第3話 ノーダメージ、オーバーキル

俺は目をつぶってナイフの痛みを覚悟して待っていた。


だが、数秒経ってもその痛みがやって来ることはなかった。


一体どういうことだ? 俺がそっと目を開いてみる、そこに映ったのはポカンとした表情の盗賊たちであった。


その原因に、俺はすぐに思い至る。


「ナイフが・・・欠けている?」


そう、盗賊たちが俺に振り下ろしたナイフが欠けるか折れるかしていたのである。


「ど、どういうことだ!?」


盗賊たちが焦った表情で自分の得物を見て叫んだ。


それは俺のセリフだ!


いや、一つだけ心当たりがある。先ほど俺の頭の中に流れたアナウンスだ。


『絶対防御が発動しました。怠惰ポイントから100ポイントが差し引かれます』


絶対防御・・・それに『怠惰ポイント』が差し引かれた、とあった。


恐らくだが、その効果がこいつらの攻撃を無効化したのだ。だが、怠惰ポイントとは何だ・・・?


だが、俺にのんびりと考えている暇はなかった。


一度の襲撃で駄目ならば2回、3回と続けるだけとばかりに、欠けたナイフで再度俺に攻撃しようと一部の盗賊が動いたのだ。


「くそっ、やめろっ!!!」


俺は咄嗟にナイフを突き出して来ようとする盗賊に手を突き出した。それは別にどうということはない反射的な行動であった。あえて言えばナイフを払いのけようとしたということだろうか。


その時、またしても俺の脳内に無機質なアナウンスが流れたのである。


『極大攻勢防御が発動しました。怠惰ポイントから150ポイントが差し引かれます。怠惰ポイントの充電は残り250ポイントです。ご利用は計画的に』


な、なんだって? 極大?


だが、俺が疑問を口にする前に、俺が振り払うようにした手が凄まじい衝撃を生み出したのである。


それは余りに強力過ぎて、人間には知覚できない類のものであることが直感的に分かった。


恐らくその衝撃を受けた盗賊たちも、自分たちが何をされたのか理解することは出来なかっただろう。


なぜならば、その衝撃を受けた直後、盗賊たちの姿はその場には無く、後に残されたのは地面に僅かに残された黒い染み10個だけだったのであるから。


そう、あまりのパワーに盗賊たちはこの世に姿を残すことが出来なかったのだ。


そのことがこの事態を引き起こした俺には直感的に分かった。


「な、なんていうムチャクチャな・・・」


きっとこれが神様がくれた怠惰に過ごすための力、という奴なのだろう。


そう言えば転生させられる際にポイントをサービスするとかなんとか言ってたな。そしてアナウンスにあった充電は残り250ポイントという言葉。使うたびに差し引かれるポイント・・・。


「つまりポイントがある限り、強力な攻撃や防御が出来るってわけか・・・。だが、それがなくなったら終わりじゃないか? ん? いや、充電って言ってたな・・・。ということは何かしらの方法で・・・」


俺が一人でぶつぶつと思考にふけっていると、


「おーい! 助けてくれ!!」


と、俺を呼ぶ声が思考を中断させた。


しまった、奴隷商人と女性たちを解放するのを忘れてたな。


俺は出来るだけ平静を装って顔を上げると、商人たちの方へと近づいて行った。


そして一人一人縄を解いてやる。


「どなたかは存じませんが一瞬で盗賊たちを消し去ってしまわれたのは魔術でございましょうか? いや、魔術師様にそういった詮索は無用でございましたね。申し遅れましたが、私は奴隷商をしているワムです。この度は命を助けて頂き、本当にありがとうございました。」


恰幅の良い商人が深々と頭を下げて礼を言って来る。おー、それにしても奴隷商人か。前世の世界でも少し前までは普通にあったんだよな。ま、そういう世界だと納得するしかないか。


俺は怠け者ではあるが順応力はある方だ。


それにしても、なるほど、魔術師だと思われている訳か。


転生して来たなどと言っても信じてもらえないだろうから、そう思わせておくのが無難だろう。


「いえ、これくらいのことは大したことじゃありません。ああ、俺はミキヒコと言います」


とりあえず日本人らしく謙遜しておく。


「おそらく御高名な魔術師様かと存じます。ところで命を救って頂いたお礼をしたいと思っているのですが、何が宜しいでしょうか?」


おっ、それは助かるな。


こういう時は辞退するのも一つの礼儀ではあるだろうが、今の俺にそんなことをしている余裕はない。


異世界に来て右も左も分からない、そして素寒貧なのだ。今日の寝床も食事もない。


その辺り幾許かでも調達しておくべきだろう。


「それはありがたいです。お恥ずかしい話なのですが、最近とある場所よりこちらに下りて来たので、この辺りの地理を知りません。と言いますか、実はこの国の文化や作法のことをを全く分かっていないのですが。とりあえず、近くの街まで運んでは頂けませんか? あと、いくばくかの金銭を頂けるとありがたいです。何せ同じ理由でお金をまったく持っていませんので」


ちょっと図々しすぎたかな?


俺はそう思いつつ打診してみたが、奴隷商人は腹を揺らしながら笑った。


「おお! 御修行で師匠につかれて山中で修業をされていたのですな。いえ、詮索はいたしますまい。私は隣国バルメで奴隷商をしているワムと申します。ちょうどこの国エギザリスの街、シュヴィンに商品の奴隷を運んでいた所だったのですよ。ちょうど良かった。シュヴィンまで乗って行かれては如何ですかな?」


それは願ってもない申し出だ。俺は一も二もなく頷く。


「ありがとうございます。大変助かります」


「いえいえ、大したことではありません。それからお金の方ももちろん用立てさせて頂きます。そうですね、1か月程なら宿に泊まれるよう10万ゼルを渡しておきましょう。おい」


「は、はい。けほけほ」


奴隷の一人が頷いて馬車の中から1つの袋を持ってきた。さっきからずっと咳をしているけど大丈夫なのだろうか? それを商人ワムは受け取ると、俺へと手渡した。


ずっしりと重い。どうやら硬貨が入っているようだ。


「ちなみにパン一つを購入するには幾らぐらい払うことになりますか?」


経済感覚がない俺は試しに聞いてみる。


「パンですか? そうですねえ、ものによりますが50とか100ゼルぐらいでしょうか」


ふーん、日本と同じくらいかな?


「まあ、それくらいですよね」


などと適当に話を合わせておく。


「ああ、そうそう、あとですね」


ワムが思い出したように口を開いた。


さて、何だろうか? 街にも運んでもらえるし、お金も十分もらえたので、俺としては話はあらかた済んでしまったと思うのだが。


「ミキヒコ様はまだ俗界に下りてこられたばかりと伺いました。僭越ではございますが、身の回りのことをする者が必要なのではないですかな?」


なるほど、一理あるな。


「それで、どうでしょうか、ここは一つ、私の方で奴隷を用立てさせていただくと言うのは? さすがに無料とは参りませんが格安でお譲り致しますよ?」


えっ、奴隷? 俺は余りのことに、しばし固まってしまうのであった。

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