第11話 脱稿とイケメンとアル中

「よし、できたぞ……!」


 描き始めて数日経った今日、ようやく2話目を仕上げることができた。あとは内容を考えて投稿するのみとなった。


 完成するまで長い道のりだった。毎日のようにリリアには見張られ、リリイには煽られ。2人の淫魔の精神攻撃に耐えるのは容易ではなかったが、耐え切ってみせた。


「あ〜〜〜、疲れたぁぁぁ」


 何も考えず、重力に任せて布団にダイブ。描き終えたこと、根を詰めて作業したことで形容し難い達成感に満たされる。体が溶けそうになる、この瞬間がたまらない。


「……いかん、急に眠気が」


 使命感から解放されたことで体の力が全部抜けてしまった。このまま目覚めることのない眠りに落ちそうだ。というか、すでにもう──。


「……ぐぅ」



「……さん」


 声が聞こえる。最近嫌というほど聞き覚えがる声だった。


「……起きてない、よね」

「……?」


 意識は覚醒しつつある。ゆっくりと瞼を開けると、そこにいたのは──。


「じゃ、遠慮なく──」


 今まさにメスガキが俺のパンツを下ろそうとしていて──。


「ってうぉい!?」


「うひゃあ!?」


 すぐさま身体を引いて臨戦態勢を取る。パンツを両手で掴み、決してずり下ろされないようにガードする。


「全く……! 油断も隙もないなお前は……!」

「な、なんのことかなー。アタシはおにーさんを起こそうとしただけなんですけどー」

「とぼけても無駄だ。命を刈り取る手つきだったぞ」

「むぅ……けち」

「ケチで結構」

「あ、逃げるなー!」


 俺はリリイから逃げるように部屋を後にした。あのまま部屋にいれば何をされるか分かったもんじゃない。


「どこか身体を休めるところはないのか……」


 いっそどこかに出掛けてしまおうかという時だった。


「お、タクミ。どうかしたの?」

「お、聖也」


 ばったりと聖也に出会した。アニメTシャツにジャージにメガネ。目にクマも出ている。コイツ、オタ活していやがったな。


「またリリアちゃんたちとイチャイチャしてたみたいだね」

「してない。それに今日はリリイに命を狙われていただけだ」

「そ、それは死活問題だな……。何だか、拓巳が女の子を取っ替え引っ替えするダメ男になるか心配になって──はこないな、ははっ」

「よく分かってるじゃないか」


 聖也とは大学からの付き合いだ。俺が女に溺れることなんてないということは熟知しているようだ。


「お、そうだ。聖也の部屋に避難させてくれよ」

「避難て。まぁいいけどさ、仕事もひと段落してるしね」

「俺も──いや、何でもない。一休みさせてもらおうかな、うん」

「?」


 俺も2話目描けて仕事終えてウキウキだぜ、と言おうとしたが、そう発言した瞬間に『なぜ投稿しないんだ!? 早く、早く見せてくれえええ!!!』と発狂する聖也の顔が思い浮かんだため止めておく。投稿するタイミングぐらいは選ばせてくれ。


