準備運動
あの後露那と秋の瀬二人ともから不満が上がったが、どのみちもう他の人たちは二人グループを組んでしまっているので、俺たちは三人でやるしか道は無いと言う結論に至った。
秋の瀬はともかく、露那は至るしかなかった…といった感じだったが。
「まずは準備運動を行ってもらう、ペア同士で体操と柔軟等を行ってくれ、十分ほど時間を取る」
先生が時計を見る素振りをしながら言う。
「天海のところは、三人で上手くやりくりしてくれ」
そんな無茶な…っていうほど難易度が高いわけではないが…
「一人で準備運動しててよ、私は奏くんと二人で準備運動してるから」
「え〜?仲間外れは良く無いと思うよ〜?」
この調子で一体どうすれば上手くやりくりなんてことができるんだ。
秋の瀬の方は露那と険悪な関係になろうとはしていないが、露那が明らかに秋の瀬に対して険悪な対応をしている。
ここはとりあえず俺が鎮めないと準備運動が進まない…
「二人とも落ち着い……!?」
そこで俺は異様な事態に気づく。
一条を除き、クラスの全員が俺たちのことを凝視とまでは言わないまでも、確かに俺たちのことを見ている。
男子は露那と秋の瀬を見ている人と俺を見ている人が半々で、女子の方も半分が露那たちの方を、もう半分が俺の方を見ている。
「なんだ…?この視線」
露那とか秋の瀬の方に視線が行くのは自然なことだとして…なんで俺に視線が来るんだ?
もちろん俺だってそこまで鈍感じゃない、男子が俺のことを見ている理由は分かる。
どう考えたって嫉妬とかの類だろう。
俺だって好きで三人ペアになんてなってない…
それよりもなんで俺が女子に見られてしまっているんだろうか。
「奏くん!柔軟から始めるよっ!」
「あっ!ずるいっ!私が天海と柔軟する〜!」
すると二人が俺の方に駆け寄ってきて…同時に激突した。
「きゃっ!」
二人は同時に声を上げ、頭を軽く抑えた。
「何するのっ!?」
「そっちからぶつかって来たんでしょ?」
なんとも見苦しい言い争いである。
この争いと呼ぶのも忍びなくなってくる争いに巻き込まれるのは嫌だが、さっきから周りの視線とその奥から見ている先生の視線が痛い。
ここは俺がなんとかして取りまとめなければ。
「時間が十分しかないんだから、こんな風に言い争ってる場合じゃないだろ…?まずは露那、その次に秋の瀬の順番で柔軟しよう、俺は最後で良い」
「私以外の女に奏くんは手伝わなくて……」
「うん!それで良いよっ!」
「……」
よし。
最初は露那にして後を秋の瀬にすれば良い感じに秋の瀬が対応してくれると思ったが、成功したみたいで良かった。
「じゃ、じゃあ露那…?そこに座ってくれ」
露那は言われた通りにその場に腰を下ろすように座り。
長座体前屈をする時のように足を伸ばし、足を左右に広げた。
「肩を押すから、痛くなったら言ってくれ」
露那は小さく頷いた。
俺は露那の肩を押す。
徐々に力を入れていく。
「……ぇ!?」
俺は露那の肩に力を入れた瞬間、驚いてしまう。
柔らかい…なんだこれは。
本当に同じ人間なのかと疑ってしまうほどに露那の体は柔らかかった。
正直言って俺が肩に力を入れなくても露那なら余裕で自分のつま先に手ぐらいなら届いてしまうと思えるほどに。
「…あ〜、届かない〜」
「…え?」
露那は明らかにつま先ぐらいなら届きそうな勢いで手を伸ばしているのに、なぜか届かないなんていう嘘をつく。
自分のことは自分でよく分かっていると言われても納得できないほどに届かないわけがなかった。
「奏くんがもうちょっと力入れてくれたら届くかも〜」
「……」
まぁ特に断る理由もないため、俺は少しだけ力を強める。
「だめ〜!そんなんじゃ全然届かない〜!」
露那はまたなんの意味も無い嘘をついた。
「なんでそんな嘘をつくんだ…?」
「嘘じゃないよ!奏くんがあともうちょっと体を私に密着してちゃんと力を入れてくれれば届くんだけどなぁ…」
「……」
それでもやっぱりそう言われてしまっては俺にそれを咎めることはできない。
俺は仕方なく体を少し密着させて更に強く露那の肩を押す。
「もっと〜!」
そう言われてしまい、俺は更に力を入れるために密着する。
もう露那の肩を押しているという感覚では無く、露那自身を押しているような感覚だ。
「あぁ…良いよ、奏くん…」
露那自身は全く腕を伸ばそうとせず、ほとんど俺の力だけで露那の腕が露那のつま先に届こうとしている。
「露那…!もう腕を伸ばせば届くだろ!?」
そろそろ周りの視線が本当に痛くなってきた。
柔軟なんて言うものは別につま先に手をつけなければいけないなんていうルールはないが、ここまで来たらもう意地だ。
「届かな〜い」
「っ!」
俺はもう痺れを切らし、露那の肩から手を離して露那の手を持った。
「えっ…奏くん?」
そして露那の手を露那のつま先に置いた。
「…え?」
「これで届いたな」
反対の方も軽く柔軟してから俺は思い残すことは無いため、次は秋の瀬の方に向かう。
「あぁ…奏くん…カッコ良すぎるよ〜…」
秋の瀬の方に向かうと言っても、秋の瀬もすぐそこで準備運動をしていた。
「秋の瀬」
「あっ!終わった〜?」
「あぁ、なんとかな」
本当になんとか、だ。
「そっか、じゃっ次は私の番ってことだよね!」
「そうだ」
「うんっ!任せてっ!準備万全だからっ!」
秋の瀬はさっきまでの露那と同じような体勢になった。
そして露那と同じように肩を押すようにして力を込める。
「…優しくしてね?」
「あぁ…」
別に何か人に見られたら困るようなことをしているわけでも無いのになんだか良く無いことをしようとしている気分だ。
俺はそんな考えをなんとか払拭して、秋の瀬の肩を押す。
「んっ…」
秋の瀬は普段から運動しているからなのか、露那よりもガッチリとしているイメージだった。
でもその代わりに露那よりは体が硬かった。
それでも並以上には柔らかいが。
「行くぞ…」
俺は露那の時と同じように徐々に徐々にと秋の瀬の肩に力を込めて行く。
「ん〜…ん!」
秋の瀬は腕を頑張って伸ばそうとしているが、ギリギリのところで届かない。
「んっ…ぁ」
秋の瀬は少し変な声をあげたが、なんとかつま先に手が届いて満足そうな表情をしている。
反対でも同じことを繰り返しなんとか手が届いた。
「じゃあ次は天海だね」
俺はなぜかぼーっとしていた露那をよそに、秋の瀬に柔軟を手伝ってもらった。
よし、これでなんとかクリアだな。
「十分経過、集合」
先生の一声で全員が先生の前に集合する。
相変わらず露那はぶつぶつと何かを発していたが気にしないことにした。
「準備も整ったところで、今日のバスケットボールの授業を始める」
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