マッチ売りの追放少女
初枝れんげ@3/7『追放嬉しい』6巻発売
第1話
「そのマッチを全部売るまで帰ってくるな!」
「そうよ、このごくつぶし!」
私に対して両親は罵倒の言葉を浴びせかけて、池の水も氷るほどの家の外に追い出した。
追い出されたドアの内側からは、
「まったく、あんないらない子、死んだらいいのに」
「ははは、まあ今日持たせたマッチは全部しけった不良品だ。もう帰ってくることはないよ」
そんな会話が聞こえてきた。
どうやら、私は今日を最後に家には帰れないようだ。
悲しくて涙が出そうになるが、そんなものはとうに枯れはてている。
私はとぼとぼと、街頭に立ってマッチをそれでも売るために、歩き始めた。
ただ、今日は本当に寒い日で、数十年に一度あるかないかの大寒波だ。
このままじゃあ、私自身がマッチを売る前に、凍死してしまう。
だから、いけないと思いつつも、しけったマッチを擦った。
そうすると、なぜか簡単に火がつく。
そうこれは何も持たない私の唯一の取り柄だ。
どんなにしけったマッチであっても、必ず火をつけることができる。
もちろん、そんなことが出来ても、マッチを売ることには何の役にも立たないのだけど。
「ああ、でもだめだ……」
私はマッチのかすかな灯火に手をかざして、ほのかな温かさを手のひらに感じつつも、死の予感をひしひしと感じ始める。
今日は大寒波の日だ。
そんな日にマッチがいくら点いたところで、何の役にも立たない。
「せめて薪とか火のつくものがあれば助かるんだけどな……」
「……? あれは何かしら」
私が眠くなりそうな目を必死にこらしていると、大通りの片隅で、一つの馬車が停止しているのが見えた。
どうやら余りの寒さに馬が凍死してしまったようだ。
近づいてみると、馬車の籠の中からかすかに声が聞こえる。
「ああ、旅先でこんな大寒波にあうとは。部下も寒さで死んでしまった。薪はあるが、この寒さのせいでしけってしまって、マッチの火がつかない」
マッチならある。だけど、どうやら馬車の紋章を見るに、この国の王子のようだ。とてもではないが、自分のような身分の低いものが声をかけるような相手ではない。
そんなことを思っているうちにも、王子は、
「こんな大寒波の中でもし火を扱えるものがいるとすれば、それは女神アローネの生まれ変わりに違いない……。なくなった母様が信仰していた暖かで穏やかな女神……」
その声を最後に、馬車の中の声は消えてしまう。
いけない、気絶してしまったようだ。
「気絶してるなら、許してもらえるよね?」
そう言いながら私は馬車の中に入り込む。
そこには王子様が蒼い顔をして寝そべっていた。
馬車の籠の中にある暖炉には、たくさんの薪がくべてあるが、そこにあるマッチは全てしけっていて使い物にならないようだ。
「だけど私なら……」
私はつぶやくと、すぐにそのマッチを擦って、薪へと火をくべた。
馬車の中はすぐに暖かくなって、王子様の顔色もすぐに回復していく。
「いけない、すぐに出ないと」
私は王子様の意識が回復する前に急いで馬車の外に出る。
身分違いの私が王子様と直接顔をあわせるなんて、あってはならないことだ。
私は元いた街頭へと戻ると、またマッチを擦ってほのかな温かさにすがるようにする。
でも、すぐに限界が来た。
大寒波は私だけでなく、町全体を、凍えさせようとするかのようだ。
(ああ、でも最後に人のために役立つことが出来てよかった)
私は今まで両親から、役立たずとか、ごくつぶしなどと言われて育ってきた。
そんな私が王子様を助けることが出来たのだ。
もう悔いはない。
きっと私は微笑んでいただろう。
マッチのかすかな光が消えるように、私の見る視界もゆっくりと暗闇に飲み込まれて行った。
ただ、私が意識を失う寸前。
何か温かいものに私の体がくるまれるような感覚を受けた。
(ああ、これが天国に行くということなのかな)
そんなことを思って、今度こそ私は意識を手放したのだった。
「あれ?」
私は目を覚ますと同時に、目を疑った。
なぜなら、私は寝たことも見たこともない、温かな天蓋付きベッドに眠っていたからだ。
「ああ、ここが天国なのかしら?」
間違いないだろう。
そんなことを思っていると、
「ああ、起きたのか! 火の聖女よ!」
興奮した面持ちの年若く、しかしたくましい青年が私の方に駆け寄ってきた。
そして、私の手をつかむと、
「ああ、聖女よ。ずっと君を探していたんだ。ぜひ、この国の王子であるボクと結婚をしてほしい!」
そう一息に言ったのだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」
そのあとの私の人生は、今までとは全く違ったものになった。
王子は冬の精霊が強くなった現在の世界を憂いて、火の聖女をずっと探して旅をしていたらしい。
だが、大寒波に見舞わられ、死にかけていたところを、偶然私に助けられたということらしい。
私が聖女であることは、あの大寒波の中でマッチがつけられることで、確信をして、去った私を全力で追いかけ、救ってくれたという話だ。
そして、一方で、私の両親なのだが、あの後どうなったのか、実は知らない。
今まで聖女である自分に対して、多くの虐待をしてきたことは、私は言わなかったのだけども、周囲の住人達が知るところであり、それが王子の耳に入ってしまったため、それ相応の処罰がくだされたようだ。
そういう噂を小耳にはさんだ。
とある噂によれば、国外追放か何かの罰を受けたらしい。
可愛そうではあるが、すでに私はあの日、あの家を追い出された人間で、残念ながらどうしようもない。
出来るならば、心を入れ替えて、この国と同じ温かな人生を送られんことを。
マッチ売りの追放少女 初枝れんげ@3/7『追放嬉しい』6巻発売 @hatsueda
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