勇者召喚

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勇者召喚

「いらっしゃい」 

 

 小ぢんまりとした酒場の扉が開くと、野良着姿の初老の男性が顔をのぞかせる。 

 

「空いてるかい?」 

「ええ。どうぞ。こちらへ」 

 

 カウンター越しに艶やかな女性が席へ促す。 

 

「いつもの頼むわ、ミアさん」 

「はーい。いつもありがとう」 

 

 そう言うとミアと呼ばれた女性はすぐに木製のジョッキへエールを注ぎ、男性へ差し出す。 

 初老の男性は喉を鳴らしながら、それを一気にあおる。 

 

「……ップハー! 生き返るぜ! ここに来なきゃ一日終われないよ、まったく」 

「あらあら。今日も一段とお疲れね」 

 

 ミアが労いながら、いくつかの料理を男の前に置く。 

 男は薄い肉の切れ端にガンとフォークを突き立てながらまくし立てる。 

 

「働けど働けど一向に暮らしは良くならねぇ! 作物はみんな国の奴らが持ってっちまう。それにまた年貢を上げるなどと領主の奴はぬかしやがる。それじゃ俺たちゃどうやって食ってけってんだ。死ねと言ってるもんじゃねぇか!」 

 

 そんな気炎に当てられたのか、先客の中年男性が彼に声を掛ける。 

 

「農家も大変だな、ジャック」 

 

 ジャックと呼ばれた男性はそちらを振り返ると、ニカッと笑う。 

 

「なんでぇ。鍛冶屋のマイトじゃねぇか。また、クワがダメになっちまったから見てくれよ」 

「ああ。いつでも持って来い」 

「ちきしょう! 俺たち農民が忙しくなればなる程、あんたら鍛冶屋は儲かっていいな!」 

「バカ言え。俺たちだってお前と一緒だ。来月からまた税金が上がるんだ。お前らの農具を直したところでクソの足しにもなりゃしない」 

「そうなのか? これからはお前に一杯おごってもらおうかと思ったが、アテが外れたな」 

「アテが外れてんのはお前だけじゃない、ジャック。また、国の連中は勇者を召喚したらしいぜ」 

「またか!? 性懲りもなく。これで何度目だ?」 

「さあな。だけど、どうせまた魔王討伐なんか出来ずに行方知れずになっちまうさ」 

「いい加減にしろってんだ。それでケツ拭かされるのは、結局俺たち民衆って訳だ」 

「召喚には魔石とかいう希少な鉱石が山ほどいるらしいからな。莫大な俺たちの税金がそいつに消えちまう」 

 

 ミアが二人にエールのお代わりを出しながら、口を挟む。 

 

「それにしても魔王ってのは何なんでしょうね。そうまでして討伐しないといけないのかしらね」 

 

 ジャックがグビリとエールを飲むと、大げさにかぶりを振る。 

 

「いやいや、ミアさん。甘く見ちゃいけねぇ。聞いた話じゃ、辺境の村で畑仕事してた俺の知り合いが、ゴブリン共に襲われて、村が焼き払われたってんだ。そんな奴らがウジャウジャいるんじゃ、夜も枕高くして寝られねぇ」 

「俺もよく兵士たちの装備を修理するんだが、兜や鎧がこんなにひしゃげてるのを見たら、背筋が寒くなったよ」 

 

 そう言って鍛冶屋のマイトは太い指を大げさに曲げて見せる。 

 だが、ミアは笑って答えた。 

 

「でも、お二人は実際の魔族を見てないんでしょう? 私はそれよりも洪水が怖いわ。ほら、数年前に大雨で近くの川が氾濫したでしょ? あれでこの辺りがめちゃめちゃになっちゃったじゃない。だから、私たちの納めた税金で、安全になるよう整備して欲しいんだけどねぇ」 

 

 すると、農家のジャックが憤慨しながら同意する。 

 

「あー! そうだそうだ! ミアさんの言う通りだ! あん時はひどかったなぁ。そう考えると国の奴らは何もしちゃくれねぇな!」 

「そうだな。町もひどいもんだ。重税に耐えかねて破産する商人やら職人が浮浪者になって、盗人、強盗、火つけが後を絶たないが、それを取り締まる警備兵の人出が足らずに、やりたい放題だ。治療費も高すぎて、ケガや病気をしても医者に行けない。こりゃあ本当に俺たちに死ねと言ってるもんだぜ」 

「はぁ、何が勇者だバカヤロウ。俺たちの税金返せってんだ盗人野郎め。俺たちのために戦って潔く死んでるならまだしも、途中で仕事ほっぽり出して尻尾巻いて逃げ出すとはどういう了見だ。こちとら死ぬまで働いてんだ。てめぇらも死ぬまで働けってんだ」 

「いいこと言うじゃねぇか、ジャック。……だけど、この話もここらで切り上げておこう。誰が聞いてるか分からねぇからな。警備兵が耳にしたら事だからよ」 

「それもそうだ。それに、こんな話してても気が滅入るだけだ。嫌なことは酒飲んで忘れて、明日からまた頑張るってのが俺のモットーだからな」 

「またまたいいこと言うじゃねぇか、ジャック。お前にしちゃ冴えてるな!」 

「一言余計なんだよ、バカヤロウ」 

 

