砥部焼

右左上左右右

坊っちゃん落選作品

祖母が六つの誕生日に送ってきたのは、土人形だった。私は子供心にそれにがっかりしたものだった。だけれど、祖母が直後に倒れたと聞き、どうにも申し訳ない気持ちになって、その土人形を机の引き出しにしまいこんだのだ。

十数年振りに実家に戻った私に、そう言えばと母がアクリルケースに入れた土人形を出してくるまですっかり忘れていた。

結局、あのまま祖母は帰らぬ人となり、土人形は祖母からの最後のプレゼントとなった。

「これ、崩れないんだねぇ」

アクリルケースの中の単純な作りの土人形を眺める。

「粘土だからかねぇ?」

母はまた適当な事を言っている。

木で出来た丈夫な作りの机は、祖父の手作りでまだまだ使えると言うので、従兄の子にあげるのだと言う。

「最近のオシャレなのの方が良いんじゃないかと思うんだけど、どうもケイちゃんがこの机欲しいみたいね」

圭一は母の兄の子供で、確かに昔から祖父の手作りの机を欲しがっていた。けれど…。

「おばちゃんが嫌がるんじゃない?」

母の兄の嫁、圭一の母が手作りなんて貧乏臭いと拒否したのだと言っていた。

「ま、要らなくなったら捨てないで返してねって言ってあるし、大丈夫でしょ」

なんなら取りに行くしと笑う母は、苦労が顔に出るタイプで、年齢よりも老けて見える。

「ところで、この人形、持ってく?」

アクリルケースをつつく母に、そうねと頷いた。

「折角だし、持って帰ろうかな」


祖母の土人形は最初、紙粘土かと思った程に白い土で出来ていた。紙粘土ではないのはすぐにわかった。が、祖母の意図がわからないまま他界してしまったので持て余してしたと言うのが本音だ。しかし、こう見れば可愛いものではないか。婚期を逃した孫娘を癒してくれるお婆ちゃん手作りアイテムである。アクリルケースは当時百円ショップで買ったもので、高価でもなんでもない。座布団でも作ってあげようかと思ったが、忙しい毎日のどこにそんな暇があると言うのか。いや、現実を見ても仕方ない。

「はぁ……」

愛車は中古の軽自動車。比較的キレイで比較的年式が新しいのを選んだら比較的お値段が張ってしまい新車よりは安いしと買ったもので、もう5年は乗っている。

友達は結婚して子供も産んで、平日の昼間に子連れで会っているらしい。無い物ねだりなのはわかっているがリア充爆発しろなんて思わず呟いている。

「助手席には土人形か」

彼氏は居たこともあるけれど今は居ない。めんどくさいと言うのが一番の理由だ。前の彼氏と別れた時に免許を取ったのでもう5年は居ない。一人でどこにでも行ってやると思って教習所に申し込んだのだった。

「私も趣味を作るかなぁ」

仕事だけで手一杯の毎日のどこにそんな……と脊髄反射で堂々巡りだ。

「あーーーーー。海沿い走ろうっと!」

一人しか居ない車内で、必要以上に大きな声でそう言うと、信号を右折すべくウィンカーを出した。


日常へ戻った私を待っていたのは、数日分の溜まりに溜まった日常業務だった。仕方無い。誰かが代わりにやってくれるわけでもない。お昼休みを潰してただひたすらに目の前の仕事を片付ける。

やっと一区切り付いたのは十六時を回った頃だった。

社内に居るのも嫌で外に食べに出ることにする。とは言っても、休憩1時間で往復してご飯も食べてとなると場所は限られてくる。車で5分の場所にある喫茶店だ。

この喫茶店は『ザ・田舎の喫茶店』とでも言おうか、鄙びた装いでなんとも言えない安心感もある。まぁ、常連客しか居ないので最初の入りづらさだけクリアすればの話だが。

空いている場所に腰を下ろすとママが水とメニューを持って来た。この喫茶店はマスターとママの夫婦二人でやっている。

「忙しそうね」

「ちょっと休んでたからね」

「どこか言ってたの?」

「実家にね」

「あら、お見合いとか?」

ああもう、ママはすぐそっちの話に持って行きたがる。

「今日は何にするー?」

カウンターの向こうからマスターが話を遮ってくれた。

「日替わりランチまだあります?」

「あー、終わっちまったけど、同じ値段で似たようなので良いか?」

「お願いします」

メニューを開きもせずにマスターへそう返し、ママに顔を向けた。

「あと、ブレンド。温かいの」

「はいはい。いつもありがとうね」

何が食べたいか考えるのも面倒臭い。

店内は平日の昼間と言う事もあって閑散としていた。客は、自分とカウンターの男性だけ。見覚えが無いなぁ、まぁ、こんな時間に自分が来る方が珍しいので、それもそうかとぼんやりと思う。

目の前に置かれた白地に青で模様の描かれたコーヒーカップは美しい。この店の全ての食器を同じブランドで揃えているのだろう。なんとも言えない魅力があり、同じ物を買えないかと調べたものの、似た物は有っても同じ物は見つからなかった。

ここで楽しめば良いかとほんの少しの心残りを残したまま現在に至っている。

お子さまランチの様なワンプレートに感謝をしつつ、頬張る。旨い。あー、ほんと、ここに住みたい。毎回同じ事を食べながら思う。職場にこの喫茶店が隣接してくれたら良いのに。我が家にこの喫茶店があれば……。

