ネクロマンティック・ラブ!

ニアエラ

プロローグ

第1話 始まり又は臨界点

 失うことが嫌いだ。喪失と別離は心を傷つける。


 自分の両親は優しかった。二人とも子供に甘い親の部類でそんな両親の目いっぱいの愛を貰い育った。自分もその愛に感謝して、また大切に思っていた。

 大切だからこそ、別れの時はとても残酷で心に深い傷を残した。

 六年前、当時自分が十歳だった時の事など心的要因もあり朧気で、具体的なことは何も覚えていないが、胸の内にある抽象的な悲しみの感情が心に傷を負ったということを証明して、とても辛かったという傷みだけを永く想起させられる。

 それ以来、亥飼いがい心廻しんがいは何かを失うということを忌避するようになった。

 いっそ自分は何もいらないと持たなくていいと思えたらどんなに楽か。


 ───


 時はスチームパンクの20世紀を過ぎ、幻想の蒸気に内燃機関が加わり中途半端に科学社会の体を成す二十一世紀の日本。


 立春といえど寒々とした風が吹き付ける二月。学校は大学受験に真っ盛りで、上級生の悲痛な叫び声を聞く度げんなりしていた。しかも最近何でも願いが叶えてくれる聖遺物がこの街にあるという荒唐無稽で眉唾物な噂まで広がり始め、それを信じた何人かの受験生は一縷の望みをかけて不登校になっていたり、それを教師陣は何故か黙認しており学校という閉鎖空間は混沌の体を成していた。


 だからだろうか、混迷極まる状況下で憂鬱な気分に加え、二月の寒さで心までも冷え切ってしまいそうで、初めて補修をサボった。


 普段なら絶対しない行動、教師から大目玉になること間違いなしだがそれを押しのけても抑圧された予定など無視して自分でなにかを決めたかった。否、逃げ出した。傍から見たら青臭いことこの上ないサボタージュだが、ただその時は次第に凍りつく身体と心に苦しみながらそれを癒す温もりを求め、ただ走り帰路に就く。


 そして出会ってしまった。誰も居ない家に素直に帰ることもできず、近場の公園を寄り道した時、この辺りでは見かけない長袖のワンピースに上着を羽織った十歳過ぎぐらいに見える少女がいた。

 公園になら子供が居るなど普通のことだ。しかしその少女が何よりも目を引き異端だったのは、長く透き通るような髪の色が白く、その上肌も血の気が無く真っ白で、だからかその中で光る瞳の鮮烈な赤色が余計に映えている。その少女はいわゆるアルビノであった。心廻は何故かその少女に強く惹きつけられていた。


「初めまして、お兄さん。」

「君は……」


 物珍しさでその少女に目を奪われたいたせいか、いつの間にか自分は足を止めていた。さらには迂闊なことに当人に気づかれて、挙句には声まで掛けられた。世が世なら事案だが自分も未成年である。問題はない筈だ。……多分。


「珍しいね、この時間に高校生は。普通は学校でまだ下校にはまだ早いからね。サボりかな?」

「そっちこそ、君みたいな小さい子はもうおうちに帰る時間だぞ?当ててやる、家出だろ」


 サボって早めに帰路についたとはいえ、冬のこの時期はまだ薄暗く、日なんかとっくに落ちて風も冷たい。……だからこそ自分は夜闇と街灯のモノクロの世界で光る少女の赤い瞳に惹きつけられたのだろうか。


「残念、私は鍵を忘れて家に帰れないだけだよ。暇だからここで時間潰してたんだ」

「なんだ僕の負けだ。君の言う通りサボりだよ。だから僕も時間を潰してた」

「あ、悪い人だ。そんな人はゾンビに襲われちゃうよ?」


 ゾンビ?日本で?初めて聞いた。この娘の親が躾に言っているのだろうか?確かにこの町は今時火葬じゃなくて一部土葬の風習が残ってはいるが、わざわざゾンビなどと親が言ったのだろうか?ホラー映画が好きなのだろうか。