 それから小一時間程、二人は下世話な会話とお酒を楽しむと、席を立つのだった。 

 

「いやぁ、ミアさん。今日もごちそうさま!」 

「ありがとうございました。危ないから足元気を付けて帰ってね」 

「大丈夫! 大丈夫! ご主人にもよろしく伝えてよ。あんたの料理はいつも美味いって。ここらじゃ見ない、ちょっと変わった料理だけどさ!」 

「はい、ちゃんと伝えますよ。またよろしくね!」 

 

 そう言って二人を見送ったミアが酒場の扉をバタンと閉じると、ふぅと息を深く吐く。 

 そして、厨房の奥に向かって優しく声を掛けるのだった。 

 

「……あの人たちの言うこと、いちいち気にしちゃダメよ」 

「……分かってるよ。ミア」 

 

 そう言って奥から顔を出したのはさっぱりとした顔立ちの大人の男だった。 

 バンダナをしているが、隙間から覗く毛はこの辺りでは珍しい黒色だった。 

 

「とにかく、何かにつけて文句を言って発散したいだけなんだから。あなたはそのままでいいのよ、タクマ」 

 

 ミアが全てを包むようにタクマを抱き締める。 

 だが、タクマはミアを抱き返すことなく、遠い目をして呟く。 

 

「彼らの言っていることも間違ってはいないさ。だけど、高校生だった俺には荷が重過ぎたのさ」 

「ええ。そうよ。コウコウセイがどんなものか私には分からないけど、召喚されるのは決まって成人を迎えたばかりの15の男一人。それも屈強な体格も持たず、戦い方も知らない人が、突然今まで暮らしていた世界と全く違う世界に来て、魔王を倒せなんて言われたら、怖くて逃げ出してしまうのは仕方ないわ」 

 

 豊満な体をグッと押し付け、必死に抱き締め続けるミア。 

 しかし、タクマは微動だにしなかった。 

 そしてついに、タクマは告げるのだった。 

 

「……ミア。これまで君にも伝えてなかったが、全てを伝えようと思う。なんだかそんな気分なんだ」 

 

 ミアがビクリと体を震わせる。 

 それ以上、何の返答もないのだが、タクマは構わず続ける。 

 

「ミアは戦いも知らない少年だから、怖くて逃げても仕方ないと思ってるが違うんだ。怖いなんて思ったことは一度もない。なぜなら俺はここへ召喚される時、スキルという特別な力を山ほどもらったんだ。恐らく、他の勇者たちも同じだろう。だから、魔王の下まで易々とたどり着けたし、手下なんて赤子の手をひねるようなものだったよ」 

「ま、魔王に会ったの!? そんなに強いのだったらなぜ討伐しなかったの?」 

 

 タクマは乾いた笑みを浮かべる。 

 

「その魔王が俺に何と言ったと思う?」 

 

*** 

 

「また勇者か……」 

 

 魔王城の玉座には、赤黒い肌に黒く鋭い爪と牙、そして燃えるような真っ赤な瞳を持つ恐ろしい者が鎮座していた。 

 その者、魔王は目の前のタクマに向かい、大地が響く程の声で叫ぶ。 

 

「この、殺戮者め!」 

 

 タクマはその言葉に耳を疑い、眉間にしわを寄せると、魔王に怒鳴り返す。 

 

「お前ら魔族が人間の町を襲っているんだろう! 人間を苦しめる悪しき魔族め! これはその報復だ!」 

 

 だが、それを聞いた魔王は肩をすくめ嘆息した。 

 

「貴様ら勇者とやらは、なぜ皆そうなのだ? 洗脳でも受けているのか? 一部の魔族が残虐行為を犯したからといって、全ての魔族がそうだと考え、無差別に殺戮を行うお前たちの方がよっぽど残虐だとは思わないのか? 全く理解出来ない。人間を襲ったという犯人でもない、平凡に暮らしていただけの私たちの家族を殺し、友人を殺し、大量虐殺を行うお前の目的は一体何なのだ? 教えてくれ?」 

 

 その問いに、タクマは言葉を詰まらせる。 

 なぜなら、魔族の大量虐殺そのものが目的だからだ。 

 そのために召喚されたのだ。 

 

「また、だんまりか。いつもそうだ。今日は他にも貴様に物申したい者たちがいる。我ら連合国の首脳陣だ」 

「れ、連合国!?」 

 

 予想だにしない展開にタクマは動揺が隠せなかった。 

 だが、そんなことはお構いなしに、玉座の横の空間がぐにゃりと楕円形に裂けると、そこからヒゲ面でずんぐりむっくりの男がぬっと現れた。 

 そして、魔王にひけを取らないくらい低くドスの利いた声でこう告げる。 

 

「ドワーフ国の王だ。単刀直入に言おう。同胞が貴様ら人間国に拉致されて、鉱山で奴隷のように働かせられている疑惑がある。即刻、拉致された者たちを解放しなければ、貴様ら人間国に遺憾の意を表する」 

