骨とスク水

右左上左右右

坊っちゃん落選作品

今年の夏はとびきり暑くなると、ラジオが言っていた。

湿気の塊が体にじわりと汗を滲ませる。

梅雨明けももうすぐだろう。

今年は新しい水着が欲しいな。

スマホを片手にそんな事を思う。

庭のヒマワリはまだ咲きそうにない。


エアコンも無いど田舎の一軒家を借りて住み始めたのは去年の暮れだった。

一人暮らしの自分には広すぎるこの木造の家は、冬はすきま風が吹きすさび、東京生まれ東京育ちのマンションにしか住んだ事の無い自分には新鮮な衝撃だった。そして灯油ストーブの暖かさよ。夢の『灯油ストーブで餅を焼く』を満喫し、畑の向こう隣の宮田さん夫婦に笑われたものだった。

宮田さん夫婦は何代もこの土地に暮らしている根っからの地元民で代々土地持ちのお医者さんだ。元々この家も宮田さんの物だったが、管理が難しくなって賃貸に出したらしい。まぁ、空き家問題はどこも深刻になっているらしいので、借り手が付くか売れればラッキー位だったのだろう。ろくなリフォームもされていないが、それが良いと頼み込んでそのまま借りたのは此方だ。

夏になったら暑いからと文句を言える立場ではない。

昔ながらの扇風機を大型家電屋で買ってきて、窓を開け放ち、アイスを食べる。

ああ、これぞ夏じゃないかね、俺よ。

そう呟いた瞬間、雷が鳴り轟音と共にバケツをひっくり返したような雨が地面を叩きつけた。

……ああ……洗濯物が……。


梅雨明けをラジオが告げたのはヒマワリの花びらが2~3枚開いた頃だった。

暫くお天気が続いているなと洗濯物を干している時に、そう言えば水着を買おうと思っていたのをふと思い出す。

引っ越しの時に粗方捨てて身軽になったのだが、やはり夏は水着を新調しなければいけない。

一人は寂しいけれど気楽だ。誰の好みでもなく自分の好きな物を買おう。

しかしやはり人の目とは気になるもので、ネットショッピング一択だなと空を仰ぐ、雲一つ無い青い空は東京の濁った空とは違い、何か見透かされているようで身震いがした。

そうだ。ヒマワリに水をやらなきゃ。

わざとらしく独り言を言って、ホースで水を巻く。

と。

何か、光った。

ヒマワリの根本から覗くそれは、指輪だった。

銀色の飾り気の無い指輪。

しっかりと根に絡んだ指輪を取り出そうと、土を掘ると、白い石がコロコロと出てきた。

いや。

これは骨……だろうか……?

立ち上がり手を洗い冷たい麦茶を冷蔵庫から出して、庭の見える茶の間に座る。

ペットボトルの麦茶を口に運び、スマホに目を落とす。

うん、水着を買おう。


骨らしき物を見つけてから3日後。宮田さんに然り気無く、然り気無く、あの家に曰くが有るか聞いてみた。

宮田さんは怪談でも聞いたのかと笑い飛ばし、残念だけれど何もないよと言ってペットボトルではない麦茶を出してくれた。

では、あれは何なのだろう?

あの白い骨のような物と指輪は?

嫌な考えが脳内を巡るが、それを口に出す勇気は無い。

お礼と愛想笑いをして家に戻る。

昨日の夕立でまた少し庭の土から白い物が出てきているのが目の端に入る。視界に入れないようにしているのに……。

インターホンが不細工な音を立て、お米屋さんの声がした。宅配業者の下請けもしてるんだと、薄い箱を手渡して笑う。米だけでなく灯油も配達してくれるのに、この上ネットショッピングで買った物まで持って来てくれるなんてなんてイイ人なのだろう。浅黒く焼けた小汚ないオジサンが天使に思える。

バリバリと音を立てて箱を開けると、丁寧にビニール袋に梱包された紺色が現れた。自分を自分たらしめるもの。スクール水着。昔ながらのワンピース型の170センチ用。175センチの自分には少し小さいが、着れない程ではない。風呂の脱衣場で足を通してみる。腰を隠し肩紐に腕を通すとやはり股間がくい込む。足回りのくい込みを人差し指で直し、鏡に向かう。

締め付け感と夏の予感に胸がときめく。

だが、顔がいけない。顔が全てを現実に一気に引き戻す。顔を隠さねば……と、冬用の目出し帽を見つけ、被ってみる。

無性に強くなった気がした。

これは、強い。意味は無いがそう確信した。

おもむろに庭に出て、スコップを手に地面を掘る。

出てきたのは、頭蓋骨だった。水で洗い流すと、頬の凹みに水が溜まる。それを指で拭う。

どこか、自分が自分ではない感覚に高揚する。

咲き始めたヒマワリの横に天日で干す。


翌日、ざわざわと人の声とインターホンの不細工なブザーで目を覚ました。

半裸で寝ていたのでTシャツと半パンを身に付け慌てて玄関に出る。

と、お巡りさんと宮田さん、それに……新聞配達の人……?

近所の人達も何事かとこちらを見ている。

庭を見せろと言うので庭に回って貰った所で、ああと合点がいった。

頭蓋骨だ。

新聞配達が頭蓋骨を見つけて通報し、お巡りさんが家主の宮田さんを呼びつけたのだろう。

此方を指差しわぁわぁと騒ぐ新聞配達の横で、宮田さんとお巡りさんが頭蓋骨を手に取ってまじまじと見、爆笑した。

寝惚けた頭で、これは死体遺棄か何かで捕まっちゃうのかしらんとボーッと考えていた自分と、喚いていた新聞配達は付いていけない。

宮田さんが簡単に、これは模型だと説明し、新聞配達と野次馬を帰らせた。野次馬も妙に納得している。

お巡りさんからは飾る場所を考えてねと軽く注意された。

やがて、宮田さんと一緒にヒマワリの根本を掘ると、骨格模型が一通り発掘された。

ヒマワリは再び植え直した。


懐かしいなと宮田さんは語ってくれた。

子供の頃、新しい骨格模型が医者である宮田さんのお父さんの病院に導入され、古い骨格模型を貰ったのだと。早くに亡くなった母親の結婚指輪を嵌めさせて部屋に飾っていたのだが、祖母に見つかって捨てられそうになり、この庭に埋めて隠したのだと。祖母は父と母の結婚に反対していたのだと。

ホースの水で土を落としながら、懐かしそうに語る。

指輪を宮田さんへ返し、宜しければと口を開いた。

宜しければ、この骨格模型を譲って頂けませんか?と。

こんな古いので良いのかい?と返す宮田さんへ、自分は頷く。彼の方が先に住んでいたのですから。


キレイに洗われて組み立て直された骨の彼に、お揃いのスクール水着をネットで注文した。


一人は寂しいけれど気楽だ。


けれど。


これからは二人だね、けれど気を遣うことはないよ。

男同士気楽に行こう。


スクール水着のくい込みを直し、思ったよりも楽しくなりそうだと、雲一つ無い青い空を仰いだ。

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