「好きだよゲーム」の勝敗 ~本気告白(まじこく)なのか、嘘告白(うそこく)なのか~

紅狐(べにきつね)

「好きだよゲーム」の始まり


「唯人、おはよう。今日も大好きだよ」


 玄関に立っているのは幼馴染の愛奈(あいな)。

近所に住んでいて、幼稚園の頃から付き合いのある幼馴染だ。


「愛奈か、おはよう。今日も可愛いな、俺も好きだぞ」


 こうして今日も一日が始める。


 いつからだろうか。愛奈とこんな関係になったのは。

ちょっとだけ昔を思い出す。きっかけは些細なことだった……。


──


 小学校の時に行った臨海学校。

一学年全員が参加する学校のイベントだ。二泊三日のクラスメイトとの生活。

普段目にしないことや知らないことを目のあたりにする。


 夕飯も終わり、それぞれが割り当てられた部屋で布団を敷きながら枕が宙を舞う。

俺は枕戦争には参加せず、数人で集まって男だけの秘密の話に参加させられている。


「なぁ、一ノ瀬(いちのせ)は好きな子いないのか?」


 男だけの恋バナ。それはそれで楽しいんだが……。


「好きな奴か、特にいないかな」


 嘘だ。俺にはちょっとだけ気になる奴がいた。

幼馴染の愛奈(あいな)の事がほんの少しだけ気になっている。


「ふーん、そっか」


 全員入浴も終わり、持ち寄ったおやつを食べながらカードゲームをしている。


「そろそろ時間だな……」


 後ろの方で誰かが小声で言った。時間? そろそろ消灯の時間か?


「よし、お前ら行くぜ」

「行く? どこに行くんだ?」

「決まってるだろ? ほら、ゲームとおやつ忘れるなよ」


 そういうと俺と話をしていたメンバーはそれぞれが手に持つ袋におやつを集め始め、身なりを整え始めた。


「みんなどこ行くんだ?」

「いいからついてこい」


 俺だけ知らないのか?

不安になりながらも俺はみんなの後についていく。

ついた先は女子の部屋。消灯時間は過ぎている。


「なぁ、まずくないか? 見つかったら怒られるぞ」

「見つかったらの話だろ? 大丈夫だって。先生たちはさっき部屋に集まっていたから」

「でもさ……」

「いいからいいから、これ思い出ので一つ! 行くぜ!」


 そういうとノックもしないで女子の部屋を開け、勝手に入っていく。


「来たぜ」

「待ったよー、早速ゲームをしようよ! 何もってきたの?」


 女子の部屋に入ると、少しだけ石鹸の香りが漂っている。

たしかこの部屋には……。


「ん、唯人も来たんだね」

「あぁ、なんか来ちゃった……」


 少しだけ髪が濡れ、頬を赤くしている愛奈。

こんな姿を見たのはいつ以来だろうか。


「よーし、まずはこれから行くか!」


 持ってきたカードゲーム数種、それに持ち運べるゲームがいくつか。

こんなに持ってきたのか……。


「ほら、一ノ瀬! お前はこっちな!」


 腕をつかまれ強制参加。いったい何のゲームが始まるんだ?

俺が座った隣には愛奈が座っている。


「ふふ、なんだか楽しいね」

「そ、そうだな……」


 カードが配られ、手札を確認する。

が、一枚しかない。


「なぁ、一枚しかないんだが」

「一枚でいいんだよ。さーてー、王様誰だ!」


 お、王様だと?


「はーい! キングのカードは私です!」

「っしゃ! 何でも来い!」


 男子も女子もなんだか張り切っている。

確か王様のいうことは絶対なんだよな……。


「じゃぁ、五番が一番に平手ビンタ!」


 一発目からハードルが高い。


「お、俺が一番! ご、五番は誰だ!」

「わ、私……」


──ぴっしゃーーーん


「ご、ごめんね。痛かった?」

「だ、だいじょうぶでふ」


 いい音が部屋に響いた。結構本気ビンタだっただろ?

こうして何回か王様ゲームが続く。


「じゃぁ、次は一番と六番が好きだよゲーム! 照れた方が負けね!」

「お、俺が……」


 手に持った一番のカード。

せめて五番が男子だったら……、いや男に好きだというのも嫌だな。

でも、好きでもない女子に『好き』なんて、心にもない言葉は絶対に言えない。


「わ、私が六番……」


 六番は愛奈だった。自然と愛奈と視線が合う。

少しだけ潤んだ瞳、そしてその眼はまっすぐに俺を見ている。


「さぁ、照れた方が負けなんだからね!」


 これは、ゲーム。これはゲーム。本気じゃない、嘘の好き。

照れる必要はない。きっと、愛奈だって同じだ。


「よ、よしいくぜ」

「は、はい!」


 俺は愛奈の瞳を見ながら、ゆっくりと口を開く。


「あ、愛奈」

「う、うん」

「す、す、す」


 気がつくと、さっきまで騒いでいたクラスメイト全員がこっちを見ている。

そして、誰一人口を開いていない。な、なんなんだお前ら!


