一条の好奇心

 その後も四時間体育は続いた。

 そして…


「今日の体育はここまで、皆ご苦労だった」


 という先生の一言で体育の授業は幕を下ろした。

 …はぁ、本当に疲れた。

 …が、今日は休憩時間に入るのとほぼ同時に優那ちゃんが。


『私の彼氏カッコよすぎいぃぃぃぃぃ』


『可愛いぃぃぃぃぃ!』


『えっ…え?死んじゃう!』


 等と言ったツイートを行なった。

 あまりにも俺の休憩時間と被っているため、俺のためにツイートしてくれてるのか…?

 なんていうかなり危ない思想に入りそうになったのを現実という辛いものが引き止めた。

 なんとも悲しいものだ。

 それでもやっぱり推しのツイート頻度が高いと俺なんかはそれだけで嬉しくなってしまう。


「奏くん!カッコよかったねっ!」


「ありがとう…」


 露那は俺にお茶を渡してくれた。

 俺はそのお茶をグッと飲み干す。


「可愛い」


「……」


 何か聞こえた気がするがお茶を飲んだだけで可愛いなんて言われるはずがないためこれはきっと俺の幻聴だろう。

 一瞬優那ちゃんの声にも聞こえたし、多分優那ちゃんにこんなことを言われたいという俺の妄想が生み出した幻だ。


「天海!お疲れ!」


「あぁ、お疲れ」


「またねっ!」


 秋の瀬は俺に軽くお疲れと言うと他の女子のところに行ってしまった。

 露那もいつの間にか更衣室に向かっていたし、俺も更衣室に向かおうとしよう。

 そしてその道中…


「やぁ、天海くん」


 秋の瀬がどこかに行ったかと思うと、今度は入れ替わるように一条が俺のところに来た。

 相変わらず顔は良いことで、まさに汗の滴る良い男という表現が似合っている。


「こう見えて実は僕、運動も得意なんだよね〜」


 こう見えても何もどこからどう見ても運動が得意そうにしか見えない。


「へぇ〜」


 もちろんそんなことを口に出すと空気が悪くなるというのは分かっているので言わないが。


「ところで天海くん、休憩時間中にニヤニヤスマホを見ていたのはなんだったんだい?」


「その前にスマホを見てニヤニヤしている俺のことをどうして一条が見てるんだ?」


「どうして…?盟友を見るのに理由なんて要らないさっ!喜怒哀楽の喜と楽の感情以外はっ!」


 一条は高らかに言う。

 どういう意味……いや、考えるだけ無駄だな。


「そうか…」


「分かってくれたようで嬉しいよっ!それで、何を見ていたんだい?」


 …別に隠すほどのことでも無いし言おう。


「推しのツイートを見てたんだ」


「おし…?生き物の名前かい?」


 推しって言われたら今の時代なら「推し〜?誰!?」みたいな感じの反応になるんじゃ無いだろうか。

 少なくとも生き物の名前かどうかを問われるなんてことは数少ないケースだろう。


「おしじゃない、推しだ、好きなものって意味で捉えてくれて良い」


「…推し、どう言う字を書くんだい?」


「推測の推だ」


「推測の推…なるほど、それで君は何を推して?」


「Vtuberだ」


「ぶい…ちゅーばー?」


 一言一言知らない言葉が多すぎてまずい。

 おかしいな、同じ国の言葉で話してるよな…?


「簡単に言うと…絵が喋るんだ」


「あぁ、アニメのような感じかい?」


「ちょっと違うけどまぁ、そんな感じだ」


 一条は納得したように頷く。


「へぇ…それで、天海くんはどんな、その…Vtuber?を推し?ている?んだい?」


 使い慣れない言葉を乱発しているせいで普段から使っている言葉までイントネーションがおかしくなってしまっている。

 …どうするか、一条に優那ちゃんを見せても良いものか。

 Vtuberを知らない人が初めてVtuberを見たらどう思うだろうか、それも好きなものとして。

 やはり動いてる絵を見るだけの何が良いとかと思われるのだろうか。

 一条は高身長イケメンという確実にVtuberとかとは縁の無い人間、そんな人間にいきなり優那ちゃんを見せるのは刺激が強すぎる。

 批判するにしても刺激が強いし、好きになったとしても一条を一気に俗にいうオタクにしてしまうかもしれない。

 それだけは避けなければ…


「まぁ、それはまた、今度…な?」


「…そうだね、色々と新しいことも知れたし、今はそれに酔いしれていようじゃないか」


 一条は気分が良さそうだ。


「それにしても君は僕の知らないことをたくさん知っているね」


 それに関しては別に俺じゃなくても他にこの学校でも全体の半分ぐらいは知っていることだとは思う。


「それに君と話していると気分が良い、これなら黒園さんの婚約者フィアンセと言われても何も文句は出ないね」


「ちょっと待て!」


 俺は気になる言葉が出たためしっかりと話を区切る。


「なんだい?」


「俺は露那の婚約者なんかじゃない!」


「そうなのかい?」


「そうだ…そう言えば一条は露那のこと気になってるのか?」


「…僕が?」


 あんまりこういうことを話すのは好きじゃないが俺が露那の婚約者なんて話をしている方が俺にとっては嬉しくない。


「ほら、ペアになってくれとかどうとか、あれって見方によっては好意を向けてる風に見えると思うんだが」


「あははっ、何を言っているんだい、紳士が見目麗しい淑女を見つけたらその淑女に見合った行動をするのは当然のこと、そこに僕の意思は無いよ」


「はぁ…?」


「とにかく、君の黒園さんを横取りしようなんて考えは僕には無いから安心してくれて良いよ」


「だから俺のじゃない!」


「ふっ、そうだったね〜」


 そんなやり取りの中俺たちは更衣室前に着き、着替え終わったので俺はすぐさま家に帰った。

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