第18話 漫画家と告白

 拓巳の部屋から大きな音が聞こえてきた。部屋の前にいた聖也と恭子はすぐに気づいた。


「恭子ちゃん、聞こえた? 今の」

「え、えぇ。かなり大きな音みたいだったけど……」

「拓巳? どうかしたのか?」


 ノックをして声を掛けるが返事がない。


「あいつ、部屋にいないの?」

「いや、今日は姿も見てないし、それはなさそうだけど……」

「……まさか、さっきのって倒れた音だったんじゃ……」


 サーっと顔が青ざめる。そして聖也は力の限り部屋をノックした。


「拓巳!? おい、起きてるなら返事してくれ! くそっ、しっかり鍵かかってるし!」

「ちょっと! 洒落になってないわよ!?」


 何度呼びかけても返事はない。冗談で済まされない空気になってきていた。


「私、楓さん呼んでくる!」

「あ、あぁ! 任せた! ってちょっとまった! 楓さん今は買い出しに行ってていないんじゃなかったか!?」

「そ、そうだった……戻ってくるのを待つ……? いや、それだと遅すぎるか──」

「……最悪このドアをぶち破るしか……」

「ど、どうかしたんですか?」

「おにーさんの部屋で何やってるの?」


 2人で頭を悩ませていると、リリアとリリイが通りがかった。


「拓巳が部屋にいるみたいなんだけど、返事がないんだ」

「えっ……!?」

「寝てるだけなんじゃないの?」

「いや、拓巳の部屋から音が聞こえてきたからただ寝てるだけじゃないと思うけど……」

「私、見てきますっ!」

「見てくるって……ちょ、どこに!?」


 ミリアは外に駆け出した。そして、外から拓巳の部屋を見上げることができる位置にやってきた。


「えいっ!」


 翼を出現させ、飛ぶ。このルートは初めて拓巳の部屋へと侵入した時に使っていたルートだ。


「もう使うことはないと思ってましたけど……」


 窓もカーテンも閉まっており、外からは拓巳が今どのような状態なのか確認できなかった。


「タクミさん! 聞こえますか!?」


 窓を叩いてみたが、反応はない。普通なら2階の部屋の窓がドンドンと叩かれたら様子を見たり驚いている声が聞こえたりするだろう。そういった反応すらなかった。


「……仕方ありません。ここは強引にでも!」


 窓を割ろう、そう思い窓に触れた時だった。


「……あ、空いてる!」


 幸いなことに窓に鍵はかけていなかったらしい。窓を開け、部屋の中へと侵入する。


「……! た、タクミさんっ!」


 部屋で横たわっている。それも布団の上などではなく、床の上に。


「タクミさん、タクミさん!」


 拓巳の元へと駆け寄り、声をかけた。


「うぅ……」

「よ、良かった……。死んではないみたいですね……」


 安否が確認できたので、部屋の扉を開けようと立ち上がった時だった。


 コロン、何かを倒してしまった。


「っとと。うわ……部屋の中、缶だらけですね……」


 掃除は後でするとして、部屋の扉を開けた。


「リリアちゃん、あいつは!?」

「は、はいっ。意識はあるみたいですけど……」


 部屋の中を覗き込んだ恭子はすぐさま呆れた顔になった。


「はぁ……倒れて当たり前だわこれは」

「え? え?」

「怒るのは後にして、まずは拓巳を」


 2人はテキパキと拓巳を運び、布団へと寝かせた。先ほどまで苦しそうな拓巳だったが、きちんと寝かせたことで苦しげな表情は少しマシになったように見えた。


「よ、よかった……」

「全く、エナドリとカロリーメイトばっかり摂取してたんでしょうね」

「えな……? かろ……?」

「えーと、元気がないときに強制的にやる気を引き出してくれるのがエナドリ、時間がなくて手っ取り早く空腹感を満たすためのものがカロリーメイトかな」

「えっと……聞いてるといいことづくめな気がするんですけど……」

「たまに、ならいいのよ。毎日食べたり飲んだりしていいものじゃないわ」

「……!」

「リリアちゃん、どうかしたの?」


 急に表情が曇ったリリアを聖也は見逃さなかった。


「私……タクミさんが部屋に持ち込んでるのを何度か見かけてました……ダメなものだって知ってれば、止めることができたのに……」

「……仕方ないわよ。最近のあいつ、やけに刺々しかったし。話しかけづらいのも無理はないわ」

「でも……私が人間界のことをしっかり知っておけばタクミさんが倒れる前に止められたかもしれないのに……」

「おねーちゃん……」


 自分の無力さが悔しくて、ポロポロと目から涙が流れ出す。

 ひとしきり泣いた後、リリアは決意した。


「私、タクミさんを看病します」

「……そうだね。ここはリリアちゃんに任せてもいいかな」

「はいっ!」

「そうね。何か分からない事があったら言ってね」

「んー、私看病の仕方とか分からないからなぁ。おねーちゃん、おにーさんが起きたら呼んで♡」

「はぁ……いつも通りですねリリイは」


 そして、リリア以外は次々と部屋から出て行った。最後に恭子が部屋から出て行こうとした時だった。


「そいつのこと、見捨てないであげてね」

「え?」

「最近のそいつ見てるとさ、昔を思い出すのよね」

「昔、ですか……?」

「えぇ。実はね、私、そいつと同じ小学校なのよ」

「そ、そうなんですか!? ど、道理で仲が良いと……昔からの知り合いだったんですね」

「いや、当時仲が良かったはないと思うわ。そいつ、私のことなんか覚えてないだろうし」

「そ、そうなんですか……」


 なんて鈍い……と心の中で嘆くリリア。


「……あまり詳しくは言えないけど、そいつ、昔イジメられてたのよ」

「えっ……」

「その頃の雰囲気にそっくりだった。誰も近寄らせない、特に女の子は目の敵にしちゃってね。近寄るなオーラ全開だったわ」

「……」

「でも、私の憧れでもあった」

「憧れ、ですか?」

「そ。誰とも群れずに、授業中も、休み時間も、ただひたすらに絵を描いてる。当然、画力は学校1だった。絵師ってこういう人を言うんだなって思ってた。正直格好いいとも思ってたわ。描いてるものは最悪だったけど」

「あ、あはは……」

「そいつは憧れでもあるし、追い越したいライバルでもあるってわけ。だから、こんなところでくたばられると困る」


 リリアの中で納得がいった。どうして恭子は拓巳にやけに突っかかるのか、遠からずも近い距離感なのはなぜか。その関係性に、ホッとしている自分もいた。


「あの、キョウコさん。タクミさんの昔に何が──」

「そこは自分で聞いてみなさい。私から教えたってそいつが聞いたら、一生口きかなくなりそうだし」

「で、でも、教えてくれるかどうか……」

「大丈夫。リリアちゃんには心開いてくれると思う。リリアちゃんといる時のこいつ、今までで一番マシな顔してるから」

「……」

「それじゃ、がんばってね」


 そういって恭子は部屋を出て行った。


「……タクミさん」


 そっと、拓巳の手を握る。その手は少し冷たい。両手で拓巳の手を握り、早く元気になってくれるよう祈りながら、拓巳の目覚めを待つのだった。

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