 愛奈も愛奈でそんなに顔を赤くして、照れたふりするな!

こっちまでドキドキするじゃないか!


 これは、ゲーム。さっさと言ってしまえばいい。

たった一言『好きだよ』っていえば、それで終わりじゃないか。

 

「愛奈。ずっと、好きだった」


 シーン。どうやら沈黙という名の魔物が部屋に住み着いたようだ。

誰一人言葉を発せず、誰一人動かない。まさに静寂の時。

愛奈は意を決したかのように、俺を見ている。


「唯人の事、ずっと好きだった。誰よりも、世界で一番好き!」


 ぐほぉう! これは、きつい。でも、照れたら負けだ。

たとえゲームでも負けたくない。


 その上目づかい、潤んだ瞳が反則だ。

そして頬を紅潮させながら発した言葉の破壊力。

俺の精神力をガリガリ削っていく。

負けられない。


「っふ、愛奈。俺の方が愛奈の事、愛奈への想いは世界一だぜ」


 さらに顔を紅潮させた愛奈。これは俺の勝ちだな。


「照れただろ?」

「照れてない! 唯人の方が先に照れたでしょ!」

「照れてねーよ! お前なんかに何で照れなきゃいけないんだよ!」

「あ、ひどい! 私だって唯人なんかこれーーーーっぽっちも──」


 お互いに一歩も譲らない。こんな時の判定はどうなるんだ?

相変わらず誰も言葉を発しない部屋。いつからここはこんな部屋になったんだ?

あと、このゲームに俺を巻き込んだ本人も、なぜか両手で顔を隠している。

なんで俺よりも恥ずかしがってるの?


──コンコン


「みんな寝たか? 見回りに来たぞー」


 全員が一斉に入口の扉に視線を向ける。


「や、やばい! 見つかったら反省文が!」

「だ、男子は全員隠れて! 早く!」

「わ、わかった! おい、みんな隠れるぞ!」


 先陣きって押入れの中に入る友人その一。

我も我もとみんな押入れに入っていく。お、俺も押し入れに!


「悪い一ノ瀬、もう入れない」

「え? ど、どうすれば……」

「健闘を祈る!」


 俺を見捨てたみんなは俺に向かって敬礼し、押入れの扉を閉じる。

まずい、他に隠れるところは……。


 風呂場? トイレ? いや、先生が見るかもしれない。

どこ? 俺だけ見つかるのか? そ、それは絶対に避けたい。


 俺がウロウロしていると、女子のみんなはゲームやおやつを布団に入れ、それぞれの布団に潜り込み始めた。

ちょ、みんな動き早いんですけど!


