流れ星のイタズラ
星村玲夜
第1話 流れ星にお願いしてみたら?
「ねぇ智也聞いてよ! 体育の時の
学校からの帰り道、昨日と一昨日に続いて今日もまた幼馴染の杏奈による比嘉語りが始まった。
俺たちは下校中、その日あったことを互いに話すのが習慣になっていて、杏奈の話の中にはよく比嘉が出てくる。だけど、何日も続けて出てくるのは珍しくて、三日連続は新記録だ。
「バスケの試合をやってたんだけど、内田と中村と谷本に囲まれた時にフェイントを掛けたり、股の下にボールを通したりして三人とも躱して、それからスリーポイントシュートまで決めちゃったんだよ! すごくない⁈」
内田、中村、谷本は杏奈のクラスでずば抜けて背の高い男三人衆で、まだ中二なのに身長が既に一八〇センチ近くある。
比嘉も一七〇センチ少々と、決して身長が低い訳じゃない。でも、その三人よりは体格的に劣る。
そう聞くと比嘉が凄いことをやってのけたように思えるかもしれないが――
「ま、比嘉はバスケ部のエースなんだし、そんなもんだろ」
毎週月曜日の朝礼で月に一度は大会最優秀選手賞を貰ったとかいって表彰されてるし、噂だと県の強化指定選手に選ばれているらしい。
そんな人にとってバスケ部員じゃない三人のマークを外してスリーポイントシュートを決めることくらいは出来て当然なんじゃないか?
「えー! そうかもしれないけど、普通にすごくない? 内田たちって、ただ身長高いだけじゃなくて運動神経もいいから、その三人を躱すのはそんな簡単なことじゃないよ」
俺の反応が薄かったのが気に入らなかったようで、杏奈が不満そうに口を尖らせて言った。
それから杏奈は何か思いついたのか、急に「あ!」と声を出すと、俺より一歩前に出て、くるりと振り向いた。そして悪戯っぽい笑みを浮かべて俺の顔を覗き込んできた。
「もしかして智也、比嘉くんに嫉妬してる?」
「なっ! 嫉妬なんかしてねぇし! てか、なんで俺が比嘉に嫉妬しないといけないんだよ」
近い近い! 顔近いって!
疑惑を否定しつつ俺は後ずさりする。
揺れたボブの髪からはいい匂いがするし、そんな急に顔を近づけられたらドキドキしちゃうじゃないか。
「うーん……可愛い可愛い幼馴染の私を比嘉くんに取られたくないから、とか?」
「可愛いって自分で言うな」
杏奈の頭を軽くチョップしてツッコミを入れると、杏奈は「えへへ」とはにかんだ。
――まったく、俺の気持ちを知らないで。
心の中ではぁと溜息を吐く。
比嘉が活躍したという話に素っ気ない反応をしたのは、杏奈の言う通り比嘉に嫉妬したからだ。
杏奈を比嘉に取られたくないって思っているのも本当のこと。
だって、俺は杏奈のことが好きだから。
でも、残念ながら俺の想いは届きそうにない。
「で、比嘉とは最近どうなんだよ? てか、そろそろ出会って三ヶ月になるし、もうすぐクリスマスもあるけど、告白とか考えてんの?」
そう。杏奈は今、比嘉にゾッコンになっている。
実は比嘉は二学期が始まると同時に杏奈のクラスに入ってきた転校生で、始業式の日に初めて比嘉の姿を見て、杏奈は比嘉に一目惚れしてしまったらしい。それからというもの、杏奈は比嘉へ熱心にアプローチを掛けている。
杏奈と比嘉が出会う前に杏奈に告白していれば、こうして悩むことはなかったのに、と思う。でも、それは絶対に出来ないことだった。
なぜなら、杏奈から比嘉のことを相談された時に初めて、俺は杏奈のことが好きなんだと気付いたから。
「メッセージのやり取りは続いてるし、学校でも最近話す機会が増えてきてるから、いい感じだと思う。告白は……クリスマス前に出来たらいいなって思ってる」
「……そっか」
覚悟はしていたが、実際に告白すると聞くと胸を抉られるような感覚がした。
どうするのか気になっていたことだし、話の繋ぎにと思って聞いてみたけれど、聞かなかった方が良かったかもしれない。
頑張れ、って素直に言うことが出来なくて、俺は適当に話を繋げた。
「クリスマスに、じゃなくてクリスマス前に告白するんだな」
「うん。だって、恋人としてクリスマスデートした方が楽しそうじゃない?」
「まぁ確かに」
「でも、これでもし振られたら、比嘉くんとクリスマスデートできなくなっちゃうんだよね……」
「今の感じなら、そんなに心配しなくても大丈夫なんじゃね?」
俺は別のクラスだからそんなに観察できてる訳じゃないけれど、この間杏奈と比嘉が二人でいるところを見た時には、比嘉もまんざらでもなさそうな様子だった。
「でもやっぱり怖いな~」
「なら、試しに名前で呼んでもいいか聞いてみたら? それで名前呼びさせてくれたら脈ありでしょ」
「一応試してみるけど、名前呼びくらいは友達同士でもすることない?」
「だったら、流れ星にお願いしてみれば? そうしたら願い事が叶うとか言われてるし、ちょうどこの時期ふたご座流星群が有名だからさ」
名前呼びのとは違って、これはただの気休め。
それでもし本当に願いが叶うのだとしたら、俺はとっくに杏奈と付き合ってるはずだから。
「それ本当に効果あるのかなぁ? でもやってみるよ。ありがと、智也!」
曇っていた杏奈の表情が再び明るくなった。
正直言うと、杏奈の恋を応援したくはない。だって、杏奈の恋が上手く行かなければ俺の恋が上手く行くかもしれないから。
でも、失恋の苦しみを知っているからこそ、杏奈にはこんな思いをして欲しくない、杏奈が笑顔になれるような結果になってほしいと思って、つい応援してしまう。
「あ、もう家に着いちゃうね」
角を曲がったところで、杏奈の家が見えてきた。
学校から杏奈の家までは徒歩で十分ちょっとだから、話しながら歩いているとあっという間に着いてしまう。
「なんか今日はいつもより早く家に着いた気がするんだけど、私たちそんなに速く歩いてたっけ?」
「そうか? 俺はそんな風には感じなかったけど」
「う~ん、なんでだろ?」
「あー、そうか。比嘉の話で杏奈だけハイテンションになってたからかもな」
「あはは、そうかも。じゃあまたね、智也」
「おう、また明日な」
杏奈が家の中に入っていくのを見届けてから、俺は自分の家に向かって歩き出した。
もし杏奈が比嘉と付き合い始めたとしても、比嘉と杏奈は家の方向が全然違うから、きっと今まで通り杏奈と下校の時は一緒にいられるはず。だから、この時間を大切にしよう。
俺は歩きながらそんなことを考えた。
***
それから五日後の夜、比嘉に告白してOKを貰えたと杏奈からメッセージが送られてきた。
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