作りものかもしれない

ROM太郎

作りものかもしれない

 ふと思う。ロボットが親になりすましているのかもしれない。台本通りの子育てを、数列から変換された感情をぶつける。はじまりは、戦争や育児放棄で一人になった子供を救うために始まった国の政策がある。という話からだった。

「いってきます」

「あら、ちょっと待って」

 無視して玄関の鍵をガチャっと開けて外に出た。どうせ、いってらっしゃい。を言うだけなのだ。いちいち面倒くさいし、意味がない。友達と待ち合わせをしているから、早く行かなければならない。

「あら、もう行っちゃった?今日もバイバイできなかったね。小太郎」

 小太郎は犬の名前だ。我が家は三人家族、プログラミングなんかをやるエンジニアの父親と年齢より若く見える母と中学生の長男タケオミ。そして一匹の雄犬。タケオミは俺の名前だ。

「タケ!おはよ」

 電信柱にもたれている、自分と同じブレザーの制服を着た坊主頭の男が挨拶をしてきた。

「おう。レン、おはよう」

 俺たちはゲームがどのくらい進んだかとか好きな番組の話をしながら学校に向かった。通学路には同じ制服を着た背丈も同じくらいの連中がぞくぞくと集まってきた。俺はこの感じが嫌いだった。自分が何か大きなものに飲み込まれていくような気がして、背筋がゾワっとする。

「そういえばさぁ、高峰アイリ、怪しくね?タケの幼馴染なんだろ?何か知らないのか」

「怪しいって、なんの話?」

「親がロボットなのは誰だって話だよ。昨日の授業で、百人に一人ぐらいはそうだって先生がいってたじゃん。俺たちの学年はちょうど百人だろ?誰の親がロボットかって話したじゃん」

「あー、その話な。アイリが怪しいの?」

「なんか怪しくね?あいつ、かわいいけどさ、テストは毎回全教科満点だって話だし、シャトルランも一位だったぐらい体力あるのに、休み時間は黙って一人で本読んでるだけで友達らしいのもいないし部活もやってない。なんかロボットみたいじゃね?」

「お前なんでそんなに詳しいんだよ。まあ、確かにあいつは変わってるよなぁ」

「自称噂マイスターの情報量なめるなよ。あと、なんか廃墟みたいな所に住んでるらしい。俺の予想だと、そこの奥の方に施設みたいなところがあって、ロボットの父親と母親に育てられてる。とかだと思うんだよ」

「あー、俺も家はよくわかんないな。幼馴染っていっても、小さいころ、よく公園にいたから遊んでただけだし」

「そうかぁ。あんまり知らないんだな」

「まあな。でも、そんなやつ本当にいるのかね」

「廃墟に住んでるって凄いよなぁ。でもなんか楽しそう」

「いや、そっちじゃなくてな。ロボットが親ってやつ、本当にそんなやついるのかなぁって」

「お前なぁ。授業で先生が言ってたんだぞ?今の時代、先生が嘘なんかついたら即炎上でクビだよ」

「まあなぁ」

 見知った道を進んでいくと、見知った顔が少し前を歩いていることに気づいた。ハーフアップと呼ぶらしい髪型で、女子の制服を着ている。あのするどい目つきは、アイリだ。友人の肩を叩きアイリを指さす。察した友人は、その話にはそれ以上触れなかった。最後の緩やかな坂を越えて、学校についた。下駄箱に靴を入れようとした時に、女の声が耳元で囁いた。

「今日水曜だからね」

 俺は黙って頷き右隣で靴をしまったアイリは教室の方へ歩いていった。


「——その時の戦争で、地球を大きく傷つけてしまった人類は地球を離れることを決意しました。その時、人類は三つに別れたのです。滅びゆく地球と共に滅ぶことを選んだ人たち、巨大な宇宙船に乗って真実を探し続ける人たち、宇宙を旅する人たち、新たな星に移住し、ドームと呼ばれる半円状の厚い特殊ガラスに覆われた居住空間を建設し、移り住んだ我々の三つです。人口の減少から——」

