義妹が夫の子ができたと言ってきましたが、いやそれ無理ですから。

江戸川ばた散歩

第1話

 三ヶ月程行方不明になっていた義妹のルミエルが腹に子供が居る状態で見つかった。

 強姦? 監禁? と疑われたが、


「違うの、私自分で隠れてたの。ふふふ」


 そう笑うだけだった。

 そしてこうも。


「だってやっとお兄様の子供ができたんですもの」


 その「お兄様」こと夫、エドワードの実家は資産家で、傍から見たら子沢山で幸せそうな家庭だった。

 彼は次男であることをいいことに、社交界等々から離れて、専ら母校の講師として慎ましい生活をしていた。

 私は彼が兄の同級生だったことから付き合いだした。

 そんな私達の結婚に大反対したのがこのルミエルだった。


「アガサのことは嫌いじゃないけど、お兄様と結婚なんてとんでもない! お兄様は私のものよ!」


 冗談だろう、と皆思った。

 ので、彼女以外の応援を受けて私達は結婚した。


 そんな折りに、彼女が失踪した。

 心配しないで下さい、という置き手紙はあったが、それで済む問題ではない。

 きょうだい仲がいい家族だ。特に歳の近い義弟のジョンは心配していた。

 だが彼女はけろっとした顔で戻ってきた。

 そしてその言い草だった。

 更に恐ろしいことに、義母が奇妙に最初の孫の顔が見られる、ということに浮き立っていた。

 跡取りである長男夫婦にまだ子供ができないことも大きかった。


「貴方まさか」

「いやそれは無い」


 夫は冷静な顔で言った。


「医者によると、今三ヶ月になるかどうか、というところらしい。けど僕等その頃どうしてた?」


 はっ、とする。

 確かに。


「そうよね、私達その頃、結婚してすぐ出てったわね」


 乾いた風と、砂の大地に建つ巨大な遺跡の調査のために。

 そして長期を予定していたので、派遣されるだけの身分を取り付けるための運動にも大変だった記憶が。 


「その準備と、結婚式の準備で、僕等その頃、もう寝る間も惜しんでいたじゃないか。そもそもそれで疲れて自分達自体がなかなかそんな気になれなかったっていうのに」

「そうよねえ」


 そもそも彼も私も性的なことには淡泊なのだ。

 それより一緒に彼の研究している考古学の話をしていることの方がどれだけ楽しいか。

 そして私にとっては、そんな話ができる相手と結婚できてどんなに嬉しかったか。


「で、それから僕等ずっとこっちに居る訳だろ? どうやってあの子に?」

「そこなのよねえ」


 だがその一方で、義実家の方ではあまりにも彼女が嬉しそうに、


「ずっと好きだったひとの子供なんです…… でも結婚できる相手じゃないので……」


 とぬかしているという。


 無論これはルミエル自身が既成事実としてしまおうとしていることなんだろうと思う。

 曖昧でいいのだ。

 家格からして「好きだけど結婚できない相手」というのは確かにある。

 ただそこで、彼女をよく知っているひととそうでないひとではやや反応が異なる。

 彼女をあまり知らない人だと、まあ身分違いの恋の結果よね、馬鹿なことをしたわ、という反応が多いだろう。

 だが義実家に近しい家のひとの場合、彼女が並外れたブラコンということをよく知っているのだ。

 となると、いくら産み月が合わなかったりしても、「……もしや?」という疑いが生まれてもおかしくはない。

 そしてルミエルはおそらくそれを狙っているのだ。


「どうしましょう? 貴方」

「まあ、どうせここの発掘調査にはまだ何年かかかりそうだし。離れたところで情報だけできるだけ送ってもらうことにするさ」


 そうね、と私は答えた。

 まあ正直、そういうしか無いのだ。

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