天使の居場所
かぬち まさき
第1話 事の顛末
「…ここから先、あなたは他の人と一切話さない事をお勧めします。それが、あなたの為になりますから。」
そう言われて案内されたのは、3畳程の小部屋だった。途中の廊下はとても薄暗く、周りはほとんど何も見えない。部屋は3面を壁に囲まれていて、残る1面に出入り口の扉がある。
扉には小窓がついていて、若干ではあるが部屋の外を伺う事ができる。
だが、扉は南京錠で固く閉ざされていて、部屋から出る事は出来ない。
ここが何階なのかわからないが、少なくとも地下でない事はわかる。
ひっそりとしているのだが、地下特有の湿り気や音の響きがない。
案内をしてくれた女性は、とても美人とは言えなかったが小柄で、そばかすまじりの顔に加え、こんな自分にさえ気を遣った優しい言葉をかけてくれた事には、素直に好印象であった。
やっと部屋で一息つく事ができ、改めて自分の置かれた境遇について、ゆっくり思い返してみる。
そう、俺は死んだのだ。
自身の27年の生涯を振り返ってみる。
学力は中の上、といったところだろう。
高校までは、特に勉強しなくても、地元の進学校へ進む事が出来た。
人望は…あった方かも知れない。友達はそれなりにいたし、異性から告白される事もそれなりにあった。
けれど、友達はふざけたお調子者の俺が面白いだけで、本当に自分の事を思ってくれた人が何人いたのだろうかと疑ってきた。
告白してきてくれた異性に対しても、「自分は他に好きな人がいる」と言って断ってきてしまっていた。
今更ながら、もっと素直に自分の気持ちを伝えていれば、相手の気持ちを受け止めていれば、力になってくれた人はいたのかも知れない。それも全て、死んでしまった後ではどうしようもない事なのだが。
高校卒業時、特にやりたい事もなかった。
だから、流れに沿って大学受験し、国立大こそ落ちたものの、滑り止めの私立大学に入学した。
そんな主体性のない自分であったから、大学時代も特に熱心に励む事もなかった。
毎日アルバイトとパチンコを繰り返す、怠惰な日々。
そうこうしている内に就職期に入ったが、怠慢な性格である。内定も取らずに、大学を卒業してしまったのである。
大学卒業後、アルバイト先を続ける事で、社員になる事が出来た。
しかし職種柄か給料が悪く、周りの友人達と差がついてきた事に焦りを感じ、26歳の時に辞めてしまった。
次に着く仕事は、確実に給料が良い職種と決め、医療系の事務職についた。
この判断が、いわゆる「致命的」な決断になるとも思いもせずに。
医療系は未経験ながら、必死に勉強する事で知識を増やし、仕事をそれなりにこなせる様になっていった。
給料に関しても、当直勤務があったせいか非常に良く、同年代と比べても高い水準に達する事が出来た。
ここまで見ると、目標を達した様に思えるし、不自由ない仕事を見つけて、怠惰な性格の自分にしては上出来に思える。
そう、申し分のない仕事であった。
ただ一つ、職場内のパワハラを除いて。
職場内には、鬼の部長がいた。
医療の現場であるから、厳しくなるのも当然である。
だが、電話を繋ぐタイミングや、スリッパの揃え方、あげくに飲み会の席でのお酌の順番ひとつで毎回大声で怒鳴られてはたまったものじゃない。
次第に、職場で何をするのも怖くなっていった。何をしても怒鳴られるんじゃないかと毎日怯える様になっていった。
そうする内に、毎朝仕事に行きたくないと考えながら通勤するようになっていった。
通勤電車が事故にならないか、地震が起きて電車が止まってくれないか。
そうこう考えていると、いつの間にかホームから落ちていた。
やたらでかい電車のパッシング音、もの凄い衝撃が頭に響いたと思ったら、次の瞬間、別の空間にいた。
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