 難しいことは、よくわからない。生まれる前のことなんて知らなくてもいいと思う。ただ地球って星には興味がある。空が青くて夕焼けが赤いらしい。不思議だ。テレビドラマなんかで、「地球だったらな」とか「夜は向こうと同じで落ち着く」なんてセリフを聞いたりする。地球産の映画をテレビでやった次の日には、「あの場所はもう無いんだなあ」なんていって泣いている大人たちを商店街で見かける。もう人が住める状態では無い。ということは教わったが、信じられない。昔、家の庭から望遠鏡で地球を見たことがあるが、この星と同じで赤い色だった。ならばこの星に俺たちが住みついた時のように、開拓を進め資源を掘り出しドームを建設すれば、住めるのではないかと思ったが、大気がどうのこうの、温度がどうのこうの。大人の説明はいつだって分からない。本当に理解させる気があるのだろうか。

 左斜め前の窓際の席に座るアイリがふと気になった。授業中、至ってまじめだ。休み時間になると足早に教室を出て、二分足らずで戻ってきて席につき、教科書を出し、ノートを開き、シャープペンシルと蛍光マーカーと多色ボールペン、消しゴム、定規の位置をそろえて次の授業の準備を整え、ブックカバー付きの文庫本を読み始める。うーむ。言われてみればロボットっぽいかもしれない。毎日、毎時間、そうしていない彼女を見たことが無い。ロボットというものは、同じことを同じようにひたすらこなすのが得意なような気がする。そういう意味では、彼女はロボットのようだと言えるだろう。黒板に目を戻すと文字が増えていたので、汚い字で書き写した。


「タケ、お前はどうする?」

「俺は今日は用事あるからさ」

「そっか。じゃあまた明日な」

「おう。じゃあな」

 帰宅道、部活に入っている生徒も多いので、人影は少ない。二つ目の曲がり角を曲がったあたりでランニングをするバスケ部に追い抜かれる。水曜日は少し遅めに出るので、いつもそうなるのだ。

 いつもは右に曲がる道を、水曜日はまっすぐ行く。一週間に一度通る道を、今度は左に。曲がり角を曲がるたびに、カーブミラーがあれば、見ながら足の向きを変える。それを繰り返していくと、街の端が見えてくる。ドームの外壁、前へ進むたびに特殊ガラスが近づく。まだ街は明るい。自転する星なのでもちろん昼夜はあるが、地球と同じ時間で明るくなったり暗くなったりするように、ガラスが光の通し方なんかを調節しているらしい。夕暮れにはまだ早く、太陽が傾きだしたかな。というぐらいの赤みがかった空の下を歩く。カーブミラーにぼろぼろの工場が見えたので、道を曲がり、ぼろぼろの鉄の柵を外して建物の敷地に入る。ここは十年ほど前に管理していた人が亡くなって廃墟になったらしい。アイリがそう言っていた。

「……お邪魔します」

 錆びついたドアを開け、中に入る。たくさんの鉄骨で骨組みを作り、必要な場所にコンクリートを流し込んだという感じの床、壁、天井。窓ガラスはほとんど割れて、破片はまだ転がっている。無駄に広いこの空間には、何に使うんだかよくわからない車ほどの大きさの錆びた機械が四つと、縦長長方形のメーターや操作盤のようなものがついた機械、それに繋がるパイプなどの管が無数に壁を這い、天井を這い、地面の下や上の階、隣の建物に繋がっている。あちこちが錆びていてぼろぼろで、あまりいい気はしない。

「アイリ、来たぞ」

 入口のドアを閉めて、そう言うと、コンクリートの地面に三十センチ四方の正方形に穴が開き、地面の下に引っ込んだ。そして、ポールの柱に繋がったブラウン管が下から、ぬいーんと出てきた。

「遅い」

 女の合成音声のような声がモニターから発せられた。モニターには絵文字のような顔が映り、眉をよせて怒っているように見える。

「ごめんって、時間ずらさないとレンの奴らがうるさいと思って」

 顔文字はふんっ、とそっぽを向いて、モニターは地面へ帰っていき、正方形の穴は元に戻った。床は何事もなかったかのように元に戻った。少しの沈黙が流れて。

「え、帰っちゃうよ?」

 と言うと、地面が横長の長方形に段階的にへこみ、階段があらわれた。少年がそれを降りていくと床は再び元通りになり、廃工場は静かになった。


 毎週水曜日にこの部屋に来るようになってから今日で二か月になる。まだ、慣れない。階段を降り、分厚くて白い自動ドアがすーっと開くと、高層マンションのリビングといった感じの広い部屋が見える。大きな窓から見える景色が、ここは何十階建てなんだろうと想像させ、ソファやテーブルなどの家具はよほど高級なものなのだろうと想像させる。しかし、ここは間違いなく地下だ。足を踏み入れると少しずつ見えてくる。景色はただのモニターで映し出された映像で、家具はチラシで見た安物だった。しかし、そう思わせるような高級感や説得力がこの部屋にはあったのだ。それは配置や空間の使い方のセンスなのだ。と彼女は以前、言っていた。

