第22話 裏事情
拓巳たちが目を覚ます少し前、それは拓巳たちが住んでいる江口荘の上に潜んでいた。
「ちっ、後少しだったのに」
黒い子供のような体型をしているそれは、屋根の上で悔しがっていた。
「それにしても、なぜ俺の魔法が解けたんだ……? あの人間に対魔力でも備わっていたのか?」
頭を少し回転させるが、どうせ答えは出ないだろうと思考を止めた。
「まぁいい。あの人間は夢に陥りやすく、脆いことは分かっただけでも収穫だ。次に仕掛けるのはいつにするか──」
「あ、こんなとこにいたんだ♡」
「っ!?」
完全に油断していた。背後を取ったのは、まだ成熟しきっていない淫魔の娘、リリイだった。
「へぇ、夢魔がコッチにいるなんて珍しいね。まぁ、おにーさんの部屋の窓が開けられてたり、嫌な匂いがしてたから人間じゃないことは大体予想してたけどねー」
「……淫魔、サキュバスか」
夢魔は内心焦っていた。淫魔と夢魔では淫魔の方に分がある。夢魔は対象者を眠りに落とし、精神を蝕む夢を見せる種族だが、淫魔は夢を自在に見せれるだけでなく、生命力を吸い取り自分の糧とすることもできる。完全に上位互換だ。
「(どうする……いきなり攻撃してくるような性格には見えないが……ここでやりあうことだけは避けたい)」
幸い、夢魔には拓巳という交渉材料を持っていた。
「あれ? 急に黙っちゃって。緊張してるの?」
「……あぁ。人間界で同種に会うのは初めてだからな」
「同種……?」
「い、いや。言葉が足らなかった、です。悪魔という大部分のくくりで話していただけで」
一瞬感じた殺気に思わず訂正し、敬語になってしまう。
「ふーん。まぁいいけど。それより、あなただよね。おにーさん、って言っても分かんないか。この家の人間を食べようとしてたのって」
「……」
やはりそこを突いてきたか、と夢魔の予想は当たってある種安堵していた。さらに、自分が狙っていた獲物に手を出すな、と言いたいのだろうと推測した。
(であるならば、交渉材料で戦闘を回避することは可能だな)
ニヤリと口元をかすかに歪めて、夢魔は話した。
「申し訳ない。こちらがあなたのテリトリーだとは知らずに無礼な真似をしました」
「へぇ。礼儀だけは一丁前だね♡」
「……取引を、しませんか?」
「取引?」
ゆっくりと夢魔は頷いた。
「私の出過ぎた行いで、あの人間は既に虫の息。もう一度魔法をかければ放心状態となり、如何様にも生命力を吸収できるでしょう」
「うんうん」
「そこで、私が魔法をかけます。人間界にて魔力は貴重なもの。あなたの魔力を浪費することなしに、あなたに魔力を差し上げましょう」
「なるほどねー」
「どうでしょうか。私の提案を受けれいては──」
「ごめんね、もうキミ喋らなくていいから♡」
「え……? ぐわっ!?」
魔力で体を抑えつけられる。振り解こうにも、あまりの力の差に身動きひとつ取れない。それどころか、魔力に押しつぶされそうになる。
「ぐはぁっ!?」
「あはっ♡ 痛そー♡」
リリイは這いつくばっている夢魔の上に乗り、足を組んでまるで女王様のような風貌となった。
「わ、悪かった……! お前の狙っていた獲物に手を出したことは謝る……!」
「ふふん、すぐ謝れて偉いね。でも、ダメ」
「ぐ、あああああああああああああああああ!」
ミシミシと体も悲鳴をあげている。
「謝るだけじゃ許さない。泣いて許しを乞うまで、絶対に許さないから」
「謝るだと……? バカが! 人間如きに肩入れか!? 大体その気になれば、お前も人間なんて一捻り──」
「はい、黙ってねー♡」
「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
これ以上は夢魔の体がもたなかった。最初は抵抗する意思を持っていたが、それすらも奪われる圧倒的力量の差を見せつけられ、すっかり萎縮してしまった。
「ご、ごめんなさい……! ごめんなさい……!」
淫魔は情けない声を上げながら謝罪した。それでも、リリイの怒りが収まることはなかった。
このまま消滅させてしまおう、そう考えた時、ふと姉であるリリアの言葉が思い浮かんだ。
『リリイ? 魔法は便利ですけど、無闇矢鱈と使ってはいけませんよ? 特に、自分より弱い相手を一方的に痛めつけたりするのは言語道断です! なぜって? そうですね……仲良くしたいから、でしょうか。仲良くすれば、きっといいことありますから!』
我が姉ながら呆れるほど能天気に思えたが、リリイはそんな能天気な姉が好きだった。自分にはない健気さや優しさが、リリイには眩しく見えた。そして、最近はその輝きがあのタクミという人間といることで、さらに増しているようにも見えた。
「……ま、許したげる」
リリイは指をひょいひょいと動かし、魔法を解いた。これで、万が一リリアに見られていても文句は言われないだろう。
「っはぁ……! はぁ……!」
「キミも弱っちぃけどさ人間はもっとよわよわなの。だから、あんまりイジメちゃ、嫌だよ?」
「は、はいぃ……」
夢魔はいち早く去って行った。これで拓巳が再び悪夢に悩まされることはないだろう。
「んーっ! いいコトしたなぁ。おにーさん、褒めてくれるかな?」
どんなご褒美を貰おうか、リリイはワクワクしながら屋根を降りた。
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