体を
「まさか魔物の境遇に産まれ、魔物の血統に産まれるとは、
豆粒にも満たぬほどの小さな瞳孔を縮め、ぱちくりと
「重ねた物に重ねて、積み上げてしかしだけれど、こうして見るとも何とも滑稽で皮肉だよね」
自嘲気味に、乾いた笑いが漏れる。
「神である私が、神であった私が、小さな身体と言う小さなコンプレックスを忌避して、挙句折角チート能力までそのコンプレックスを裏返したかのような物を選んだと言うのに、結果的には更に小さな身体へ転生しちゃったんだからさ」
開いた口を司る下級神・ロアン。
仮称、自称、リトルスモール。
元神様で、現蜥蜴。
自嘲気味にロアン──もといリトルスモールは笑った。
「いや本当、これがまだ蟻とか蝿とかの小虫なら、笑い話に持って来いなんだけどさ。でも、中途半端に蜥蜴って、それは少し話のスケールに欠けると言うか、身体のスケールに長けると言うか……」
まあ──。苦笑いで、リトルスモールは言う。
「これでもしゴブリンやドワーフなんて引き当てていたら、それこそ余りの身長のリアルさにトラウマを発症していた可能性も考えると、やぶさかではないのかも知れないね」
長々と、ペラペラと。
饒舌に呟く彼女の言葉は、しかし、その大部分が大した意味を持ぬ
故に下級。
口を開くだけ開いて、その言霊の質は粗末も良い所。
塞がらない口への、ただの場繋ぎである。
「しかしまあ、孵化して早三日か。こうして自由に動き回ることが出来るのは、魔物として産まれたが故の特権みたいな物なのかな。一長一短だね、正に」
さて。呟いて、リトルスモールは腰(?)を上げると、近くを飛ぶ羽虫を眼で追った。
じゅるり。長い舌で、彼女は舌舐めずりする。
神としての威厳は、今は一旦置いておいて──彼女の身体は現在、完全に蜥蜴である。
であるならば、虫を見て食欲を唆られるのも、また必然。彼女は二日目にして、不要なプライドは捨て去っていた。
今ではすっかり、森を行く虫達に首ったけである。
彼女は宙に向けて舌を伸ばし、器用に羽虫を捕らえると、そのまま口の中へと放り込んだ。
「ふむ、おいひーね。
咀嚼しながらも、彼女は喋り続けた。
初めて食べた時から虫を美味であると感じる味覚に、考察を述べてみる。
『レベルが11→16に上がりました!
スキル〈捕獲〉のレベルが4→7に上がりました!
スキル〈舌〉のレベルが6→10に上がりました……』
彼女の脳内へ、軽快な音と共に、膨大な声が押し寄せる。
それはリトルスモールの選んだチート能力──【
「あー、もう! うるさいうるさい! 本ッ当にうるさいね、これ。幾ら
システムメッセージに対抗するが如く、怒涛の罵声を漏らすリトルスモール。
普段から言葉を繋ぎ続ける彼女ではあるが、こと罵倒に関しては、そのスキルに磨きがかかっている。
『スキル〈饒舌〉のレベルが62→79になりました!
スキル〈罵倒〉のレベルが……』
鳴り止まないポップな音が、何時までも彼女の頭を
諦めたのか、彼女は独り言の内容を別の話題へと切り替えた。
「けれどまあ、これも仕方無いのかもね。それこそ皮肉で滑稽だ。魔王討伐の為には、もっとバンバンバシバシ魔物やら何やらを倒して行かなきゃな訳だけれど、虫一匹殺すだけでこれだからなぁ……はあ、憂鬱だね。参加神数も初日に70柱を切っちゃったし、私もそろそ──ん?」
突如、彼女のスキルの数々が警鐘を鳴らす。
〈五感上昇〉〈危機察知〉〈熱源探知〉〈敵意感知〉〈生体感知〉〈警鐘〉──
その身に宿したチート能力によって会得したスキルの数々が、レベルアップ音と共に、けたたましく鳴り響いた。
「経験値のお出ましだね。やあ、いらっしゃい。私は現在リトルスモール・フォレスト・レッサーリザード──詰まる所は蜥蜴だけれど、そうすると、キミは私の天敵になるのかな?」
それは奇妙なことに、両者共に、獲物を見る眼をしていた。
陸と──空。
相対する二匹は、
眼前に居る、敵の排除。殺害。抹殺。
転生してから小虫を喰い続けて来たリトルスモールだか、己の身体より大きな生物を相手取るのは、此度が初であった。
「お手柔らかにね。カラスくん」
「──カァ、カァ……」
野生と野生。
魔物と魔物。
両者睨み合い、目線上には火花が舞い散る。
『スキル〈疾走〉を獲得しました!』
静寂を崩したのは、蜥蜴であった──。
リトルスモールは地を駆け、近くの木の根まで、素早く移動する。
蜥蜴の足裏に生えた極小の細毛達は、滑らかな木の幹へぴたりと張り付き、勢いを殺さぬまま、天空に浮かぶ天敵へと距離を詰めて行く。
──無論。
野生とは、それを黙って見過ごすほど生温い環境では──無いッ!
