ニートの俺が死神助手になった件
伽藍 @garanran
一章-01 ――生きづらいのは今の俺か。
薄氷の上を歩いている。足下の氷は今にも割れそうにひびが入っていて、その上を歩く俺の首には縄がくくられているのだ。
そんなことを、俺――
七月の、公園である。気の早いセミが暑さを思い知らせてくるようで、ジワジワと鼓膜と気力を削ってくる。日陰にいたって、暑いものは暑いのだ。
公園は学校のグラウンドの半分ほどの大きさだ。平日ど真ん中、真っ昼間の公園には人っ子一人いなかった。
バイトをクビになった帰りだった。大学のときに就活に失敗してから早二年、通算二十回目のクビだった。
「はは……」
投げやりになって笑ってみる。無人の公園に、俺の笑い声が空しく転がった。セミの鳴き声とマリアージュして、気分が悪くなりそうだ。
昨日の雨で残ったものだろう、足下の水たまりから、不景気な顔が見返している。俺の顔だった。
辛うじて無精ひげは生えていないものの、少々伸びすぎた髪が頬にかかっていた。控えめに言っても、清潔感があるとは言いがたい。
自分の顔を見たって、楽しいものでもない。誤魔化すように、公園の奥に視線を向けた。
滑り台、ブランコ、ジャングルジム。奥を見れば幾つもの遊具が並んでいたが、その遊具たちにはロープが巻かれている。貼られている薄汚れた紙ペラを見れば、『危ないのでここで遊ばないでください』と注意書きがある。
近頃過剰に児童を保護だかなんだかしようとして遊具で遊ぶことを禁止する風潮があるというが、この公園にもその波が押し寄せているらしい。うち捨てられた遊具がなんだかろくに働くこともできない自分みたいで、俺ははあと嘆息した。
そもそも滑り台が危ないってなんだ、子どもが落ちたら危ないとかだろうか。そんなことを言い出したら、子どもはどこでも遊べなくなる。だというのにゲームやらカードゲームの類いはハマりすぎは良くないと言われるのだから、子どもにとって生きづらい世の中である。
――生きづらいのは今の俺か。
我が身を振り返って、俺はしみじみと肩を落とした。子どもの前に、自分のことを憂うべきだ。
ベンチにぼんやりと座って嘆息している俺は、端から見れば不審者まっしぐらだろう。通報されないことを祈るしかない。
俺の心情と真反対に、空は綺麗に澄み渡っていた。空に唾を吐きかけたら自分に戻ってきた、そんな歌詞の歌があったなとぼんやり思い出す。
もう一度、足下の小石を蹴った。小石は遠くに飛んでいく。それでも気は晴れなかった。
そのとき、子どもの集団が近づいてくるのに気づいた。きゃあきゃあと騒がしい声が近づいてくるのだ。
公園の時計を見れば、午後二時。小学生はそろそろ帰る時間帯だ。お昼過ぎから座っていて、いつの間にか時間が経っていたらしい。
公園のすぐ横の道――というか、俺の後ろの道――を歩いているようだった。することもなくやる気もないまま、俺は彼らの声に何気なく耳を傾けた。
一人の男の子が、
「りんごー、」
一人の女の子が、
「ごりらー、」
最初は、何を言っているのか判らなかった。ややあって、しりとりをしているのだ、と気づく。
俺は顔を顰めた。子どもの頃の記憶は、楽しいものではなかった。
しりとりなんて当然のように混ぜて貰えなくて、教室で一人寝たふりをしながら、他のクラスメイトたちがやっているのに聞き耳を立てるだけだった。それでも、お決まりというのは知っている。
りんごから始まって、ごりら、らっぱ、ぱんつ。俺が子どもの頃は、そこまでが鉄板の流れだった。
案の定というべきか、次の男の子がらっぱ、と大声を上げた。次の女の子がぱんだ、と声を上げたのは予想外だったけれど、驚くほどでもない。
