根を張る貴方

狐火

前半

 恋愛は二人の世界の構築だ、と聞いたことがある。けれど私は、恋愛は二人で一つの植物を育てていくようなものだと思っている。賑わう駅前で私の視界に入る多数のカップルは、多様な形や色をした植物を抱えていた。その植物を二人で大事に育てているカップルもいれば、その植物の存在にすら気が付かず手入れを厳かにしているカップルもいる。それは恋愛が三者三葉であることを表現していた。


「お待たせ」


 周りに気を取られ、私は声をかけられるまで友人の存在に気が付かなかった。


「待ってないよ」


 私は久しぶりに会った友人に笑顔を向ける。


「加奈子、なんか痩せた?」

「少しね」


 私たちはそんな他愛もない話をしながら、夕食を共にする店に向かう。友人の茉奈と私は高校生の時から仲が良く、かれこれ十年近くの付き合いになる。


 店に到着し適当に食べ物を見繕うと始まる会話。それは途切れることがなかった。仕事の話や旧友の話、次第に茉奈の話したかった話題へと移行していく。


「彼氏がさ、浮気しているかもしれなくて……」


「え、本当?」


 茉奈の彼氏には一度だけ会ったことがあり、誠実そうな印象を受けたので私は驚いた。


「最近色々ご無沙汰で、私にも素っ気ないんだよね」


 神妙な表情でため息をつきながら茉奈は頬杖をつく。


「でもそれだけじゃ浮気しているとは思えないけど」


 檸檬サワーの氷が、カランと音を立てる。私から目を背けた茉奈は、ふくよかな頬を微かに動かし始めた。不安に陥り精神が乱れると口をすぼめる茉奈の癖は、昔から変わっていない。


「知り合いが、彼氏と知らない女が歩いているのを見たって」


 よく聞く浮気の発覚の仕方だな、なんて私は思いながらもそれを決して口には出さなかった。こんな時に友達としてかけるべき言葉はなんだろう、と思慮しながら私は居酒屋の壁を見上げる。こげ茶色の木目が引き立つ壁には、ありきたりな言葉をさも名言であるかのように達筆で書いた色紙がかけられていた。


「ちゃんと話し合いはした?」


「まだ」


 疑心暗鬼に満ちた茉奈の心情を察し、私は茉奈の頭を撫でる。


「付き合って長いし、いい機会だし色々話し合って見たら? もう結婚を考えてもいい歳なんだから」


 結婚、それは茉奈が彼氏と共に抱いた夢であったはずだった。いつか訪れるだろうと思っていた未来が危ぶまれ、目に涙を浮かべながら茉奈は頷く。


「うん、ありがとう」


 泣き出す茉奈の隣に移動して背中を撫でる私は、何となく自分の発言が偉そうに思えた。泣いている茉奈を見て、もしかして自分の発言のせいで茉奈は泣いているのではないか、と私は罪悪感を抱く。


「でも私、彼を失ったら生きていけない……」


「茉奈……」


 特に励ます言葉も出ず、ラストオーダーの時間になる。ありがとう、なんて言葉を茉奈から受けたが、私は自分のありきたりな対応しかできなかったことに申し訳なさを強く感じていた。


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