第12話 編集者と淫魔
「よし、投稿するか」
2話目の漫画を投稿ボタンを押して投稿した。後は反応を待つのみだ。
反響はすぐにあった。まず最初はネットの反応。リプライ欄には再び絶賛の嵐。
次に聖也と恭子の反応。聖也は奇声を放ちながら踊り狂っていた。正直怖かった。
恭子は爪を齧りながらこちらを見ていた。マジで怖かった。
そして編集者からのお声もかかった。
「先生、一度話し合いましょう。えぇ是非とも」
「いや、今日はちょっと忙しくてですねぇ。積んでるゲームを消化したくて──」
「ならこちらから出向きましょう」
「嘘です。行きます」
渋々会社に行くことになった。
「あれ、今日はお出かけですか?」
出かける直前、リリアに声をかけられた。
「ん? あぁ。ちょっとな」
「そうですか……チラッチラッ」
「……言っておくが遊びに行くわけではないからな。連れて行かないぞ?」
「べ、別に遊びに行きたいとは言ってませんけど……! 私、お手伝いで忙しいですから」
「そういえば手伝いしてるんだっけか。ご苦労様──」
「あー! タクミが遊びに行こうとしてるー! アタシも行くー!」
背中にぴょんと小さい方の淫魔が乗っかってくる。とんでもない二つの質量を背中から感じるが、誘惑を何とか振り切った。
「違うって。大人しく掃除でもしていてくれ。楓さんにも言われたんだろ?」
「う……そうだった……」
寂しがる淫魔2人をおいて俺は出版社へと向かった。
「いやぁ先生。こちら、海外から取り寄せた紅茶です。こちらは高級品のお茶請けです。あ、肩とか凝ってませんか? お揉みいたしますよ〜?」
「……どうも」
これ以上ないぐらいのヨイショだ。編集者からすれば、今の俺は金になる木に見えているのかもしれない。
「いやぁ、2話目もいいじゃないですかぁ! 一時は漫画の内容とか投稿タイミングとか編集部の方で打ち合わせしたほうがいいんじゃないかと思いましたけど、今の様子を見るに必要なさそうですねぇあっはっは!」
「今までで一番上機嫌ですね」
「そりゃもちろん。有名な漫画が生まれることは編集者にとっての幸せですからね。ただ……」
「ただ?」
「18禁要素が見れないのがむず痒いんですよねぇ……。性的描写がない貞王先生の絵を見てるとヤキモキするっていうか……」
「深刻な職業病ですよそれは」
今の漫画はあくまで純愛でピュアな展開をウリにしている。ここで俺の得意分野の性的要素を加えたら阿鼻叫喚だろう。
「まぁそれはそれとして。今日は聞きたいことがありましてね」
「何でしょうか」
「あの漫画、原案を考えたのはどなたです?」
「……」
さすが編集者。まぁ俺がシナリオを考えてないことは絶対にバレるだろうとは思っていたが。俺のいつも描いてるエロ漫画と展開とか心理描写とか違いすぎるし。
「あー、まぁ知り合いというか」
「ほう、知り合い。いやぁ素晴らしい感性の持ち主だと思いましてねぇ。ちょーっとだけ会ってみたいなぁ、なんて思ってみたり?」
「中山さん。汚い目になってますよ」
「おっと。つい目に本音が出てしまいましたか。それにしても先生に女性の知り合いがいたとは」
「失礼な。いますよ知り合いぐらい。というか、女性だって決めつけるんですね」
「そりゃそうでしょう。あれは男では考えつかない心理描写とか視点だと思いますよ」
やはり腐っても編集者か。この人いつもヘラヘラしているように見えるが、しっかり作品を見てるあたり、編集のプロであることを再認識してしまう。
「一度お会いできません? 電話とかでもいいんでっ」
さて、どうしたものか。これが普通の知り合いならば何の迷いもなくご対面させるのだが……。
いや、待てよ? 中山さんを紹介することでターゲットを俺から中山さんに変更できるのでは? これで俺の童貞が奪われることは無くなるのでは。
妙案だ、と思う反面、心のどこかで何か引っ掛かりを感じる。本当に、いいのか? と自分ではない自分が問いかけてくる気がした。
「……先生?」
「え? あぁ、すみません。電話……あ」
しまった。リリアの連絡先なんて知らないぞ。というかあいつスマホ持ってるのか?
