具無しのおにぎり

aaa168(スリーエー)

具無しのおにぎり



「……あーー! 無理だってこんなの!」


「そこの男子うるさーい」


「……くっそー……」



小学生の、ある一限。

調理実習の時間は……俺にとっては嫌な時間だった。


その時の授業内容は――自分達で弁当を作るというもの。

五人班で一人がおかずを一品ずつ作り詰めていくのだが……俺は一番簡単そうな、おにぎりを作る係を希望した。



「うわっお前ぐちゃぐちゃじゃん!」


「う、うっせえ! これだから家庭科は嫌なんだって……」



必死にご飯を握るものの、下手くそ過ぎて丸にもならない。

三角なんてもっての外だ。

もしかして一番難しい役なんじゃないか……?



「……」



そんな時。横の班の中で――俺と同じくおにぎり係の女の子に目が映る。

騒いでいる他の班員とは全く喋らず、黙々と作業をしている。

その子はいつも休み時間に本を読んでいる様な子で、話す事もあまり無かったが。



「……すげぇ」



どうせこのままじゃ作れない。他の人のやり方でも見ようと彼女の方へ向かった俺。

見れば華麗な手つきで、綺麗な三角おにぎりを作っていた。



「……! な、なに?」


「え、い、いや……」



その時、俺は何故か……いや今となっては分かるんだけど。

彼女の綺麗なそれを見て、少し頬が赤くなっていた。



「お、お前すげえな! 俺のも握ってくれ!」


「え!? い、良いよ……?」



急いで持ってきた一人分のご飯を、鮮やかな手つきで握っていく彼女。

あっと言う間に出来たそれを見て――不意に彼女の表情は曇る。



「……あっ! 具入れるの忘れちゃった――」


「――い、良いって! おにぎりは具なしが一番好きなんだ、じゃあありがとな!」



そんな嘘をついて俺は自分の席に戻る。

なんとなく恥ずかしくて、早く戻りたかったから。



「ふざけんなお前! 四角のお握りがあるかよ……何で自分の隠してんだ?」


「なんでもない!」



……そして自分の分だけ、彼女が作ってくれたおにぎりを入れたのだった。





「……何で急にこんな事思い出したんだろ……」


「……せんぱーい? 大丈夫っすか?」


「あ、ああ」



時は経ち、俺も三十歳。

あの頃は良かったなあ……



「おっ先輩またそれ入ってますね! 上手く作りますな~ほんと。一個下さい」


「ははは、やらん!」


「……知ってました。そういや、先輩って『具』は何派なんすか?」


「はっはっは、おいおい知ってるか? おにぎりは具無しが一番美味いんだよ、良いか?塩と米だけってのが~…………」



アレから二十数年。

あの時のおにぎりは……俺の弁当箱が独占している。

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