第2話揺らぎ
結局あの後美紀は行方不明となり私も警察やら何やらにいろいろと聞かれたけど最後に神社で分かれてそれっきりと言い張った。
どう考えても本当の話なんか誰も信じてくれるはずもない。
あの時見たあれは一体……
「ふむ、『饅頭みやこ』ですか? これは面白い。自動で饅頭が出来るとは」
「え”?」
学校から八王子駅に向かっていた私は歩行者天国でそのショーウィンドーに喰いつくようにどんどんと焼き上がる饅頭を見ている黒髪長髪で大和なでしこ風の美人な女子高生を見つける。
「って! あなたはっ!!」
思わずそう叫び彼女のすぐ近くに行く。
すると彼女はこちらを振り向き首をかしげる。
「はて? どなたでしょうか、こちらには知り合いは居ないはずですが?」
「なっ!? このあいだの神社で会ったでしょうに!!」
あんな事が有ったと言うのにまさかこの私を忘れている?
何故か苛立たしくなってしまう。
しかし彼女はその美しい顔の表情一つ変える事無く上を向きしばし沈黙する。
そして「ああぁ」とか言いながらこちらをもう一度見る。
「あの時の方ですね? しかし出来ればこれ以上関わらない方がいいですよ?」
「……何なのよあれって」
そう言われても美紀が喰われた。
そして行方不明という事になっている。
それなのに何も知らないで良い訳がない。
「ふむ、しかし話すとあなたを巻き込む事となりますよ?」
「もうとっくに巻き込まれてるわよ…… 教えて……」
ぐぅ~
「これは失礼。あのお饅頭がとても美味しそうなので。しかし残念ながら持ち合わせがなくて……」
「い、いいわよ、それくらいおごってあげる。助けてもらったお礼もあるし。でも話は聞かせてもらうわよ!」
私はそう言いながらお饅頭を買い入れるのだった。
* * * * *
「ふむ、これはとても美味ですね。緑茶が欲しくなります」
お饅頭を買って近くの公園まで来て話を聞こうとする。
しかし彼女は美味しそうにもごもごとお饅頭を食べている。
「あのさ、こんな饅頭の何処が良いのよ?」
あきれながら自販機で緑茶を買って彼女に渡す。
彼女は私にお礼を言いながらお茶の缶を開けてお行儀良く両の手を添えてお茶を飲む。
「はあぁ、美味でした。どうも東京は勝手がわからず八王子に来るにも一苦労でした」
あれだけ有ったお饅頭を全て平らげ、お茶を飲んでから彼女はそう言う。
「勝手がわからないって…… あなた何者?」
「これは失礼しました。私は小林ユカと申します。訳有って八王子に有るとある物を探しに来ました」
「探しにって…… それよりあれって何なの?」
小林ユカと名乗った彼女は私が質問すると、すっと雰囲気を変えて話し出す。
「あれはこの世界のモノではありません。異界の住人です。この八王子は古来より西の要となっている場所。帝都に邪なものが入り込まぬよう高尾山を始め結界が張られています。しかし異界から飛ばされてきたあるモノが『世界の壁』に隙間を作りそこから異界の住人が漏れ出ているようなのです。私はそれをいち早く見つけ出し『世界の壁』の隙間を埋めなければならないのです」
「はぁ?」
真面目な話をしているつもりだったのに何いきなり電波な話を始めるわけ?
思わず眉間にしわを寄せて私は彼女に聞き直す。
「何を訳の分からない事を…… あの化け物が異界の住人だって言うの?」
「はい、古来より魑魅魍魎と呼ばれるものは大概あ奴等が何らかの形でこちらの世界に来ているのがほとんどのようです」
「魑魅魍魎って…… 大体にしてあんたって一体何者よ? 刀なんか振り回して、それにあの化け物と美紀に何したの? なんであんな灰のようになっちゃうのよ??」
「それは…… ふう、マーヤ。また湧いて来たのですね? 憑依しましたか」
彼女はいきなりそう言って肩から背負っていた大きな荷物から日本刀を引っ張り出す。
「な、なに?」
「下がっていてください。すぐに終わらせます」
そう言って彼女はすぐに茂みに駆け込み刀を一閃する。
ざんっ!
すると一匹の猫が首を切られよろよろと出て来た。
「ちょっ! 何てことするの!?」
「下がって」
しかしその猫はみるみる体を大きく膨らませあの化け物の姿になる。
「遅かったようですね、憑依が成功して魂を取り込みました。受肉です。仕方ない」
『ぐろろろろろぉぉ』
あの化け物は唸りながら彼女に向かって突っ込んでくる。
しかしその瞬間彼女が忍者のように二人に分身をした!?
「核はここですね?」
「足止めはこちらで」
彼女たちはまるでそれがあたりまえかのように一人が化け物の脚を斬り地面にひれ伏させ、そしてもう一人がトドメとばかりにその背中に日本刀を挿し込む。
どすっ!
するとたったその一撃で化け物は動かなくなる。
二人いた彼女はまた元の一人に戻り、片手を化け物の中に突っこむ。
するとあの化け物はあの灰の様にさらさらと崩れて消えて行く。
「い、一体どう言う事よ? なにをしたの!?」
「猫に憑依して受肉した異界の住人を倒しました。受肉する前に片付けるつもりでしたが小さくてもやはりこの世界の魂には内包されている魔素が膨大な量が有ります。結果奴等もこの世界でそれを糧に受肉し本来の姿に成れるのです。今私は万物の根源である魂と肉体の繋がりを消しました。結果奴等は灰となり消えゆくのです」
「み、美紀も同じにした。あんた、美紀はどうなったのよ!?」
思わずそう言うと彼女はゆっくりと立ち上がり無表情で私に告げる。
「消しました。彼女の魂は既に消えかけ霧散するしかありませんでした。ですのでこの世界も同じく先に魂と肉体の繋がりを消せばその遺体も存在そのものが無くなり灰と化し消えゆくのです。普通の死とは違い、この世界では魂の力が弱ければ転生すらできないでしょう。奴等の糧になる事だけは防ぎました」
ちんっ。
そう言いながら刀を鞘に納める。
そしてつかつかとこちらに歩いて来て自分の荷物に刀をしまう。
「お饅頭ごちそうさまでした。今ここで見た事は忘れなさい。今この八王子は不安定になっています。早くアレを見つけ出さなければさらに犠牲者が増えます」
そう言って彼女はこの場を立ち去ろうとする。
「まって!!」
立ち去ろうとする彼女に私は大声を上げる。
そして彼女の前に出て言う。
「一体何を探しているっていうのよ? それを探し出せばもうあんな化け物は出てこないって事?」
「……そうです」
私を表情一つ変えないで見る彼女の顔を睨みつけながら私は言う。
「だったら私も手伝う。もうあんな化け物にどうにかされるなんてごめんだわ!!」
そして私八嶋美羽(やじまみう)はこの騒動に自分から足を突っ込むのだった。
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