第9話 由香と健二

チリチリと燃え盛る陽炎に春を惜しく思わせられる。少しでも体を冷やそうと噴き出る汗を拭い、日陰をなるべく歩く人々とは裏腹に、健二と由香はインスタ映えのしそうなカフェで日の当たるテラス席に座っていた。

そんな彼らも暑さには耐えきれないようだ。華麗な絵をカップの中に浮かべる余裕などなく、由香は冷えたパンプキンラテを飲み、ひんやりとした質感を舌に伝えては喜びを顔にみなぎらせていた。

店のテラス席では店内の週刊誌や雑誌などを自由に閲覧でき、その中でも『安く買って高く売れ!』というか表紙の経済学について述べられた本は一際存在感を放っている。その表紙の場違いさに二人はクスリと笑い顔を見合ってはまた笑っていた


そんな二人に話しかける若者が一人いた。手にはリードを持ちその首輪にはなんとも可愛らしく尻尾を振っている犬が繋がれている。だが、若者の表情はどこか険しく、風邪でも引いているのかマスクをしている。


そして、その若者の目は不気味に紅く光っている。由香は海外の人なのかなっと思った


『君たち、悪いんだけど数分の間この犬見といてくれないか?』


その声色から若者が風邪が引いているようには由香には思えなかった。とても元気そうな声だ。なぜこの人はマスクをしているだろうそんなことを思っていた。


『あ、あぁいいぞ』


由香に良い格好をつけたいのか健二は彼の頼み快くを引き受けた。


『悪いね。君たち、ありがとう』


そういうと彼はおもむろに携帯電話を耳に当て、その場から離れた場所で話し始めた。


由香が健二の対応を見て褒め称えようと言葉を投げかけるのを遮るようにまた一人、突然現れた。長い髭を生やした男が持つリードが繋いだ犬が彼らに近づいき若者の犬とじゃれ始めた。



『ほっほっほ失礼、わしの犬がこの子に惚れてしまったようじゃのう』


『いやいいっすよ…俺の犬じゃないし』



『…!この犬は…』


『この犬がどうかしたのか?』


『…わしは今世界史の犬種を集めていてのう、あとI種類で全ての種類が揃うんじゃ…そのシルバールクリームという犬種で!』


『え、これゴールデンレトリーバーじゃないな…?』


『え、そうなのか?由香詳しいな』


『え、いいいいや!めちゃくちゃ似てる犬種なんじゃ!珍しい犬種だどれ、100万円だそう!失礼な話なのはわかっておる。わしに譲ってくれないか?』


『そんなに…!?いいのか!?いやでもおっちゃんこの犬俺たちのじゃねぇんだよ』


『そうだったか…じゃあこれを飼い主に渡してくれないか?』そう言って男は連絡先が記された名刺を渡した名刺には『コレクター島崎洋二』と書いてある


『お、おう任せとけ』



『それじゃあありがとうな若いもの達』


そう言って男は消えていった


『金持ちなんだろうなぁ今のじじい』


『それで…その名刺どうすんの?』


『どうすっかなぁーこの犬盗じまうか?』



以前の由香ならそんな悪事絶対に止めようとするが、彼女は小さな声で『そんなのダメよ…』と健二の機嫌を伺うようにいうことしかできないようだ


『それよりあの兄ちゃん遅せぇな』


『大変な事を話してるようだしまだ長引きそうよね』


『そう見えるか?』


『聞こえちゃったのよ、何やら弟さんが事故を起こしちゃったみたいよ』


そう言われ健二は耳をすまし始めた


『そんなに必要なのか…俺の貯金じゃあ全然足りないな…いや、大丈夫だ。とにかく、兄さんがなんとか金を集めるから………おう、任せろ!それじゃあ』


そう言って若者が電話を切る


『手術費かな…』


『まぁ俺たちには関係ない事だ』


暗い顔をした若者が近づいてくる



『君たち、犬を見てくれてありがとう。こんなこと……学生の君達に話しても意味ないとわかっているんだが、この犬15万円で買ってくれないか?』



そうきたかっと由香と健二は顔を見合わせた。そして、店に掲示された『安く買って高く売れ!』という本をチラ見し、2人はニヤリと悪い顔をし笑う


『もちろん!買うよ!』


『本当か…!?いやむしろ買えるのか!?』


若者の暗かった表情がほんの少しだけ明るくなる


『おう、クレジットカード使いたいんだけどカード対応してる?』


『健二!対応してるわけないでしょ』由香が小声で健二にいう


『きいてみねぇとわかんねぇだろお前は引っ込んでろ』


『してるわけないのに…』


『あぁ対応してるさ』


そういうと、由香が驚いた表情を見せる


『ほらな!?』


『いやいやこの子が戸惑うのもわかるよ、携帯で支払いができるなんて普通じゃないよね…技術がよく発達したもんだ…』


若者が携帯を取り出し健二に向ける


『ここにカードをタッチしてもらえるかな』


『おう、あーでも足りないかも15万円もあったかなぁ』


『とりあえずタップしてみてくれ残高も確認できる』


そういい健二がカードを携帯に当てた

 

すると健二の残高が表示される


『わりぃ10万円しか入ってなかったわ』


そう聞き、若者は再び元の暗い表情に戻る

『そうか…現金は持ち合わせていないのかい?』


『見てみるわ…お!五万ちょうどあったぜ!』


『本当か!』


『ほらよ、さっきの10万と合わせてこれで15万だ』


そう言って財布に入っていた五万を若者に渡す


『よし、これでこの犬は君たちのものだありがとうな!いろいろ助かったよそれじゃあ!』

 

別れ際にそれじゃあと言うのは彼の癖のようだ


『おうじゃあな』


そういうと駆け足で男が去る


若者が去り、由香が尋ねる。まだ若者の後ろ姿は見える距離にある


『やったね、さっそくあのおじいさんに連絡しようよ、名刺に連絡先書いてあるでしょ』


『そうだな』


『これで85万も儲かったなグフフ』


健二が再び悪い笑顔浮かべた


『ちょっと待って。ちょっと怪しすぎない?こんな上手い話があるわけがないと思うの。』


そういって結果が若者が消えた路地に走っていく。


『お、おいどこにいくんだよ』


健二もそれに続いて由香を追いかける


由香が若者に追いつき声をかける。


若者が初めに現れてからすでに5分が経過している


『あなた、ちょっとまって。あなた…もしかして……!!』


由香はその男が誰なのか気づいた。


男は由香に気づかれたことに気づき青ざめる。

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