黒園と秋の瀬 邂逅1

 尾行して着いた先は、毎度の如く屋上…ではなく、校舎裏だった。

 正直校舎裏なんて月に一度のゴミ捨て当番の時にしか来たことが無い。

 だからちょっと新鮮な気もする。

 それにしてもどっちがどっちを誘ったんだ…?

 先に露那が出ていくのが見えたから、露那から誘ったんだろうか。

 俺が能書きをしていると、露那が口を開いた。


「こんなところに呼び出してなんのつもり?奏くんとの貴重な放課後時間を放棄してまで来てあげたんだから、それ相応の話なんだよね?」


「うん、それに相応しい話はできると思うよ」


 どうやら呼び出したのは秋の瀬の方かららしい。

 でも何の目的で露那のことをこんな人気のないところに呼び出したんだ…?


「あ、それにしても朝は……」


 秋の瀬がまずは朝のことからと話の導入に入ろうとしたが…


「前置きは要らないよ」


 露那がそれをバッサリと切り捨ててしまった。

 露那が俺以外と話してるところなんて滅多に見る事はないけどもしかしていつもこんな感じなんだろうか。

 それともそもそも俺以外とあんまり話さなかったり…それはちょっと自意識過剰が過ぎるな。


「…そう、じゃあ早速本題になるんだけど、黒園さんは天海のことどう思ってるの?」


「好き」


 露那は一瞬の間も開けず答える。


「…即答、しちゃうんだ、普通こう言うのってもうちょっと間を置いてから答えたりすると思ったんだけど」


「好き以外の回答なんて無いからね」


「…そうなんだ、でも今は天海とは付き合ってないんだよね?」


「何言ってるの?今もラブラブなんだけど」


 露那は相も変わらずそんな風に答えた。

 今の俺と露那の関係性の一体どこをどう切り抜いたらなんて言葉が出てくるんだろうか。


「ラブラブ…?でも天海は黒園さんとは付き合ってないって言ってたよ?少なくとも


「うん、それは奏くんが今ちょっと停滞期だから…山あり谷ありっていう言葉があるように人生にも波があるの、今はその波の谷の時ってこと、それに奏くんは九割私のことが好きだってはっきり言ってくれたし」


「でもどちみち今は付き合っては無いんだよね?」


「奏くんは勝手にそう言ってるけど、私はまだ付き合ってるつもり」


「…それで少なくとも俺の視点からは、ね」


 秋の瀬は一人何かに納得したかのように頷いた。


「…で、そんなことを確認するためだけに私をここに呼び出したの?」


「ん〜、そのつもりだったんだけど…言っておくことができたかも」


 言っておくことができた、つまりここに来るまでは言う気はなかったが、ここに来て言っておくべきことが増えたということだ。


「別に言わなくても良いよ、奏くん以外の言うことなんて興味無いから」


「…そう?なら別に聞かなくても良いけど、勝手に話させてもらうね」


 秋の瀬がそう言うと、露那はつまらなそうな顔で秋の瀬とすれ違い、こちらに向かってきた。

 秋の瀬が何を話す気なのかは気になるが、俺がこの会話を聞いていたとバレても全くもってメリットが無いため、忍足で校舎裏を後にした。


「仮に今天海に誰か他の彼女が出来たとしても、文句無いよね」


 それを聞いた黒園は立ち止まり秋の瀬の方に振り返る。


「は…?」


「天海に聞いたら、天海は今はもう黒園さんと付き合ってる気は無いって言ってたから」


「それは奏くんが勝手にそう言ってるだけ……」


「付き合う付き合わないの問題は黒園さん一人で完結することじゃなくて、二人いて初めて成立するものなの、だから天海が付き合ってる気がないならそれはもう恋人関係として破綻してるの」


 秋の瀬は力強く、黒園に正論を言い放つ。


「さっき停滞期って言ったよね?停滞期ぐらい誰にでもあると思うけど?」


「停滞期だとしても、今は一時的には恋人じゃ無いんだよね?」


「……」


「なら…天海に他の恋人ができたとしても、文句…は良いとしても、止める権利なんてないよね?」


「奏くんは私のって決まってるんだから止める権利はあるよ」


「そう、ごめんね、呼び出しちゃって…時間くれてありがと」


 秋の瀬はこれ以上の会話に意味が無いと感じ、形式上黒園に感謝を告げてから校舎裏を後にしようとする。

 ──────直後。

 黒園は秋の瀬のことを地面へと押し倒す形で肩を強く押し、秋の瀬の太腿上に跨った。


「奏くんに何するつもり?」


 その目は教室で見せていたら可愛らしい目とも違えば、天海が浮気を疑われている時に向けられる目とも違う。

 黒園にとって天海は恋愛対象。

 恋愛対象にどれだけ怒ったとしてもそれは怒りの感情の範疇を超えない。

 が、黒園にとって天海に近づこうとする女全てが敵。

 敵に向ける目は、天海に向ける目よりも何倍も暗い。


「別に…?何も変なことはしないよ?」


 咄嗟のこととは言え、秋の瀬は柔道経験者。

 直に背中にダメージを喰らうことを避け、受け身を取れている。


「それならさっきの何?」


「さっきって…あ〜、ただちょっと確認……」


「何のための確認なの?」


 あくまでも黒園は自分の質問にだけ答えろと圧をかける。


「…黒園さんは嫌がるかもしれないけど、天海って裏ではモテてるんだよね」


「そうだね、嫌だけど奏くんが素晴らしいのも事実だから仕方ないよ」


「だから、その忠告をって思っただけ」


「…そんな忠告なんて要らないよ、だって奏くんに集る女たちは区別無く払ってきたんだから」


 黒園は忠告されるまでも無いと言う。


「区別無く…か〜、もし私が天海のこと好き〜って言ったら、私のことも払う?」


 黒園はそれを聞いた瞬間、ハサミを秋の瀬の顔のすぐ横に突き刺し…校舎裏を後にした。

 答えるまでもないことを、行動で示したのだ。


「そっか…なら、払われないように頑張らないとねっ!」

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