「なんでこんなに遅いのよ」

 アイリが廊下からあらわれた。服装も髪も特に変化はなく、朝見かけたときと何も変わらなかった。

「アイリが早いからだよ。合わせてたら一緒に帰ってるみたいだろ。だから俺はゆっくり出てるんだよ」

「周りの目なんか気にしてるからでしょ。あんなレベルの低い友達、縁を切りなさい」

「俺のレベルが低いんだからしょうがないだろ」

「何言ってるのよ。私より賢いくせに」

 彼女は悔しそうに言った。彼女の目的は、実用的なプログラミング技術の習得だった。教科書の知識では、点数は取れても本物の技術は身につかない。本物の技術者である父親による英才教育を受けた俺は、点数は取れないが技術は身についている。という、彼女と正反対の状態であり、彼女は、本物の実用的な技術を教えて欲しいのだそうだ。

「多くの人間は、点数でしか価値を図れないんだよ」

「そんなバカの意見は無視しなさい。さあ、先週の続きを教えて」

 毎回のテストで全教科満点の彼女が、そんな人たちをバカだなんて言うとは思わなかった。点数をあげるために勉強をしているのではないのか。ひょっとしたら、もっと崇高な、人類の発展とかそういったもののために努力を重ねているのだろうか。

 きっと彼女は現状で満ち足りて無いのだ。何事も完璧でないと気が済まない。というのを越えている。彼女が目指しているのは、どこなんだろう。


「そろそろ、休憩しましょう。ソラ、紅茶を出して」

 その声に窓のモニターが反応し、先ほど廃工場からここに入るときにあらわれた顔文字を表示したブラウン管と同じ顔が表示され「かしこまりました」と今度は男の声で言った。ソラはAIだ。この部屋の召使いとか、執事とか、そういった役割のものらしい。奥のキッチンでなにやらガチャガチャ音がして、壁や床に這ってスライド式に動くロボットアームがトレイに紅茶のポットとカップを二つ、シュガーポッドものせて持ってきた。

「何回も言ってるけどさ、俺、コーヒーの方が好きなんだけど」

「私は紅茶の方が好きなのよ」彼女は紅茶に砂糖を二つ入れ、スプーンで混ぜながらさらにつぶやいた。「ふだんは紅茶を飲まないなら、たまに飲んだ時、私とこうして紅茶を飲んだことを思い出すでしょう?」

「なんだ、お前死ぬのか?」

「私がコーヒーを飲んだ時、あなたのことを思い出すようにね」

「なんだ?俺が死ぬのか?」

「……」

「なんか言えよ」

「そういえば、今朝、私の話をしていたでしょう」

「……登校してる時?」

「そう」

「聞いてたのか」

「話は聞こえなかったけど、私を見つけて露骨に黙ったでしょう。わかりやすいのよ」

「……レンが、お前はロボットの親に育てられたんじゃないかって。ほら、授業で先生がいってたろ。そういうやつもいるんだって」

「ふうん。私がほとんどの同級生たちより賢くて体力もあって美しいのに、友達を作らないし部活にも入ってないから、『変わってる』から怪しい。ってことかしら」

「そんな感じ、みたいだよ」

 彼女には、両親が居なかった。よく遊んでいた小学生の時にそれだけは聞いていて、幼心に大変そうだなぁとは思っていた。当時はそれぐらいだったが、彼女を見かけるたびにそのことを思い出し、漠然と、おばあさんとか、親戚とか、身内の人に育てられているんだろうな。と思っていたが、二か月前、はじめてこの部屋に来た時に彼女は話してくれた。物心ついた時にはこの部屋にいて、AIのソラが世話をしてくれて育った。らしい。はじめて人の手に触れたのは、公園で遊んでいたときに出会った幼少期の俺だそうだ。

「ロボットの親っていうの、たぶん、私じゃないわよ」

「え、でも」

「私が機械に育てられたのは本当のこと。でも、その時の授業で先生がいってた、ロボットが親代わりになって子供を育てるっていうのは、孤児を普通の家庭の、普通の子供として育てるために、愛情や反抗心などの感情を持つ『普通の人』として育てるため、って言ってたじゃない。ソラは返事しかしないし、愛も怒りもしない。そのおかげで私の中に、愛情や反抗心なんていう感情があるのか、よくわからない。ソラは家族ではあるけど、親ではないし、人間らしさのカケラもない完全な機械。怒ることも褒めることも責めることも、私の努力の結果を喜ぶこともしない。それが親だって言えるかしら」

