第6話:私達は何も悪くない
電話で話をつけ、彼女と一緒に母に会うことになった。私たちが住んでいた部屋で待って居るらしい。
カラオケを出て、アパートに向かう。途中で、スマホの着信音が鳴る。叔父だ。出ると「緑さん」と近くから声が聞こえた。私を見つけた叔父が駆け寄ってくる。
「あぁ、良かった。緑さん。なかなか帰ってこないし、電話したら通話中だし、心配しましたよ」
「……幸人さん……」
「どうしたんですか?」
私は彼に事情を説明した。すると彼は「僕も一緒に行きます」と言ってくれた。
「そんな……駄目ですよ。幸人さんは帰っててください」
「いえ。僕も行きます」
こうして、幸人さんは半ば無理やり着いてきた。家に入ると、イラついた様子の母が待っていた。
「いつまで待たせるのよ。って……その男は何?」
「幸人です。幸之助の弟の」
幸人さんが名乗ると、母は「なるほど」と意地悪な笑みを浮かべた。
「あんたがうちの娘に余計なこと吹き込んだのね」
「言うと思いました。さすが、倉田家の人ですね」
幸人さんは怯むことなく、間一髪入れず笑顔で嫌味を返す。すると母は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「っ……あ、あんたは何しに来たのよ。私は娘と、娘を間違った道に引き摺り込んだその女に用があるんだけど」
「緑さんは僕の家で預かることになったので、ついでにご挨拶をと思いまして」
「はぁ!? 緑をあんたみたいな変態と住まわせられるわけないでしょ!」
「あ、大丈夫ですよ。ご存じの通り、僕は男性にしか興味無いので。彼女に欲情することはありません」
「あんたみたいなのと住んでたら娘にもホモがうつる!」
「うつりませんよ。感染症じゃないんですから。その証拠に、兄も姉も異性と恋愛して結婚してます。ご存じの通り、兄は女遊びの激しい人でしたし」
「じゃあなんで娘は同性愛に走ったのよ!」
そう叫んで、母は今度は華を睨んだ。
「そうよ! あんたよ! あんたのせいでうちの娘は同性愛者になった! 責任取れ!」
すると華は、静かに言い返した。「訴えても構いませんよ」と。
「は……?」
「私が彼女を同性愛者にしたと、裁判所に訴えても良いですよ。名誉毀損で訴えられるのはそっちでしょうけど。ホモがうつるとか、同性愛に走ったとか、失礼にも程がありますよ」
喚き散らす母に対し、二人は淡々と詰めていく。やがて母は発狂し「あんたなんてもううちの娘じゃない! 二度と顔を見せるな親不孝者!」と私に向かって叫んで部屋を出て行った。
バタンと勢いよく玄関のドアが閉まる。身体の力が抜け、その場にへたり込んでしまう私を華が抱き止め、幸人さんが「大丈夫ですか?」と私達二人に声をかけた。
「私達を守ってくれてありがとうございました」
そう言って泣いてしまう華に対して幸人さんは「貴女達だけではなく、僕や僕の恋人も傷つけるような発言でしたから。流石に見過ごせません」と優しい笑顔を浮かべて答えた。
私は守られてばかりだ。華にも、幸人さんにも。私が言い返さないといけないところだったのに何も言えなかった。
自責の念に駆られていると、幸人さんは言った。
「傷ついて言葉が出なくなっても、それは貴女が悪いわけじゃない。悪いのは差別をする方です。貴女は何も悪くない。僕は四十年生きてますが、ああやってボロクソ言われることには未だに慣れません」
幸人さんの手が私の手に重なる。震えが伝わってくる。
「冷静を装えるのは、間違っているのは向こうだと知っているからです。君も知っているはずです。同性愛者は、世界に僕達三人しか居ないわけじゃない。日本中、世界中に居て、異性愛者と同じように生きてるって。伝染病でも、醜い生き物でも何でもない。僕らは彼らと変わらない普通の人間だって。ただ、恋愛対象が同性なだけ。LGBTやセクシャルマイノリティという言葉が広まり始めた今となっては、同性愛が病気でも何でもないことはほとんど常識です。知らない方が恥ずかしいんですよ。昨日も言いましたが、このまま時代が進んでいけばいくほど、恥をかくことになるのは僕らを馬鹿にしていた彼らの方です。時代についていけない哀れな人達だと笑ってやれば良いんです」
大丈夫。大丈夫ですよ。幸人さんの落ち着いた声が、私の心に刺さった棘を溶かしていく。
インターフォンが鳴り、幸人さんが私達の代わりに出る。中に入って来たのは、アパートの大家さん。
「なんか、えらい揉めとったみたいやけど、大丈夫?」
私と彼女が恋人同士であることは大家さんには話していない。聞かれてしまっただろうか。また何か言われるだろうかと不安になっていると、大家さんは言った。「今どきあんな時代遅れなこと言う人おるんやね」と。その一言と優しい表情で、この人は味方だとわかる。
「あぁ、ごめんね。会話、聞こえちゃったもんだから。……ちょっと、お話ししても良いかしら」
そう言って、大家さんは自身の語り始めた。
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