第13話

「すみません。馬車をちょっと止めてください」


 目的地が分かってから数分した所で、ルーカスさんは御者に、そうお願いをする。


「はいよ」


 御者は返事をしてゆっくりと馬車を止める。ルーカスさんは──降りることなく、ジッと遠くを見つめていた。


「どうしたんですか?」

「すまない、ちょっと静かにしていれくれないか?」

「あ、はい……」


 どうしたんだろ? ルーカスさんの視線の先に目を向けると二匹のオークが見える。危険だから止めたのか? でもオーク二匹ぐらいなら馬車に乗った状態でも魔法で追い払える。


 静かにしろって事は何かを聞き取りたいのか? 耳を澄ますと、微かだけどオークたちの会話? が聞こえてくる。だけど人間の言葉じゃないから何を言っているのかは分からない。もしかして勇者ともなると、魔物の言葉も分かるのか?


「──ありがとうございました。ちょっとお願いがあるのですが、少し北東よりで馬車を進めて下さい」

「はいよ」


 御者は返事をして、ルーカスさんの指示通り北東に向けて馬車を動かす。オーク二匹は馬車の音に気付いた様で、こちらを一瞬みたが、危険だと察知したみたいで直ぐに逃げていった。


 ──数分経ったところで「すみません。また馬車を止めて下さい」とルーカスさんは御者にお願いした。


「はいよ」


 馬車が止まると、ルーカスさんは馬車から降りる。そしてこちらを向くと「ちょっくら行ってくる。直ぐに戻るから待っていてくれ」


「はーい。気を付けて」


 フィアーナさんが手を振りルーカスさんを送り出す中、俺は状況が掴めず黙って見送っていた。


「あの、フィアーナさん。ルーカスさんは何処へ?」

「あ、ごめーん……そういえばアルウィン君は魔訳まやくの木の実を食べてなかったわね」

「まやくの木の実?」

「うん。魔法アイテムの一つで、魔物の言葉が一時的に分かる珍しい木の実なの」

「へぇー……それを食べていたからルーカスさんはさっき、オーク達の会話が聞こえて、何処かへ行ったって事ですか?」

「うん。ちょっと悪さをしている魔物たちの情報が手に入って、懲らしめに行ったんだよ」

「そうなんですね。俺達は行かなくても大丈夫なんですか?」

「大丈夫、大丈夫。大した魔物の名前は無かったし、ルーカスならヤバい魔物が居たら直ぐに分かるから」

「へぇー……」

「それより──」

 

 フィアーナさんは腰に掛けていた布の袋から、小さい布の袋を取り出すと、俺に差し出してくる。


「アルウィンさんにも魔訳の木の実を渡しておくね。必要だと思ったら食べて」

「ありがとうございます」

「どう致しまして。さっきみたいに魔物の会話が聞こえると便利よ。それにベゼッセンハイトは人間よりなのか、会話がほとんど人間の言葉だったけど、更に頭のいい魔物はわざと詠唱を魔物の言葉にして唱える嫌らしい奴もいるの。そういう時も直ぐに分かって凄く役に立つんだよ」

「あー……なるほど……」


 俺は魔訳の木の実を受け取ると、ローブのポケットにしまい込む──それから30分も待たずにルーカスさんは無傷で帰って来て、俺達はまた出発した。


 ──その後は特に何も起きず、無事に村の前に到着すると、俺達は馬車から降りた。さすがに名前にファームとつくだけあって、広い畑がいくつもあって様々な野菜が植えられている。木造の家もあるけど……半分ぐらいは飼育小屋の様だ。


 ルーカスさんは先頭を歩き出し「さぁ、まずは宿屋を探そうか」


「はい」


 村に入り真っ直ぐ歩いていると、正面から70歳後半ぐらいの老人が一人で歩いてくる。


 老人は俺達に気付いた様で、用事があるのか急に立ち止まり「──もし」と、話し掛けてきた。俺達はゆっくりと足を止める。


「あなた達のその恰好……もしかして旅しているのかい?」

「はい、旅をしながら魔物退治をしています」

「おぉ……なんと良い所に。私はこの村の村長なのだが、二日前からこの村の東にある洞窟に魔物が居座ってしまって困っていたんだ。どうか退治をしていってはくれないか? もちろん出来る限りの礼はするつもりだ」


 ルーカスは後ろを振り返り、ガイさんとフィアーナさんに目を向ける。二人はそれだけで何が言いたいのか分かった様で、頷いた。


「アルウィン君、依頼を受けても良いかな?」

「あ、はい。大丈夫です」

「ありがとう」


 ルーカスさんは老人の方を向くと「その依頼、受けます」


「ありがとうございます。退治が終わるまでの宿の料金は全部、こちらでお支払いいたします。話をつけておきますので、少し経ったら私が来た道を真っ直ぐ進んで、十字路を右に曲がったところにある宿屋にお越しください」

「分かりました。ありがとうございます」


 老人は満面な笑みを浮かべると、来た道を戻っていく──少ししてルーカスさんは後ろを振り返った。


「アルウィン君。ちょっと話しておきたい事があるんだ」

「はい、何でしょう?」

「俺達はこうして魔物退治の依頼を受けながら進んでいる。何故かっていうと、デストルクシオンの城までまだ遠い……それを目指している間に、守りたい人達が死んでしまっては意味がないと思っているからなんだ。遠回りになってしまうが……それでも付いてきてくれるかい?」


 気持ちとしては一刻も早く進みたい。でも……考えたらそうだよな。焦りは禁物だ。


「分かりました。協力します」

「──話が早くて助かるよ。さて、そろそろ宿屋に向かおうか?」

「そうですね」


 ※※※


 次の日──俺達は朝から村長が言っていた洞窟に向かった。


「悪しきものの策略に陥り、もがき苦しむ者達よ。我が魔力を光の精霊に捧げ、癒しの光を放つ。その光を道標とし、病魔を消滅させよ! ディジーズ・ヴァニッシュ!!」


 微かにフィアーナさんの詠唱が聞こえてくる……薄暗い洞窟がフィアーナさんの魔法によって照らされ、俺は敵の魔法に引っ掛かってしまっていた事に気付いた。


「フィアーナさん。上級魔法を使わせてしまったみたいで、すみません……」

「大丈夫よん!」

 

 フィアーナさんはそう言って、俺を安心させるためかウィンクをしてくれた。


 ガイさんも状態異常魔法に引っ掛かっていたのか、ムクっと起き上がると「すまねぇ、フィアーナ」


「あなたの場合は眠らされていただけだから、引っ叩いて起こしても良かったんだけど、そうしなかったんだから有難く思いなさいよ」

「何だよそれ……」


 苦笑いを浮かべるガイさんをみて、自分の思い通りの返事が来て楽しかったのかフィアーナさんはクスッと笑う。


「フィアーナ。俺も何かの魔法に掛かっていたのか?」と、頭を抑えながらルーカスさんが聞く。


「うん、混乱魔法。三人同時に状態異常魔法に引っ掛かっちゃったから、さすがに全員一斉に治せるディジーズ・ヴァニッシュを使わないとダメかなって思ってそうした」

「そうか、助かった」

「うん」

「なかなか厄介な魔物が潜んでいるな」

「そうね……どうする? 一旦、引き返す?」


 フィアーナさんが、ルーカスさんに聞くと、ルーカスさんは考え始めた様で顎に指を当てる。


「──そうだな。奥の方に微かだけど嫌な魔力を感じるし、一旦引き返そう」

「オーケー」

 

 俺達は来た道を戻りつつ、魔物の数を出来るだけ減らして村へと帰った──。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る