鴉はリトルスモール目掛け、猛烈の疾さにて接近する。
鋭く尖る
「カァッ!」
『スキル〈回避〉を獲得しました!
スキル〈跳躍〉を獲得しました!
スキル〈
背後に迫るそれを
鱗には脂汗が
「はは。今のはヤバかったね……全く、手加減くらいしてくれて──もッ! 良いんじゃないかなぁ……? ふふ。こりゃあヤバいねぇ……」
言葉を遮るように、再び鴉は襲い来る。
口を減らすには到らなかったものの、生命の危機を感じさせるには、十分過ぎた。
一方、鴉はと言うと。眼前の蜥蜴に中々攻撃が届かないことを、もどかしく思っていた。
一撃、二撃、三撃……──嘴を躱す、躱す!
次第にリトルスモールは攻撃に慣れ、完璧と言えるまでの対応を可能としていた。
鴉の心に、徐々に苛立ちが募って行く。
チート能力──【
獲得出来る経験値やスキル熟練度を何十倍にも増幅させ、チート保有者を目まぐるしく成長させる能力である。
「カァ……ッ!?」
動きはより機敏に、より柔軟に、より軽やかに。
鴉は内心、困惑していた。
何度も何度も攻撃を躱す獲物に。……否、それだけならは、僅かだが稀に居る。どの種族でも、抜きん出て強い個体と言うのは一定数居る物だ。
問題はそこではない。
通常、これだけの猛攻を連続で行えば、獲物は疲れの色を見せるはずだ。鴉の狙いはそこだった。
しかし。この蜥蜴は疲れる所か、むしろ動きが良くなって行っている!
──鴉は知らない。
百柱の神々による、異世界救済の
──鴉は知らない。
──鴉は知らない。
知る由も無い──!
時間を掛ける戦法こそ、この蜥蜴にとって──リトルスモールにとって、一番の悪手であることを!!
……揺らり……。刹那、鴉の身体が、よろける。
疲れ始めていたのは、蜥蜴ではない。鴉だったのだ!
野生の勘が
「ねえ、カラスくん」
「ッカァ……!」
瞬間、背後から聴き慣れた声がする。
そして出遭った時のように、そいつは饒舌に語り出した。語り掛けるような、問い掛けるような、そんな声。
しかし、鴉には、そいつの言葉を理解出来なかった。
何を言っているのかは分からないが、そいつが笑っていると言うことだけが、鴉には分かった。
分からないことが、鴉にはもう一つ。
何故背後に居る?
何故
何時の間にか鴉の背に乗っていた蜥蜴は、したり顔で語る。
「ねえ、カラスくん。キミは、私が逃亡に徹しなかったのは何故だと思う? 何故距離を詰めたのだと思う? 攻撃の為? 半分は正解さ。でもそれじゃあ、逃げてばっかりで反撃に出なかったのも不自然だろう。もう半分はね──」
──跳び乗る為なのさ!
リトルスモールは容赦無く、鴉の首筋に
「ガアァァアッ!!」
鴉は身を
実は、これはリトルスモールの【
経験を何十倍にして成長しまうのならば、その前に成長の機会を奪えば良い。
鴉は
……しかし、それは無意味に終わった。
彼女は振り落とされない為の術を、既に手に入れていたのだから。──つい先刻のことである!
嘴による猛攻によって、過剰に異常に鍛えられた〈平衡感覚〉や〈
同じように、それは彼女が鴉の背中へ跳び移れたことにも繋がる。彼女は
スキル〈跳躍〉と〈疾走〉。
チート能力、【
総てが布石! 総てが伏線!
盤面は初めから、総て
地面に墜ちた鴉は、ばっくりと破れた首から大量の血液を流し、死亡した。
『レベルが16→30になりました!
最高レベルに達した為、種族がスモール・フォレスト・レッサーリザードに進化しました!
チート能力【
種族がフォレスト・レッサーリザードに進化しました!
スキル〈
スキル〈饒舌〉のレベルが83→87に……』
「うわぁ! うるさいうるさいうるさいうるさい!」
集中が切れたのか、鼓膜……脳内を
否。正確には最早、リトルでもなければスモールでもない。
身体の鱗や膜が剥がれるような感覚が彼女を襲い、その度、自身の身体が巨大化するのを感じた。
「うわぁー、さっきまで背中に乗れるくらいだったのに、今ではこんなにカラスくんがちっちゃいよ。あむ、あむ。……うむ、鴉肉も中々悪くない。蜥蜴って、鴉を食べたっけかな?」
サイズ感はすっかり変わってしまった。
神界では度々、
成程。これは確かに、最早進化の域であると、ロアンは納得する。
彼女は鴉の屍を丸々口に放ると、数度の咀嚼の後、ごくりと呑み込む。
見た目に反して、蜥蜴の味覚には、鴉肉は旨く思えた。
羽毛が多いのが玉に
肉汁をひとしきり味わうと、彼女は口角を吊り上げ、不敵にほくそ笑んだ。
「ふふ。これなら案外早く終わりそうだね、魔王退治」
相変わらずの軽口で、彼女は森の奥へと進む。
次なる糧を獲る為に。魔王なる厄災を祓う為に。
現在参加神数:062/100
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