「い、遺憾の意? い、いや、そんなこと、初耳だし……。俺に言われても……」 

 

 続いて、逆側の玉座横の空間が開き、色白で耳の尖った女性が優雅に現れたかと思うと、急にヒステリックな甲高い声でわめき立てる。 

 

「いい加減にしてください! あなたがた人間は私たちエルフや様々な動物が暮らす森林をどんどんと破壊し、石炭を燃やして空気を汚す。この世界は人間だけのものではないのですよ! これ以上、自然を壊すようであれば連合と協力し、何らかの制裁も辞さない覚悟があります!」 

「そ、それは……。はい……。重々承知していますけど……」 

 

 けど、何だと言わんばかりにエルフの女性がきつくタクマを睨みつける。 

 そして、最後に玉座の上、魔王の頭上あたりの空間が開くと、大きな丸い水球に入った、上半身は白ヒゲの壮年男性、下半身は鱗と尾びれを持つ人魚が、厳めしい顔でタクマを見下ろしていた。 

 

「なぜそなたら人間は約束を守れんのだ。王と王同士、条約を交わしたではないか。我々、人魚国が沖に立てた塔までが、そなたら人間の漁場であり、それを過ぎた先の海は我々の領地だと。幾日か前も、領域を侵した漁師が放った網やら針やらに、臣民が苦しむ事案が起きておる上、そなたらが捕った魚は元々我が国の資源である。こんな蛮行が許されるなど、あってはならない由々しき事態だ。速やかな改善を要求する」 

「……えー、そんなの知らないよ。俺、ただの高校生だし……。この世界にだって、勝手に呼ばれてきただけだし……」 

 

 そう漏らした直後、首脳陣は一同にこう叫ぶのだった。 

 

「「貴様も人間だろうが!!」」 

 

*** 

  

「それから俺は逃げるように魔王城を飛び出したんだ。そして、魔族が人間にとっての害悪だという大前提に疑問を抱いてしまったその時、高校生の俺が自らの意思で目の前の知的生命体たちを根絶やしに出来るはずがない。召喚された時、国王たちに魔法や何かで操られていた方がどれだけ気が楽だったか。魅了耐性も精神攻撃耐性も毒物耐性も、あらゆる耐性を兼ね備えていた自分が悲しいよ。だって、これまで魔族たちを手に掛けた感触や光景がありありと目に浮かぶんだぜ? しかも、嬉々として殺戮を楽しんですらいたんだから。この苦しみ、想像出来るかい、ミア?」 

 

 それを聞いたミアが抱き着いたまま頭を横に振る。 

 そして、タクマは自嘲気味にこう言うのだった。 

 

「新たな人生では特別なヒーローになれる、なんて甘い憧れを抱いていたけど、人間なんてどこに行っても変わらないね。今も、昔も、異世界も……」 

 

 タクマは全てを吐き出し、燃え尽きようとしていた。 

 この国にだってただの大量破壊兵器として勝手に呼ばれただけで、何の未練も愛国心もない。 

 全てを捨てて世界を旅してもいい。 

 もし、過去の非人道的行為が許されたなら、魔族の国で暮らすのも悪くない。 

 そう考えた瞬間だった。 

 体をぎゅっと強く締め付けられる。 

 

「あなたの苦しみは私には分からない。だけど、私にその苦しみを和らげることは出来ないの? 私はあなたと出会って初めてこの世界で幸せを感じることが出来た。だから、少しだけでもいいから、あなたにもそう思って欲しいの。私、頑張るから。あなたを、タクマを幸せにしたいの。……愛してるわ、心から」 

「……ミア」 

「人間なんて愚かな生き物よ。間違いだってたくさん犯すわ。でも、それでいいじゃない。間違いだって分かれば、次からは正しい道を進むことだって出来るんだから。それに、魔族もドワーフもエルフも人魚も、もっともなこと言ってるけど、きっと自分たちだって至らない点はいっぱいあるはずよ。だから、気にせず、タクマはタクマのまま、これまで通り、この国で一緒につつましく暮らしていきましょう。それとも、もう人間には愛想が尽きたから、魔族と一緒に暮らしたい?」 

 

 瞳をうるませたミアが上目遣いでタクマを見つめる。 

 タクマは少し恥ずかしそうに頬を紅潮させると、おもむろに頷いた。 

 

「……分かった。ありがとう、ミア。俺もこれからもっとミアを幸せに出来るように頑張るよ。だから、これからも一緒にこの国で暮らそう。……愛してるよ」 

「……タクマ」 

 

 そうして二人は熱い抱擁と口づけを交わすのだった。 

 が、その時は一瞬で終わりを告げた。 

 突然、酒場の扉が激しく開かれ、帰ったはずのジャックとマイトが血相を変えて飛び込んで来ると、二人同時にこう叫ぶのだった。 

 

「「大変だ! 今まで召喚された勇者たちがこの国に攻めて来たぞ! 本当の魔族を根絶やしにするんだって!」」 

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