「彼女、スマホ持ってないかも」
「嘘が下手すぎるでしょう」
「いや、ほんとですって」
「くそ……先生まで僕を馬鹿にするのか……僕がこの前飲み会の席で女の子のLINE聞いたら『すみません、今LINE壊れててー』って断られたのと同じ感じですよね今のは」
「何を言ってるんですかあなたは」
どうやら中山さんは女性関係に大変苦労しているらしい。どうでもいいけども。
「まぁ自分の方から聞いてみますよ」
「おぉ! 助かりますぅ!」
「あまり期待しないでくださいね」
「というわけで、編集者さんと話してみてくれ」
「何がというわけなのか、全く分かんなかったんですけど……」
家に戻り、ナチュラルに俺の部屋にいたリリアに中山さんが話したがっていることを伝えた。
「編集者さん……つまり、タクミさんのお仕事仲間ってことですか?」
「まぁそうだな。何を聞きたいのかよく分からんけど、漫画のシーンを思いつくような人と会話したいんだろうきっと」
「うーん、そう、ですか……」
「……? あんま気乗りしないか?」
「だ、だって知らない人ですし……」
「……それで人間と協力関係なんて結べるのか……?」
「こ、コミュ力はこれから鍛えていきますから! い、今はまだ熟練度が足りないだけで……」
何だか俺まで不安になってきた。将来引きこもりとかにならなければ良いが……。
「じゃあ練習だと思って会話してみてくれ」
「う……わ、分かりました」
「じゃ、かけるぞ」
「わーっ! ま、待ってください!」
「うお!? な、何だよ……」
「急にかけないでくださいよ! まだ心の準備できてないんですから! すーっ、はーっ。性という文字を手に書いて……ごくん」
こ、こいつ……ここまでコミュ障だとは……。というか何だ今のおまじないは。
俺も昔は人と話すことに抵抗はある方だったが、リリアのこれは重症だ。昔の俺と同じ匂いがする。
「すーっ、はーっ。すーっ、はーっ。……よし、大丈夫です」
「……じゃあかけるからな」
スマホをタップさせて中山さんに電話をかける。2、3回電話の発信音が鳴った後、繋がった。
「はい、中山です」
「あ、中山さんですか。さっきの話ですけど──」
「お話しできますかっ!?」
食いつきすごっ。余程話したかったらしい。
「今から変わりますよ?」
「オッケーですっ。あ、そういえばお名前聞いてなかったですね。なんてお名前なんですか?」
しまった。全く考えてなかった。リリアとそのまま言ってもいいだろうか。まぁ、何とでもなるか。
「あー、リリアです」
「リリア? あー、ハンネっすね。了解でっす!」
何の疑問を抱かれることなく受け入れてもらえた。漫画家やインターネット上で活動している人ならハンドルネームを使うことぐらい珍しくないだろう。
スマホをリリアにパスする。震えながらリリアはスマホを受け取った。
「も、もしもし……」
「あ、リリアさんですか? 私、貞王先生の作品の編集を担当しております、中山と申します」
「あ、ど、どうも」
「じゃあ早速聞いちゃってもいいですかね? まずあの漫画を思いついたきっかけというか、参考にしたものとかあればお聞きしたいです!」
「え、えと。それはその……私が思い描く恋模様を思い浮かべただけというか……」
「え? す、すみません。よく聞き取れなくて、もう一度言ってもらえますかね?」
リリアの声はモスキート音のようにか細い。あれではスマホがいくら高性能だとしても音を拾うことなどできないだろう。
「あ、もしかして答えにくかったですかね? すみません気が利かなくて。じゃあ最近読んだ漫画とか、最近注目してる作品とか教えてもらってもいいですか?」
「あ、えと……」
「ちなみに僕はですねぇ、最近の少年漫画だとワンピースですかね? あ、王道すぎって思いました? これが一周回って面白いんですよ。やっぱり売れる理由を調べていくと更に面白さに拍車がかかるっていうか」
「あ……あ……」
中山さん、何か一方的に話してないか……? リリアもリリアだと思うが、中山さんも攻めすぎでは……。
「リリアさんは少年漫画とか読みますかね? あ、少女漫画とか青年漫画の方が読んだりします? あ、最近流行ってるの漫画の話で行けば『推しの子』ですかねぇ。普通のアイドル漫画だと思ってたんですけど、1話目からまさかまさかの展開でびっくりしましたよ! それと──」
「ご、ごめんなさいっ!」
ポチッ。リリアは画面の通話終了を押した。
「え、切った?」
「う、うぅ……」
な、涙目になってる……。余程怖かったのか……。
「えーと……中山さんが何か変なことでも言ってた?」
「が、ガツガツくる人って怖いんですぅ……」
「そ、そうか……」
スマホが振動する。その音にビクッとリリアの肩が跳ねた。サッとスマホを返却された。
「もしもし、中山さん?」
「あ、先生ですか? よかった。通話切れちゃったみたいで。で、続きなんですけど──」
「申し訳ないですけど、お時間です」
「えぇ!? ま、まだ何も聞けてないんですけど!?」
「ま、気が向いたらまたかけますんで、それじゃ、お疲れっした」
「ちょ、先生!?」
ポチッ。通話終了を押した。中山さんには申し訳ないが、種族バレを防げたのだからいいだろう。
「す、すみません。私……」
「別にいいよ。まぁ……俺も急に話を持ちかけてきたのは悪かったし」
「い、いえ! そんなこと! むしろ、編集者さん、お気を悪くさせたんじゃ……」
「大丈夫だよ。中山さんはそんな心の狭い人じゃないと思うし。メンタルだってダイヤモンド並みだ」
「……こんなんじゃ、人間と協力関係を築くなんて、夢のまた夢ですよね」
思いのほか落ち込んでいるらしい。いつものようなハキハキとした様子が感じられない。なんだか調子が狂うな……。
「……誰にだって得意不得意はあるだろ」
「え?」
「リリアの場合、それが知らない人と話すことだっただけだろ。俺の持論だが、不得意を後ろめたく感じるより得意を誇る方がいい。そっちの方が楽しいし、伸び代も無限大だしな、きっと」
「……」
ぽかんと口を開けたまま固まるリリア。もしかして……今の俺って説教おじさんになってたか……?
「い、淫魔も同じか分からないけどな!」
「……励ましてくれてます?」
「……客観的に見て意見してるだけだ」
「ふふっ。ありがとうございます。少し気が楽になりました」
「……おう」
気恥ずかしさを誤魔化すように、俺は作業机に向かい、特に急ぎでもない作業に取り掛かるのだった。
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