第29話 安眠症候群
ふん、二人共よく眠っているようだな・・・。
私ことクワリンパは、ミキヒコの元から去った後、10日を置いて彼の・・・いや、奴の部屋へと再び舞い戻ってきた。
もちろん、あの時に宣言したとおり、ミキヒコを亡き者にするためである。
扉には鍵がかかっていたが、私には転移という特技があり、そんなものは何の役にも立たない。
あらゆる防壁が無意味なのだ。
私にはいつでもアイツの喉元を掻ききるチャンスがあったわけだが、10日という期間を空けたのは、奴の集中力が切れる時期を待つためだ。
10日もの間、襲撃に備えて用心し続けるような集中力を人間は維持することが出来ない。
案の定、ミキヒコと、そして一緒に寝ているラナ姉さん・・・じゃなくて女は警戒することに疲れたのか、泥のように眠っている。
私が転移してきたことに気づく様子はまったくない。
(馬鹿な奴らめ)
私は懐から音もなくナイフを取り出した。
キラースコーピオンから抽出し、1000年熟成させた毒が塗られたナイフだ。例え魔王様であっても即死するほどの驚異的な猛毒である。
暗殺・・・。
魔族の私ともあろう者が、こんな持って回った手段を用いる理由は、ひとえに私が転移術が使えることを人間たちに秘密にするためである。
転移のことが知れれば人間側の警備をいたずらに厚くさせてしまうだろう。
そうすれば今後仕事がしにくくなる。
だから、私は毎回こうした武器を使うのだ。
人間側も、まさか魔族がこうした姑息な手段を使うとは思いもよらない。
今回の事件も、きっと物取りの犯行と片付けられるだろう。
(さて・・・)
私はナイフから目を外し、案外幼く見える男の表情を見た。
・・・見ていると胸がドキドキと締め付けられるような気分になって来た。
(だ、だめだ!)
私は咄嗟に視線を逸(そ)らす。
あまり見てはダメだ。
奴の顔をずっと見ていると決意が揺らぎそうになるのだ。
(そ、そうだ、私は魔族・・・魔王4軍のうち1軍を預かるこの魔将軍クワリンパなのだぞ!)
味方にならないのならば消すしかないのだ。
そんな決意を再度固めて、無心になってナイフを振り上げた。
そして、そのままミキヒコたちの眠るベッドまで、フラフラとした足取りで近づく・・・、って、え?
(ど、どうして私は近づいてるんだ?)
いや、もちろん近づかなくては暗殺することは出来ないのだが、自分の意志ではなく勝手に足が動いているのだ。
(な、なんだこれは!? 止まれっ!!)
だが、そんな私の悲鳴は聞き届けられず、とうとうバフっという大きな音を立てて、あろうことかベッドへとその身を投げ出してしまう。
(く、くそっ、どうしてこんな・・・)
しかし、私の頭がまともな思考をする暇はなかった。
ベッドへと体を横たえた私の意識が急速に遠のき始めたからである。
私は遠のく意識の中で、最後に「カラン」と持っていたナイフが転がる音を聞いた気がした。
◆◇◇◆
「う、うーん」
「あ、ご主人様、ん、ちゅっ、ちゅっ、あはあ・・・、クワリンパちゃん起きたみたいですよ?」
「そうだな。どうだ? 本当に大丈夫だったろう?」
「はい、ちゅ、もちろん信じておりました。んー」
何だろう、周りがやかましいな。
私は寝ぼけ眼(まなこ)をこすって辺りを見回す。
「なっ・・・!?」
何してる! という言葉は、しかし私は最後まで言うことができなかった。
なぜなら私の目の前で、ラナ姉さんがミキヒコに馬乗りになって、愛おしそうに口づけをしていたからだ。
「安眠サンクチュアリが効果を発揮したみたいだな。本当は寝ている間、部屋に入れないようにする魔法らしいんだが、今回はクワリンパが転移で無理やり入ってきたからイレギュラーな効果が発揮されたみたいだ。どうやら、そういった場合は侵入者も眠ってしまうらしいな。・・・それにしても、消費ポイントが0っていうのはスゴイな・・・。まぁ眠りを妨げるような非道は許されないってことなのかね」
ミキヒコが何やらブツブツと言っている。
だが、私にはその内容が頭に入ってこない。
なぜなら、ラナ姉さんが蕩(とろ)けるような微笑みを浮かべて、ミキヒコの唇を貪っていたからだ。
息継ぎの時だけ名残惜しそうに顔を離す。
すると、二人の口につーっと糸が引くのだ。
てらてらとして、いやらしい。そんな光景に目と心を奪われていた。
・・・いや、違う。そうではなかった。
羨(うらや)ましい・・・。
そう、羨ましいのだ。そして無性に腹立たしい。なぜか泣きたい気持ちになってしまった。そんな気持ちは今まで経験したことがなかった。
何なのだろうコレは。真っ黒などす黒い、よく分からないモヤモヤが胸や頭を占領してクラクラとする。
何だか周りの物を全てなぎ倒したいような、世界なんて破滅してしまえば良いと願いたくなるような、いやいっそ自分が消えてしまいたいような、そんな気持ちであった。
少なくとも魔王4軍のことなどどうでもよくなるような痛みだった。
とてもではないが、こんな精神状態で生きていくことは出来ない。
私がそんな風に自分の制御できない心に混乱している時、ラナ姉さんの柔らかい声が不意に私の耳に響いたのである。
「一緒にしますか?」
「・・・・・・・・・え?」
「・・・・・・・・・は?」
私は目の前の女性が何を言っているのか只々分からず、しばらくそのままの姿勢で固まってしまうのであった。
ちなみに、後で気づいてみればミキヒコもラナ姉さんの言葉に固まっていたような気がする。
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