無邪気な声が続きを紡ぐ。だちょう、うし、しんばる――。相変わらず元気な声が、次々と声を上げる。
そうして子どもたちの集団とがちょうど俺の後ろをすれ違った、そのときだった。
「ひがん、」
引っ掻くように甲高い、這いずるように低い、そのどちらともつかない声が、唐突にしりとりの終わりを告げた。
あまりに異様な声だった。ぞっとするほど違和感が強くて、けれど違和感の正体はわからない。
俺は思わず、肩を竦めて耳を押さえた。恐る恐る振り返る。子どもたちは何も気にならなかったのか、きゃらきゃらと笑いながら俺の後ろを通り過ぎていく。
「なんなんだ――」
何かが破れたような、感覚があった。たとえばそれは、柔らかい布をビリビリに引き裂くように。
何かを、潜ったような。たとえばそれは、薄い水の膜を通り越したように。
何かが、切れた、気がした。たとえばそれは、編んだ紐を力任せに引きちぎるように。
ぞわっ、と鳥肌が立った。何かは判らない、ただ良くない何かが起こったのだという恐怖だけが心のうちにある。
「しりとりってのは紡ぐものだ。編むものだよ。しりとりってのは、結界にもなるからね」
「……!」
誰かに声をかけられた、気がした。
おかしい、公園には人っ子一人いなかったはずだ。それが背中から声をかけられて、俺は慌てて外の道路に振り返っていた体勢を戻した。
けれどそこには元通り、誰もいなかった。ただいつの間にか現れた黒猫が、こちらをじっと見上げているだけだ。
「にゃあ」
黒猫が、暢気とも取れる声で鳴いた。機嫌の良い、まるで獲物を前に喉を鳴らすみたいにして。
「何だよ……」
空耳だったのだろうか。それにしては、はっきりと聞こえたのだけれど。
黒猫はもう一度にゃあと鳴くと、あとは興味を失ったように、ふいと視線を背けて歩いて行ってしまった。律儀に公園の出入り口から出て行く猫を見送る。
公園の、出入り口。見ている間に、じわじわと先ほどの落ち着かなさが戻ってくる気がした。
そうだ、出てしまえば良い。居心地が悪いのならば動いてしまえば良い。
そうやって、逃げ続けて俺は生きてきたのだから。
「さっさと帰ろう」
自分に言い聞かせるように呟いた。早く帰ろう。
こんなときは、ろくなことにならない。経験上、俺はそれを知っていた。
立ち上がって、先ほど黒猫の通った、公園の出入り口に向かって歩き出す。その足が、不意に止まった。
「……ひっ、」
思わず悲鳴があがる。視線は自分の足下に釘付けになっている。その視線の、先に。
小さな小さな、鬼がいた。
いや、鬼、と言ってしまって良いのかは判らない。
剥げた頭に、尖った角。一つ目に、襤褸の服装。人間のような体をしているけれど小さくて、俺の片手に乗ってしまいそうだ。
俺は、そんな生き物を知らない。だから鬼と言って良いのか判らない。けれど角を持つ人間みたいな格好をした生き物というのを俺は鬼しか知らなくて、だから鬼と表現するしかないのだった。
「……ちくしょう、」
毒づいて、後じさる。とてもじゃないけれど、無邪気に観察している気にはならなかった。
後じさった拍子に、後頭部がとん、と誰かにぶつかった。
「え、済みませ――」
振り返る。背の高い、男性のようだった。温厚げな顔が優しげな顔が俺を見下ろして、にっこりと笑う。
悪意のないその笑みに、状況も忘れて肩の力が抜けた、そのときだった。
「美味しそうだね」
言って、口が、男の口が、明らかに不自然に、人間ではない角度で、
ぱくりと開いた。
「――ひっ、」
そこまでだった。意識が遠ざかるのを感じながら、俺は全力で叫び声を上げた。
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