 少し面食らったがここは話を合わせよう。親御さんの育児に迷惑かけたくない。心廻は察しの良いできる男なのだ。


「そうなんだ、なら明日からは真面目に生きるよ」

「それってやらない人の常套句だ」

「ハハハ、そんなことないよ」


 察しがいいな。最近の子供は怖いね、察しの良さでさえ先人を軽々越えていく。そんなことを考えていると少女は自分が座っていたベンチの隣に座るよう無言で勧めてきた。僕も歩き疲れていたので素直に流されるまま、一応充分距離を取って隣に腰かける。腰かけて一息ついたのを見計らったタイミングで少女が心配してきた。


「……お兄さんなにか辛い事でもあるの?」

「たった今年下の少女に信じてもらえなくて辛いよ」


 自分の無力さを適当に茶化す。実際辛い。だが少女ははぐらかされたのが気に入らなかったのか、その紅いのに仄暗さを感じさせるような目を細め、改めて真面目に聞いてきた。


「貴方は今幸せ?」

「何でそんなこと知りたいの?」

「……嫌じゃん、将来なるであろう大人の目が皆死んでたら」


 悲しいね、これが社会の闇だろうか。言うか言うまいか迷った様子だったが、齢十歳(推定)にして少女が大人の未来を憂いている。自分も来年ある大学受験を憂いているから同じだろうか。そんな質問から適当に現実逃避していると真剣な眼差しをさらに強めて答えを催促された。質問の動機はともかく、貴方の答えが知りたいと言わんばかりに真っ直ぐと。


「……答えて、お願い」


 さっきまで冷えた身体と心がその暗い虹彩の奥に輝く赤い瞳に充てられる。それにつられて、自分でも無意識に熱が、感情がこもりその問いに答える。


「人生は楽しい一辺倒じゃないし、辛いのも含めて幸福なんだと思う。何かを感じる心があれば幸せなんだと思う」


 ……常々そう思って行動しているわけじゃないけど、今日この時の自分はそんな気持ちでいた。今日は我慢の限界で逃げ出した。辛かった。凍えそうだった。でも明日になれば、そうじゃないかもしれない。今日みたいな自分に熱を与えてくれる出会いがあるかもしれない。

 人生はプラスマイナスゼロとは思わないがプラスがゼロなわけじゃないんだ。変化する日々があるだけまだいいんだ。死んでしまったたら、そう思うことすらできない。そこで終わる。その為ならば逃げたっていい。


「随分お気楽な考えなんだね。……でも聞けて良かった。とっても」

「面白みもない答えだと思うけど」

「形はどうあれ貴方に生きる理由があるのを聞けたのは良かったよ。それなら


 死にたいと思っていないなら全然マシだと少女は、ベンチから立ち上がると軽く服に付いた砂を払い、帰る支度を始める。気がつけば空は日が射す灰色の気配も消え、完全に夜となっており、星が瞬きだしていた。


「さて、そろそろ帰るね。貴方ももう帰った方がいいよ。ゾンビに埋められちゃうからね」

「ハハッ、気を付けるよ」

「あとお巡りさんに補導されても知らないし」

「すぐ帰らせていただきます」

「本当はもう少し一緒にお話ししたかったけど……残念」


 自分より年下の少女も気に入られるのは、年上の威厳みたいなものがなさそうで何だか居た堪れない気持ちになったが、保身の現実逃避を誰かに吐き出せたおかげかスッキリした気分で、心と身体も冷たさを感じなくなっていた。

 こうして心廻の初めてのサボりと人生論の告白、少女との邂逅は終わりを迎える。


「じゃあね心廻」

「あぁ、気を付けて帰りなよ」


 去り際の少女は別れの言葉を済ませる。名乗った覚えがないのに名前で呼ばれてたのを不思議に思ったが、荷物に付いてる名札を読んだのだろうと納得して、自分も帰路に就く。今度は自分からちゃんと名乗って、ついでに少女の名前も聞けたらいいなと思いながら。


 ───


 二人が去り、辺りは寝静まっている時間になった公園はしばらく静寂に包まれていた。しかし日中でも日が射さない敷地の片隅で地面が唐突に蠢き出す。やがて地面から這い出た何かは、街中へと消えていく。その姿は少女が口にしたゾンビの様に見えた。そしてその眼孔もまた少女の瞳と同じように赤かった。


 心廻はそのことを当然知る由もない。

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