隣に座って根掘り葉掘り帰省の話を聞こうとしてくるママの話をスルーしながらナポリタンを噛みしめた。

「じゃあ、その土人形を引き取るためだけに休暇まで取って?」

「うんまぁ、五年以上帰ってなかったし」

嘘はついてない。

「仕事仕事だもんねぇ。白い土って言ったっけ?」

「うん、白くなったって言うより、はじめから白い感じ?」

「それ、白磁じゃないかな?」

マスターがカウンターから口を出してきた。

「ねぇ、星岡さん」

そう、カウンターの男性に話を振る。

「ん?」

「だからさ、白い土でできた土人形」

「あー……ごめん、聞いてなかった」

柔らかい声の男性は読んでいた本から顔を上げると、珈琲に口をつけた。

武骨な指で繊細なカップの持ち手を持っているのは、なんとも可愛らしい。

「見てみないとわからないですけど」

と此方を振り返る。

「見ましょうか?」

思ったより体の大きなその男性は、人懐っこい笑顔でそう、言った。

あの後、彼の頭越しに見たカウンターの時計が休憩終了十分前なのに気付いて、慌てて会計して店を飛び出してしまった。

彼には「お願いします」と伝えたと思う。言った気がする。

午後の仕事が何故だか手につかない。

私はちゃんと言えていただろうか。

翌日、真っ当なランチの時間に喫茶店を訪れると、ママが一枚の紙を渡してきた。

「うちの食器はぜぇんぶ星岡さんの窯にお願いしてるの」

それはそれは楽しそうに言う。

紙は手書きで、星岡さんの名前と住所と簡単な地図が書いてある。

「時間、合わないでしょう? お節介しちゃった。いつでも来て良いって」

ママが何やら企んでいるような笑顔を浮かべる。

「星岡さんね、独り身よ」

「そう言うんじゃないからっ!」

思わず大きな声が出てしまった。


土曜日、地図を頼りに窯を訪ねて見ることにした。途中まで車で来たが階段が行く手を阻む。山の途中に星岡さんの窯は存在していた。事前に調べてはいたものの、結構な段数に溜め息が出る。鞄の中には土人形入りアクリルケースが入っている。

「転んだら一貫の終わりか」

口に出して、ゾッとする。慎重に行こう……。

果たして、星岡さんの窯に辿り着くまで三回休憩して尚、息が上がっていた。ああもう、若くないし歩かないし普段は車だし。と自分に言い訳をしつつ息を整える。大丈夫。ただ、思い出の品を見て貰うだけ。ただそれだけ。

チャイムへ手を伸ばしたその時……

「こんにちわ」

「えあ⁉️」

後ろから声を掛けられて思わず声が出てしまった。

「え⁉️どこから⁉️」

「階段の途中からですね」

柔らかな声で言うと、扉を開けて中へ促す。

「むさ苦しい所ですが、どうぞ」

通された応接間で祖母の土人形を見て貰うと、確かに白磁だと言う。

応接室に無造作に置かれた陶器類は、確かにあの喫茶店の物と同じなんとも言えない魅力がある。

「焼いたら、この子もあんな風に綺麗になるかな?」

「ええと、もしかしたら割れてしまうかも知れないけれど…」と困った様な表情を浮かべる。

「どうします? 一緒に窯に入れましょうか?」

ふと、何故か喫茶店のママの言葉を思い出して顔を覆う。

「あ、ゆっくりで大丈夫ですよ」

何かを勘違いした彼が慌てて言った。

「あの、他ので練習してみても良いですし」


週一で窯に通うようになって、十何回目かの土曜日。祖母の土人形はあのまま預かって貰っている。絵付けの体験や粘土を捏ねて小さな猫の箸置きを作ってみたりして、気がつけば数ヶ月が経っていた。

祖母の土人形に透明の釉薬を掛ける。絵付けは、敢えてしない事にした。

「心の整理がついたというか何と言うか……」

「良いんじゃないかな」

粘土を捏ねていて思う所があった。祖母が土を捏ねている時に思い浮かべて送ってくれたと考えると、何故か涙が溢れた。温かい物が胸を占める。

身代り人形、守り人形、恐らくそんな意図だろうと星岡誠は言った。

割れませんように、との願いは、だがしかし、叶わなかった。

窯出しには立ち会いたくて合わせて休みを取っていたのだが、ぱっくりと割れた体の部分と分離した頭に思わず息を飲む。

「誠さん……どうしよう、誠さん」

作務衣の裾を握る。

無言で作品を窯から出す星岡誠が「おや」と声を上げた。割れた人形の体の中に、鈍い銀色の何かが見える。促されて、まだ温かいそれをつまみ上げると、指輪に見えた。

祖母の大事にしていた指輪だ。

幼い頃、欲しがったらお守りだからダメと言っていたあの指輪だ。

私が結婚する時にくれると言っていたあの指輪だ。

泣きながら支離滅裂に説明する私の頭を、誠が優しく撫でる。

「じゃあ、しなきゃね。結婚。しようか」

祖母の指輪を薬指にソッと嵌めさせた。

「芽衣子さん、僕と、結婚、してください」


祖母の人形は金継をして、応接室に飾ってある。

時折、祖母の優しい笑い声がふふふと聞こえる気がする。

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