ドラゴンステーキいっちょ上がりッ!

初枝れんげ@3/7『追放嬉しい』6巻発売

第1話

ここ人口100万にせまる王都イベニカには

数えきれないほどの家並(やなみ)が軒(のき)を並べている。


石畳で舗装された道路を歩くのは、

王都に住む民ばかりではない。


流れて来た旅人や、依頼がえりの冒険者たち。


街から街へ行商する商人たちに、

獣耳やトカゲのような風貌の者達。


時には人の顔をしつつも翼を生やした翼人、

と呼ばれる希少人種すらも見られる。


ここ王都とはそんな、世界中のありとあらゆる者達が往来する

雑駁としつつも活気のある場所であった。


もちろん、人が往来するからには

絶対に必要な場所がある。


それは寝る場所でも娯楽施設でも風俗でもない。


ある意味当たり前と言えば当たり前。


つまり、料理屋、である。


神出鬼没なモンスターにおびえたり討伐したり、

はたまた最近では魔王が復活した影響で、

魔族の活動も活発になっているそうだ。


そんな中で、一日の労働の癒しとしてふるまわれる食事は、

モンスターを狩る冒険者、危険な道中を行く商人、

果てない政争に疲れ果てた貴族、王族、

そしてたくましく日々の糧(かて)を得る一般の民すらも、

一切の妥協を許さない人生の目的なのであった。


さて、王都のメインストリートであるシャレジエ通りに面して

1軒の料理屋が店を構えていた。


その店の主の名前をとって、プリモ料理店、

と名付けられたそこには、あきらかに殺人を

犯したことがあるであろう強面の冒険者、

獣人や翼人、ふくよかな太鼓腹をかかえた行商人、

みすぼらしい恰好ながらもぎらぎらとした目をした王国民など、

雑多な者達がのれんをくぐっていた。


「てめえ、プリモ料理長!

 今日のメニュー間違いないんだろうな」


ホールに所狭しと並べられた椅子、テーブル。

そこに詰めかけたむさ苦しい男どもの中の一人が、

厨房で調理するプリモと呼ばれた少女へ怒声を投げかけた。


金髪碧眼の、見るからにいたいけな少女だ。

髪は美しく肩口で切りそろえられている。


普通ならば、彼女くらいのいたいけな少女が、

このような冒険者か傭兵かと思われる男に

大声で話し掛けれられば、萎縮して、

場合によっては泣いて腰を抜かしてしまう所だ。


だが、彼女は、手に握りしめた厚さ1cm、

長さ1mはあろうかという、

包丁ではありえない、むしろ剣だと言われた方が

しっくりくるような凶器をたずさえながら、

そして、顔に掛かった血を拭いながら、

負けず劣らぬ怒声で返事を返したのだ。


「当たり前でしょうが!