「……」

「親のロボットっていうのは、きっと育てられてる本人も気づかないぐらい人間に近いのよ。それで普通の家の普通の子供として、愛情や怒りの感情をぶつけてくれる。そういうものなんだと思う。その感情が偽りで、機械にとってただの数字の並びだったしても、私は羨ましいと思うわ」

「じゃあ、アイリじゃないのか」

「普通の子供を育てるための政策で、こんな変わった子供育たないわよ」

 幼いころから、つらい現実を何度も乗り越えてきたのだ。イエスと言え、と百回言えば、すべてにイエスと言う機械に育てられ、誰の目にも手にも触れることなく育ってきたのだ。その生活が彼女の精神にどんな影響を及ぼしたのか、想像もできない。そんな彼女が普通の学生として生活できている。彼女の忍耐力、自立の精神はすさまじい。テストで全教科満点だったり、シャトルランの記録が学年一位だったりするのは、その余波というか、劣等感や憧れ、ある種の憎しみなどというようなものが彼女の推進力になっているのかもしれない。と思う。そんな気持ちを周囲に持っていたら、距離をおいて接するのは当たり前のことかもしれない。そんなことを考えたら、自分がいまここにいる不思議に気が付いた。

「なあ、なんで俺を呼んだんだ?」

「これを教えてもらうためって言ったでしょ?」

 付箋がたくさん付いたプログラミングの教科書を指さした。

「でも、うちの学校にはサッカーの全日本ユースとかもいるだろ?何かのこと一つに限ってしまえば、お前より優れてる人なんていくらでもいるだろ」

「……プログラミングが将来役に立ちそうだなっていうのはあるけど。話しかけやすかったのよ。波長が似てるのかな。小さいころ同じ場所で同じ遊びをしていたからかしらね」

「ふうん。そんな理由か」

「そんな理由よ。もう日が暮れるわね。今日は帰っていいわよ」

「そんな時間か。じゃあまた明日な」

「……ええ」

 変わった生活だなぁと思う。複雑に絡まった蜘蛛の糸を一本ずつ紐解くような、不思議な感覚になる。何度来ても、慣れない。しかし彼女が普通の人間である俺に心を開き始めたのはいい傾向なのだろう。じゃあ。といって手を振り階段をのぼり、廃工場のドアに手をかける。振り返ると階段は消えていた。いつも通りだった。

 この星の夕焼けは青い。地球では赤いらしい。星によって空の色まで変わってしまうのだから、世の中は不思議だ。来た時の道を戻ることはせず、近道を進む。交差点を斜めにわたるため、運が悪いと二回信号が変わるのを待たなければいけない。二回目の信号を待っていると見知った顔が横に並んだ。

「ん、あれ?レンじゃん」

「え?あ、タケ!用事終わったの?」

「おう。今帰るところ」

「そうか。俺も俺も。楽しかったぜ。明日はお前も来いよな」

「おう……あのさ、機械に育てられている子供がいるって話したじゃん」

「あ、その話な。なんか分かった?」

「あれさ、育てられてる子供も、自分の親がロボットだって気づかないような、ほとんど人間と同じようなものなんじゃないか?」

「え、そんなのありえないだろ」

「でもさ、『普通の子供』として育てるためなんだろ。自分は周りのみんなと違って誰かがプログラミングした機械に育てられている。って知ってる子供が『普通の子供』に育つと思うか?」

「……そうかなぁ。そうすると、俺の親がロボットかもしれないってことか?」

「うん。うちの親かもしれないけどな」

 レンは納得したような信じていないような。こちらも自信も確証もないから、お互いの心に漠然とした不安と疑問を残したまま、信号を渡った。レンは分かれ道を右に行き、俺は左に向かった。手を振って別れ、青い夕焼けをみた。あれが本物なのか、特殊ガラスが映し出した映像なのか。そういえば、知らない。作り物なのか本物なのか。知ろうとすれば分かるだろうか。知らなくてもいいか。この美しさに変わりはないから。

 玄関を開けて、少しためらってから言った。

「ただいま」

 ただいまを言ったのは、いつぶりだろう。

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作りものかもしれない ROM太郎 @r0mtaro0127

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