「久しぶりにアニメ一気見とかしちゃう?」

「おぉ、いいな」

「決まりですな。じゃあ徹夜覚悟でお菓子や飲み物、補給物資を買い漁りましょうぞ」


 さっそく口調がオタクっぽくなってる。せっかくのイケメンが台無しである。

 漫画やアニメを勧めて沼にハメてしまった俺はいつか恨まれるかもしれない。


「徹夜か……。ま、それもアリか」


 楓さんに聞かれたら『夜更かしなんて言語道断です!』なんて説教が始まりそうだが、仕事が落ち着いたのだ。少しぐらい羽目を外してもいいだろう。


「じゃ、出かけるか」

「うむ。玄関で待っていてくだされ」



「あ」

「あ」


 聖也と別れてすぐにリリアと出くわした。


「今日はもうお仕事終わったんですか?」

「あぁ。とりあえず一区切りはついたよ」

「そ、それはよかったです。それで、あの……単行本? 書籍化やアニメ化というのはいつ頃……」

「……それはまだ分からん」


 う……ジト目で見られている。思わず顔をそらした。


「はぁ……まぁ簡単に童貞を捧げてくれないことは分かっていましたけど。……こうなったら今夜力づくにでも──」

「リリアちゃん?」

「ひぃっ!?」


 背後からぬるっと楓さんが登場。リリアの体は跳ね上がり、ガクガクと震え出した。


「あ、か、カエデ、さん……」

「ご、ごめんなさい。驚かしちゃったかしら。それで、頼んでおいた窓拭き掃除のことだけど……」

「い、今すぐ! 今すぐやりますぅっ!」


 目にも止まらぬ速さで逃げていった。


「……私、まだ打ち解けられていないのかしら……」


 リリアは住まわせてもらっている代わりに部屋の掃除や洗濯など家事を手伝ってもらっているのだが、相変わらず楓さんとの相性は悪いらしい。


「拓巳さん。私、どうしたらリリアちゃん達と仲良くなれるのかしら……」

「俺に言われましても……」

「拓巳さんが一番仲がいいじゃないですか。彼女たち、拓巳さんの前だととても生き生きしてるし」


 あまり生き生きされて童貞を奪われたらたまったもんじゃないんだが……。


「ま、まぁ時間が解決してくれると思いますよ、きっと」

「そう……。そうですよね……」


 がっくりと肩をうなだれる楓さん。その後ろ姿を見送り、俺は玄関へと向かうのだった。



 玄関で待つこと数分、聖也が姿を現した。


「お待たせ、さぁ行こうか」

「……」

「……? どうかした?」


 先程のTHEオタクな様子とは打って変わってNo.1ホストのようなイケメンが出てきた。ファッション誌に乗っていてもおかしくない服装とスタイル。すぐそこのコンビニに行くだけとは思えない。ドラマの撮影にでも行くんじゃないかコイツは。


 対して俺はどこにでもありそうなTシャツにどこにでもありそうなジーンズ。街中にいるモブキャラとしては100点満点の格好だ。いかん、悲しくなってきた。


「神は残酷だ……」

「どうしたの急に」

「何でもない。早く行こう、そして早く帰ろう」

「……?」



 コンビニについて、お菓子やら飲み物やらを買い漁る。これで物資は潤沢だ。

「じゃ、僕が会計してくるよ」

「あぁ。任せる。出世払いにしといてくれ」

「それ絶対払わないやつじゃん。あとでちゃんと払ってくれよ?」

「へいへい。じゃあ俺は先に外に出てるから」


 コンビニの外に出て、スマホを触りながら時間を潰す。家族づれ、高校生、社会人、様々な人たちが出たり入ったり。その人らの邪魔にならぬようすみっこでスマホを触っていた時だった。


「うぃー。こんなとこで何してんのー?」


 うわ……。DQNに絡まれてしまった……。これ俺に言われてる……よな。恐る恐る声の方を見ると、よく見知った人物だった。


「……あれ? 由梨さんじゃないですか。お疲れ様です」


 この時間、いつもなら由梨さんは寝ているはずだ。この時間帯に由梨さんと話すのは少し違和感があった。


「お疲れー。と言いたいところだけど、今日はお休みだよ〜ん。えへへぇ、タクミっちに会えてうれしー」


 グッと距離を詰められ、肩に手を回される。胸がちょっとだけ俺の体に当たっておりますがな。


「そ、そうでしたか……って酒くっっっっさ!」

「ちょっと何よぅ失礼だなぁ。まだ4杯しか飲んでないっての」

「もう十分飲んでるじゃないですか……」

「まだまだ飲み足りないよぉ。でも本当にタクミっちに会えてよかったんだょ? さっきから道がグニャグニャ歪んでて中々帰れなくてぇ」

「それ泥酔して視界が揺れてるだけですやん」


 まだ日も出て晴れ晴れとしている時間帯なのに……。このままだと最悪の場合警察から由梨さんを引き渡されるかもしれない。


「ほら、ちゃんと立ってください」

「何をぅ。わらしは立ってるっての~。それに勃ってるのはタクミっちのココも──」

「それ以上言ったら道端に放り投げますからね?」



 聖也が中々戻ってこず、水を買ってきてくれる保証も無いので少し離れたところの自販機で、水を買い、迅速に由梨さんに飲ませた。


「んく……んく……っぷはぁー! あ゛あ゛~キクぅ~」

「酒飲むみたいに水飲んどる……」

「あははっ。ごめんねタクミっち。ホント助かっちゃった」

「たまたま自分が通りかかったからいいものを……お酒は程々にしてくださいね」

「はぁ〜い気を付けや~す。それで、タクミっちは何してたの?」

「俺は聖也と買い物ですよ」

「……男2人で買い物……何も起きないはずはなく……」

「起きてたまるか。これからアニメ見ようって話になったんで近くのコンビニに来た

 だけですよ」

「はえ〜。それで、そのお相手の聖也くんは?」

「そういえば遅いな」


 由梨さんを介抱していたので結構な時間は経っているはずだ。コンビニから離れたとはいえ、視界には移る距離に俺たちはいる。聖也がコンビニから出てきてこちらへ駆け寄ってきてもいいはずだが。