 ドーンさんがレイア山脈でついにやったっていう話を、

 あなた冒険者の端くれなのに知らないっていうのっ。

 ドラゴンよ、ドラゴン。しかもブルーやイエローじゃない。

 正真正銘のレッドドラゴン。

 ああ、1年ぶりくらいじゃないかしら。

 私だって生肉のまま食らいつきたいところを、

 必死にこらえて貴方たちのために料理しているんだからね」


そう言って、手元でさばいていた何かをグイっと

片手で抱え上げた。


それは100キロではとうていきかなさそうな、

あまりにも生き物の尻尾の一部であるようだった。


いたいけな少女がする振る舞いとしては

あまりにも現実味のない光景であったが、

そんなことはお構いなしに周囲から爆発的な

歓声が巻き起こった。


「すげえっ、それがレッドドラゴンのしっぽだな。

 俺も実際に食ったことはなかったが、

 とうとう夢がかなうんだ。

 噂によれば、しっぽが一番、身がしまってて

 うめーらしいじゃねえか。

 よくドーンさんがお前みたいなへっぽこ料理屋に

 ものを卸してくれたもんだぜ」


そうだ、そうだと周りも酒が入った調子ではやし立てる。


少女は不機嫌そうにふん、と鼻をならすと、

持ち上げていたドラゴンのしっぽを再び、ドスン、

と音を立てて巨大なまな板のうえに下ろした。


そして、一本10000ゴールドする包丁で再び

ドラゴンの肉を輪切りにしていったのである。


それくらいの包丁でなければ、

すでに死体であるとはいえ、

ドラゴンの体に、しっぽであろうと、

傷をつけることはかなわないのだ。


切る度に血が吹き出しプリモの顔にかかるが、

彼女はそんなことはお構いなしに、調理を進める。


「ようし、輪切りはこれで完了ね。

 よしあんたたち、待たせたわね。

 じゃあ焼き始めるわよ」


そう言って、鉄板の上にスライスした

ドラゴンのしっぽを乗せ始める。


たちまちジュウジュウとした音とともに、

肉の焼ける香ばしいにおいが辺りに充満した。


周囲の客たちは待ちきれないとばかりに歓声を上げた。


「しかしもったいねえ。俺らだったら

 ドラゴンの肉をもらったって、

 傷つけることすらできねえぜ。

 どうだプリモ。また冒険者に戻ってみる気はねーかい。

 おめえだったら、うちのパーティーのリーダーに

 してやってもいい」


そんな言葉を荒くれどもの一人が投げかける。


だが、プリモは、おかしい冗談だとばかりに、

大笑いする。


「素敵なお誘いだけどね。もう私は冒険者はごめんよ。

 それよりもこの匂いを嗅いでごらんなさいな。

 こんな素晴らしい仕事があるっていうのに、

 好き好んで冒険の旅なんてまっぴらごめんよ。

 でも安心なさい。あなたたちが仕入れて来た食材は

 ちゃんとおいしい料理にして返してあげるから」


その言葉に、パーティーに誘った男は肩をすくめながら、


「なあにがうまい料理にして返す、だ。

 ろくな料理もできねーくせに。

 おめえが出来る料理と言えば、

 切るか焼くかぐらいじゃねえか」


そんな罵倒に少女はやはり笑いながら、


「わかってないわねえ。肉は焼いて塩をかけて

 おけばいいのよ。この前のお化けマッシュルームだって、

 焼いたらすごくおいしかったじゃない。

 ほら、そんなごちゃごちゃ言っている間にも

 レアの人はもう食べられる頃合いよ。

 誰から行くの?」


その質問に周りの黙っていた冒険者、傭兵、

行商人、その他もろもろの客たちがこぞって手を上げた。


「こがしたほうが美味しいと思うんだけどなあ」


そんなことをぼやきながらも、

少女は焼けて肉を皿へと盛ると客に取りに来させる。


皿は少女が手を広げたくらいのとんでもない

大きさだ。


だが、ドラゴンのしっぽの太さからすれば小さいくらいだ。

肉がやや皿からはみ出ている。


まだ血がしたたるレアのドラゴンステーキに

食らいついた客から次々に絶叫があがった。


「なんだこりゃっ!? こんな肉食ったことねえ。

 脳天をつらぬくような肉汁のうまさとこの香り。

 肉が口に入れた途端、とろけてなくなりやがるッ!

 あの普段の耐久力は何なんだよ。訳が分からんぜ」


などと言いつつ、中毒者のように肉をちぎり、

口の中へ放り込み、咀嚼し続けている。


そして次々に焼けてゆく肉を皿に盛り付けると、

好みの焼き加減になった冒険者が自分で運んでいく。


「どれどれ」


客のすべてに肉が行き渡ったことを確認すると、

彼女は自分のために焼いておいた肉を皿に盛り、

あまりでもでかい包丁を突き刺すと、

そのまま口へと運ぶ。


少女の美しい容貌にはそぐわない、

あまりに荒々しい食べっぷりであるが、

周囲のものはその様子を見ても何も言わない。


むしろ、昔の彼女の面影を思い出して、

懐かしく思うくらいだ。


そう、A級の冒険者として活躍していた頃の彼女をだ。


だが、皆いまはそれどころではない。


皿いっぱいに、でん、とのせられたドラゴンの肉の

塊が冷めない内に、出来る限り味わう、

という重要なミッションが目の前に控えているのだ。


それはプリモだって同じこと。


あまりのうまさに恍惚となりながら、

ドラゴンの厚いステーキ肉にかぶりつく彼女は、

溢れだす肉汁に眩暈を覚え、

そして噛むたびに味がしみ出すドラゴン肉の

すばらしさに打ちふるえているのだった。


とくにカリカリに焦げた部分の香ばしさが

本当に素晴らしい。


「うまい」「最高」「死んでもいい」


そんな感動の大合唱をしながら、

プリモ料理店の夜は更けていく。


そう、これが王都イベニカの有名店。

モンスターの肉を出してくれる名物料理屋。


プリモ料理店のいつもの光景なのであった。

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