「まずい。愛奈、俺どうしたら……」


 愛奈以外の女子はみんな自分の布団をかぶり、電気まで消してしまった。

この状況で男一人、俺は部屋の真ん中に立っている。


「しょ、しょうがないな! 早くこっちに!」

「助かる!」


 愛奈に手を引かれ、布団の中に入れられてしまった。


「あ、愛奈……」

「黙って、絶対に口を開かないで」

「お、おぅ」


──ガララララ


「なんだ、みんなもう寝ているのか。えっと、全員いるな。よし、次の部屋にでも行くか」


 先生はこっちを見て部屋から出ていこうとしていると思われる。

た、助かった……。


──ガタッ


「ん? 押入れの中から音?」


──サーーー


 押入れの開く音がする。


「お前ら何してるんだ?」

「こ、こんばんはです」

「とっくに消灯時間は過ぎているんだぞ! いつまでも遊んでないで早く寝ろ! ほら、帰った帰った!」

「「はーい」」


 先生に連行されたクラスメイト。

ここに俺だけが残ってしまった。


 先生が帰った後も、しばらくみんな布団に入ったまま動かなかった。

そして寝息が聞こえ始め、みんな寝てしまったようだ。


「もぅ、大丈夫かな? ごめん、息苦しかったでしょ?」


 布団の中、俺の耳元でささやく愛奈。

布団をすっぽりとかぶっており、恐らく声は外には聞こえていないだろう。


「助かった。サンキュな」

「ごめんね、もう少ししたら部屋に戻るといいよ」

「そうする。他のみんなが寝付くまで隠れてていいか?」

「す、少しだけね。唯人を助けられるの、私だけなんだから。今回だけなんだからね」

「わかってるって。今度ジュースでもおごるからさ」

「ジュースか……。ま、それで許してあげる」


 ほんの少しだけこのままでもいいかなと思った自分がいた。

同じ布団に入って、愛奈の体温を感じる。


「唯人……」

「ん?」

「好き。今までも、これからも。好きだよ」


 ゲームの続きか。まだ勝敗はついていない。


「俺もだ。愛奈の事、好きだよ」


 俺は照れてない。この真っ暗な布団の中、きっと俺の顔は赤くなっているだろう。

でも、これは愛奈のせいではない。ただ、息苦しいだけだ。

心拍数が高いのも、布団にもぐっているからだ。


「唯人はドキドキしないの?」

「俺か? ずっとドキドキしている。愛奈は?」

「私も、ずっとドキドキしている」

「それって……」

「息が、苦しいね」


 そうだな。二人で布団にもぐってたら苦しいのは当たり前だ。

この胸の締め付けも、顔が熱いのもきっとそのせいだ。


「照れた?」

「照れてねーよ。愛奈の方こそ照れているんじゃないか?」

「そんな事、ないよ。唯人に勝つまで絶対に照れない」

「俺だって愛奈に勝つまで絶対に照れない」

「負けないよ」

「俺だって負けない」


 みんな寝静まったころ、俺は愛奈に手を引かれ部屋を出ていった。


「早く部屋に戻って」

「おう、助かった。ありがとな」

「うん」


 薄暗い廊下には誰もいなく、とても静かだ。

そして、部屋に戻ろうとしたとき後ろから愛奈に抱き着かれた。


「好き。こうして、ぎゅっとしていたい」


 こいつ、まだやるのか。


「だな、俺も愛奈と二人きりになりたいよ。でも部屋に戻るよ。また明日な」

「うん、また明日ね」


 愛奈の顔を覗くとさっきよりも頬が紅潮している。

まだ苦しいのか? 少しだけ気になったけど、明日の事もある。

俺は一人で部屋に戻った。


 部屋に戻るとみんな寝ている。

俺も自分の布団に潜り込み、明日ことを考えながら眠りに落ちた。




 ◆ ◆ ◆



「はぁ……」


 私は一人で布団に潜り込み、温もりを感じる。

さっきまで唯人がいた布団。たとえゲームかもしれないけど、胸が熱くなるのを感じた。

ちょっとだけ気になる男の子。私の事を良く知っているし、付き合いも長い。


 もし、本当に私の事が好きだったら……。


 布団に入ってもなかなか寝付けない。さっきまでの事を考えると目がさえてしまう。


「愛奈、まだ起きてる?」

「うん、なかなか……」

「ねぇ、一ノ瀬君どうだった?」

「どうって?」

「愛奈って、一ノ瀬君の事好きでしょ?」


 好き? 多分好きかもしれないけど、まだよくわからない。


「ど、どうなんだろ……」

「んー、せっかくゲームでなんとか距離を近づけようと思ったんだけどなっ」

「え? そ、そんなこと考えてたの?」

「あのカード、どれが何番かわかるんだよね? マジックカードってやつ?」

「それって……」

「そう、男子の一部も私と同じグルでね、今回の企画を考えたの。で、どうなの?」

「わ、わからないよ……」


 彼女は私の布団に無理やり入ってきて、唯人の事を根掘り葉掘り聞いてくる。

途中から言葉がなくなり、私たちは夢の世界に旅立っていった。


 まだ、勝敗はついていない。

きっと、唯人は私の事……。


 ◆ ◆ ◆


「唯人、おはよう。今日も大好きだよ」

「愛奈か、おはよう。今日も可愛いな、俺も好きだぞ」


 今日もこうして一日が始まる。


「どう? 高校の制服可愛いでしょ?」

「おう、可愛いな。どうだ俺の制服は。いけてるだろ?」

「うん、かっこいいね。今日から高校生だね」

「あぁ、今年こそ俺は勝つからな」


 玄関を出て、愛奈と二人学校に向かって歩き始める。


「私だって負けない。中学校三年間、結局まだ勝敗はついていないんだしね」


 背も髪も伸び、すっかりと大人になった愛奈。

それなりに可愛く、成績もそこそこ。

俺も負けないようにいろいろとしている。


 俺は愛奈に負けるわけにはいかない。

こんな長い勝負になるとは思わなかったけど、いまさら負けるわけにはいかない。


「さて、愛奈さん」

「何? 唯人さん」

「今年もよろしくな」


 愛奈の手を取り、微笑む。

少しだけ頬を赤くし、愛奈も俺に向けて微笑みを返す。


「うん、今年もよろしく。大好きだよ」


 満面の笑みでのお返し。その笑顔、やっぱり反則だよな。


「俺も、好きだぜ」


 ずっと続いている好きだよゲーム。

いつまでゲームなのか、それとも──。

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