「ん……?」


 コンビニの方を見ると、聖也らしき人影がいた。いた、が……周りに3人ほど誰かいる。


「あれ、聖也くんじゃない?」

「多分そうですね」

「うわぁ……あれ女子高生じゃない?」

「っぽいですね」


 聖也を囲むようにしているのは女子高生だった。2人は聖也の両脇を陣取り、後ろの1人が退路を塞いでいるようにも見える。


「さすが聖也くんだねぇ。誰を選ぶのかな」

「選んだら立派な事案ですよ。そうなったら友を想って通報してやりますね、絶対に」

「嫉妬おつ~笑」


 俺たちは事の行く末を見届けることにした。


 数分すると女子高生が聖也から離れていった。


「まじヤバかったー!!!」

「ね、返事くるかな!?」

「来たらどうしよー!!! 考えとくって言ってくれたし、ワンチャンあるくない!?」


 そんな会話をしながら女子高生たちは俺らの横を通り過ぎて行った。そして聖也もこちらに気づいたようで、駆け寄ってきた。


「ごめんごめん、遅くなっちゃった。ってあれ、由梨さん?」

「やっほー。いやぁ、面白いもの見させてもらったよ〜」

「あー……あれはですね……ちょっと話しかけられただけで……」

「じゃあその手に持ってるのは何だよ」

「あ、しまった」


 紙切れのようなものを持っている。どうせLINEのIDとかだろう。


「イケメンすぎるのも考えものだねぇ」

「というかやりとりする気なのか? 通報すっぞ? 友達だからって我容赦ナシぞ?」

「いや、一度連絡してそれっきりにするよ。ごめんなさい、大人になってまだ気持ちが変わってなかったら、ってね」

「これがイケメンの返し方か……」

「いやいや。ただ、僕に好意を抱いてくれたのは事実だからさ。その好意を無駄にしたくないっていうか、それだけだよ」

「どうよタクミっち。これができる男の思考よ」

「なんで由梨さんがドヤってるんですか……」


 聖也はスマホを打ちながら歩いている。さっそく女の子に連絡をしているのだろう。


「……なぁ聖也。余計なお世話だと思うが、愛想振り撒くのも程々にしとけよ」

「お、もしかして心配してくれてる?」

「馬鹿言うな。前みたいに泣きつかれても困るってだけだ」


 聖也は昔、女性関係でトラブルになったことがあった。そこにたまたま俺がいて、運よく良い方向に進んだので結果オーライだった。それだけの話だ。


「うん。大丈夫。ありがと、拓巳」

「タクミっちも女の子に連絡先をもらった時は同じことしてあげなよ〜?」

「はっはっは、俺が連絡先をもらえると思ってるんですか?」

「あ……ごめん……」

「いや……謝るの止めてくださいよ。冗談っぽくならないじゃないですか」


 くそっ、女にモテないのなんて別に構わないが可哀そうな目で見られるのは腹立つぞ。


「よし、連絡終わりっと。うわっ、何この空気」

「だってタクミっちが誰からも連絡先貰えないっていうから……一生独り身なんだなって思ったら悲しくなっちゃって」

「何で由梨さんが悲しくなってるんですか。俺のオカンですかあなたは」

「ぶーぶー。そんな歳じゃないですよーだ」

「いやいや、拓巳にはあの2人がいるじゃないか」


 あの2人、というのは十中八九リリアとリリイの事を言っているのだろう。


「ないね。あいつらは狩人だぞ。言うなれば捕食者と被食者の関係だ」

「そんな大袈裟な……まぁそれはそれとして、最近の拓巳は変わったと思うよ」

「あ、それ私も思ってた」

「変わったって……どこが」

「んー。なんか雰囲気が柔らかくなった気がするっていうか……そう、童貞臭さが抜けたかもねっ」


「なん……だと……」


 まさか、知らぬうちに襲われていたなんてことはないだろうな。いや、でもあの2人最近ナチュラルに部屋にいることあるし寝込みを襲われることも普通にあるかも……やばい、急に不安になってきた。


「まぁ由梨さんのは例えだと思うけど、確かに刺々しい感じは無くなった気がする」

「……気のせいだろ」

「ははっ。そうかもね」


 そんな話をしていると家に着いた。その後、俺たちはアニメを一気見した。もちろん由梨さんも交えて。その後夜更かしがバレて楓さんに説教されるのは言うまでもなかった。

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