第31話 淫魔と帰還

 結論から言うと、僅か3日でリリアの転移魔法は完成した。リリアの成長はそれはもう凄まじかった。


「で、できた……! お姉様ぁ! できましたよっ!」

「す、凄すぎでしょ……」


 ゲートからゲートの移動はもちろんのこと、正確に、迅速に転移が成功していた。それも1度や2度のまぐれではなく、10回中10回成功するという成功率100パーセントの状態だった。


「これで私、人間界に行けますよね!?」

「え、えぇ。多分、というか絶対行けると思うわ」

「〜〜〜っ! やっっっっったぁぁぁ! じゃあ早速行って──」

「ま、待ちなさい! せめて行く前にお父様とお母様に報告してからにしましょ、今日は2人とも家にいらっしゃるし、ね?」

「そ、そうですね。分かりました!」


 我が妹ながら見違えるほどの成長でビビり散らかすリリスだった。人間界に行く前は、何かと自分の後ろをついてきていたというのに、と過去の記憶が次々と蘇り、感傷に浸る。


「人間界、ね。そこまで惹かれる場所には思えなかったけど……もっと知る必要があるのかもね」


 段々と人間界に興味が湧いてくるリリスだった。



「せ、成功した? 3日でかい?」

「はいっ! 私、転移魔法できるようになりました!」

「ははっ、またまたそんな……」


 疑うサタンの前で、リリアは転移魔法を使ってみせた。


「で、できとる……」

「まぁ……すごいわね」


 ティアも口に手を当てて驚きを隠せないようだ。


「お姉ちゃんすごーいっ!」

「えへへ……私だってやるときはやるんです!」

「確かに、リリアの魔法の才能もすごいけど、リリアが人間界にもう一度行きたいという願いの強さ、それがもっとすごいとお母さんは思うわ」


 ティアはリリアの頭を優しく、丁寧に撫でた。


「お、お母様……」

「彼のところに、戻りたいのね?」

「……はい」

「ふふっ、若いっていいわね。気をつけて行ってらっしゃい。それから、絶対に逃しちゃダメよ♡」

「はいっ! 私、行ってきます!」


 リリアは支度をするべく部屋を出て行った。


「あーあ、お姉ちゃんまた行っちゃうのかぁ。アタシも行きたいなぁ」

「はっはっは、リリイまで人間界にお熱かい?」

「うん! 人間界って面白いし!」

「おいおい、あくまで多種族との共存という名目で行ってくれよ? あまりホイホイ行かれると何かあったとき大変だ」

「えー、もっと気軽に行きたーい」

「わがままだなぁ。ま、そこが可愛いけどね☆」

「お父様キモおじっぽーい」

「キモおじ……なんだろう、貶されてるのだけは分かる……。リリスからもリリイに何か言ってやってくれないか?」

「人間界……私ももう一度……」

「リリス? おーい?」

「うふふ、面白くなってきたわね」



 身支度を済ませ、リリイが再び人間界に戻る準備は整った。


「よし……!」


 いくら練習でできたと言っても、本番でできなくては意味がない。リリアは人間界のイメージを強く持った。


「(人間界の景色……空気……香り……建物……江口荘……カエデさん……ユリさん……キョウコさん……セイヤさん……そして、タクミさん)」


 イメージは完璧。後は魔力を集中させ、ゲートを出現させるのみ。


「行きますっ!」


 ゲートを目の前に出現させ、飛び込んだ。


 ゲートに入って後は前へ足を進めるのみだったが、まず感じたのは、体に纏わりつく嫌な感じだった。


「う……進みずらい……生クリームの中を掻き分けてるみたい……」


 やはり魔界と魔界の転移とは訳が違った。しかし、進めない訳ではない。一歩一歩、確実に前へと進んでいる。押し戻されないように、足に力を入れながら。



 リリアが去って数時間が経過した。


「おねーちゃん、もう人間界についたかな?」

「どうかしらね。魔界と人間界の行き来は容易じゃないのよ。仮に人間界に着いたとして、あちらの世界では100年経過してもおかしくないわ」

「そっか……」

「うふふ、リリアなら大丈夫よ」

「なぜそう言い切れるんです?」

「恋は盲目、誰にも止められないもの。たとえ、時間の歪みが妨げようと、ね」



 先の見えない暗闇を進み続けて数時間、ようやく光が見えてきた。


「……! あと……もう、少し……!」


 足はもう限界に近い。少しでも気を抜けば沈んでしまいそうだ。しかし、目の前に光が見えた途端、俄然やる気が湧いていた。


「タクミさん……! 今、行きますから……!」


 そして、光に手が届いた。


「わぷっ……!」


 倒れ込むようにゲートを潜ると、顔面から地面に激突してしまった。


「いたた……」


 口の中がじゃりじゃりする。不快極まりないが、その感触は人間界に戻ってきたことを鮮明に感じられた。


「き、来た……! また、来ることができました……!」


 辺りを見回すと、見覚えのある光景だった。江口荘に転移するつもりだったが、どうやら座標が少しずれてしまったらしい。


「ちょっと失敗しちゃったけど……でも、もうすぐ……!」


 壁に寄りかかりながら、ゆっくり、ゆっくりと歩みを進めていく。

 そして、見えてきた。最後の角。この道を曲がれば江口荘だ。


「タクミさん……私、帰ってきましたよ……」


 角を曲がり、建物が見えた。


「え……?」


 その建物は、ブルーシートに覆われて、リリアの記憶とはまるで違う姿で佇んでいた。

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