真実

「奏くん、起きて」


「…ん」


 俺が目を覚ますと、目の前には露那の顔があった。

 …そうか、俺は確か露那に気絶させられたんだ。

 真実を教えると言われて…


「起きたね」


「起きたねって…え」


 ここは…露那の部屋か。

 外も少し暗いみたいだ。


「今何時だ?」


「七月十八日の十七時だね」


「十七時…」


 ということは午後五時…思ったよりも長く気絶させられていたんだな。


「…え!?」


 というか、俺の両手が手錠されている。


「どうして手錠を!?」


「離れないって言ったんだから、その場で逃げ出さないように」


「こんなことしなくても逃げないっていうのに…」


 椅子と手錠がくっついている形だ、確かにこれだとどう頑張っても逃げようが無いのは確実だろう。


「…それで、真実っていうのは?」


「うん…その前に、一つだけお願いしても良いかな?」


「なんだ?」


「私がここで真実を教えてあげる代わりに…その真実を知った上で、奏くんは私を選ぶのか秋ノ瀬を選ぶのか、教えて欲しいの、今日この場で」


 そう…だよな。

 そろそろ、決めないといけない。

 …だが。


「その場に秋ノ瀬が居ないのはおかしいだろ?」


「そう思って、ちゃんと秋ノ瀬も招待してるよ、ほら後ろに」


「え?」


 後ろを振り返ると、確かにそこには秋ノ瀬が居た。


「天海、お願いね」


「秋ノ瀬…」


 秋ノ瀬の表情も、どこかいつもより固い。

 …どうやら、これは決断すべき時、ということらしい。


「じゃあ奏くん…真実を教えてあげる」


 露那はパソコンの電源を入れると、パスワードを解除してデスクトップ画面を開いた。

 デスクトップ画面…


「…え?」


 そのデスクトップ画面には、優那ちゃんが描かれていた。


「な、なんだ?もしかして、露那も優那ちゃんのファンだったのか?」


 なんて、俺は真実から逃げている。


「私は今日…王子様に見つけてもらうんだよ」


 俺は優那ちゃんの挨拶が頭に流れた。

 王子様に見つけてもらうための配信…

 見つけてもらった…


「もし、かして…」


「うん、私が明城優那だよ」


「……」


 俺の中でその言葉が何度も、何度も脳内再生された。

 露那が…優那ちゃん…振り返ればそう思える根拠は幾つだってある。

 配信内容が俺の身近だったり、メッセージのタイミングが重なっていたり…だが…


「……」


 優那ちゃんが…露那。

 なら…俺はこれから優那ちゃんをどうやって応援すればいいんだ。

 それに、露那との関わり方も…


「…悪い、ちょっと一人にして欲しいから、この手錠を解いてくれ」


「そうやって、また私から逃げるの?」


「っ…!」


「奏くんのことは私が一番分かってるんだからね」


 ダメだ…露那と話していると優那ちゃんがフラッシュバックして感情がぐちゃぐちゃになる、意識してみれば露那の声も優那ちゃんの声に聞こえなくもない、おそらくちゃんと綺麗な高い声を出したら優那ちゃんの声になるんだろうことが想像出来てしまう。


「天海…言ったよね、黒園さんと付き合ったら後悔するって…天海の大事なものが、壊されちゃうって意味だったんだよ」


「壊さ、れ…」


「…でもね天海、私なら大丈夫」


 秋ノ瀬は後ろから俺のことを抱きしめた。


「私ならそんな風に天海のことを傷つけたりはしないし、天海に隠し事だってしない、私の全部を天海にあげる…だから今この場で、黒園さんの目の前で、私とキスしてくれないかな?」


「秋ノ瀬…」


「私と居れば衣食住に困ることだってないし、三大欲求の食欲にも睡眠欲にも…性欲にだって、困ったりはしないよ?」


 そんな甘い言葉を甘い声で、秋の瀬は俺の耳元で囁く。


「だから天海…私と、幸せになってくれないかな?」


「秋ノ瀬…」


 俺は今、優那ちゃんが本当に露那だったことに驚いている。

 …本当に、そう。

 俺は、薄々は前から気づいていたが、気づかないふりをしていた。

 それに気づいてしまうと、俺の夢と現実が混合してしまいそうで、怖かったからだ。


「……」


 この土壇場になって、俺はここで絶対にどちらかを選ぶと決意を固めたのに、それでも…俺は今こうして迷っている。

 真実…確かに、俺にとっては大きすぎる真実だ。

 俺は、どっちを…


「……」


「……」


 露那はただ俺のことを真っ直ぐに見つめていた。

 いつもなら秋ノ瀬が俺に抱きついた時点で確実に何かを起こすであろう露那が、それすらも無視してただ一点に俺のことを見ていた。

 その目には曇りが一つも無い。


「秋ノ瀬、悪い…俺は露那を二度振ることは、出来なさそうだ」


「っ…そっか…」


 秋ノ瀬は小さいな声でそう返すと、沈黙したままこの部屋を後にした。

 …その瞬間に、秋ノ瀬が俺に告白してきてくれた時のことや、今までの笑顔なんかを思い出す。

 …最悪だ、本当に胸が痛い。

 だが…あのままずるずる行って、希望を持たせる方がきっと…何倍も酷いんだろう、だから今秋ノ瀬を振らないといけなかった…もしまた友達としてやっていけそうなら、その時は喜んでそうしよう。


「…奏くん、私を選んでくれたってことで良いのかな…?」


「…あぁ、改めて俺とやり直そう」


 そう言った瞬間、露那は涙ながらに俺に抱きついた。

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