第82話 人の未来を背負う者 ヴィオルガの決意
「さっきも言ったが、幻獣の大量発生を引き起こしているのは、今も大地と契約を結んでいる大精霊だ。ならこの大精霊を何とかすればいい」
「な、何とかって……。そんなの、干渉できるものなの?」
ここからの話は万葉や指月にも初めて語る内容だ。二人も俺の発言の一字一句、聞き逃さまいと集中しているのが分かる。
「できる。六王の直系で、大精霊の力の残滓を強く残している者。そいつが説得すればいいのさ。大地と結んでいる契約を止めて下さい、とか幻獣の大量発生を止めて下さいってな」
三人とも俺の発言の意味を考える。最初に口を開いたのは万葉だった。
「……私に霊力の扱いに慣れておけと言われたのは。そのためでしょうか?」
「そうだ。俺の見立てでは万葉。お前なら大精霊との対話が可能だ。……まぁヴィオルガもいい線いっているんだが」
もし万葉が生まれていなければ、俺はヴィオルガを契約の対象者にしていた可能性もあるからな。
「どういう事だろうか? 具体的な話は聞かせてもらったが、どの様な手段を用いれば大精霊様と対話ができるのか分からないのだが」
「俺が案内人になり、万葉を大精霊の元まで導く。だが対話をするのはあくまで六王の直系血族でなければならない。何故なら今の時代まで、大精霊の力を人に伝えてきた一族だからだ」
ここはそう難しい話ではない、と俺は話す。件の大精霊は人に失望したが、それは大精霊の力を互いに殺し合うために使い始めた事が原因だ。
かつて自分たちが力を授けた六王の子孫。説得すると言っても、その者の言葉でないと耳に届かないだろう。
「その大精霊から見れば、あくまでこれは六王の血族と大精霊、それに幻獣の問題だ。確かに俺単独でも接触だけならできるが、俺自身は武家の生まれではあっても、皇族の様に六王の子孫として人を導く存在ではない。……まぁそれ以前の問題でもあるんだが。とにかく、俺の言葉では大精霊の心には届かないだろう」
「心……」
「そしてその大精霊と対話をするには、南の幻獣領域深くまで潜らなければならない。奥地へ行けば行くほど、危険が増す人外魔境の地だ。さらにその魔境を踏破して大精霊と対話ができても、そこはこの地ではない、特殊な空間での対話となる。そこへ至るためには、高い資質を持つ者が霊力的な感受性を高めておく必要がある」
「なるほど。万葉の修練はそのためのものか」
現在、東西両大陸は半分以上を幻獣の領域に侵されている。そんな領域の奥地まで行こうと思うと、相当な試練になるだろう。それこそ俺が受けた試練と同等かそれ以上のものになる。
だが次に幻獣の大量発生が起こると、おそらく大陸の三分の二から四分の三は幻獣の領域となる。そうなると増々幻獣の領域奥地まで行くことが困難になる。この事は言わなくても理解できたのか、三人とも真剣な表情をして考え込んでいた。
「理玖殿の口ぶりからすると、万葉が大精霊様との対話に向かう際には協力してもらえるのだろうか?」
「……ああ。資質を持つ者がそれを望むのなら。俺にはそれに協力する義務が発生する。万葉は今の話を聞いてもやる気だろ?」
「……はい。理玖様のお話のおかげで、さらに修練を積み重ねていく決意ができました」
「だよな……」
大精霊との契約により、対象者となった者がそれを望む時、俺には付き従う義務が発生する。積極的に関わりたい事柄ではないが、別に俺も人の絶滅を願っている訳ではない。今世の対象者である万葉がそれを望むのなら、仕事とは関係無く従ってやってもいい。
それに今の話を聞いて止める様な奴が六王の子孫であれば、どうせこの先人類に未来はない。そういう意味では、まだまだ人も捨てたものではないと大精霊に訴えられるかもな。
「つまりマヨとリクに人類の未来がかかっているという訳ね……」
「変に責任を押し付ける様な言い方をするな。言っておくが説得の材料がなければ、せっかく大精霊と接触できても無駄だからな」
「……え」
「幻獣に肩入れするのをやめてくれ、だなんて口で言って簡単に止めてくれると思うか? 相手は四百年以上、この災害を続けている様な奴だぞ? 万葉はあくまで人類の代表として説得に当たるだけだ。いくら万葉の弁が素晴らしいものであったとしても、人がまた互いに争い始めたら今度こそ人類は滅ぶ。結局は一人一人が意識をしていくしか根本的な解決にはならないんだ。そういう意味では皇国も帝国も、これまでよりもより良い方向に自国民を導いていく責務が発生する。お前も王族ならその責を負う者の一人だぞ、ヴィオルガ」
万葉の説得が上手くいったとしても、次は全人類の意識改革が必要になる。そしてそれを最も求められるのは体制側……つまり皇国と帝国の貴族だ。間違っても互いに争うなんてことがあってはならない。
もしそうなれば、大精霊が完全に人間に見切りをつけるだけでなく、俺自身も別の契約を履行しなくてはならなくなる。
「そうだね。理玖殿の言う通りだ。幻獣の大量発生、この原因が明らかになった以上、我々は過去の過ちから目を背けていてはいけない。それに大精霊様を説得しようというのなら、それなりの説得材料は必要だろう」
「説得材料……」
「説得とは互いの妥協点を探る事でもある。一方の都合だけを押し付ける事は不可能だ。この場合は例えば、そうだね……。人同士で争わない事を誓い、大陸のいくらかは幻獣の領域として手を出さない、とかね」
この辺りの感覚は、流石は指月といったところか。強欲な者であればまず思い至れない考えだ。帝国はどうか知らないが、皇国の皇族はまだ捨てたもんじゃないと思う。
「そういう訳だ。万葉が幻獣の領域へ旅立つまでまだ時間がある。その辺りの説得方法はそれまでに考えておけばいいだろ」
話は終わりだな、と思った矢先だった。ヴィオルガが強い口調で声を上げる。
「ちょっと待って。大精霊様との対話、私も一緒する事はできないのかしら?」
「ん……?」
「リクの話を聞くに、六王の血族で強い力を持っていればいいのでしょう? 私も条件に当てはまっていると思うのだけれど」
ヴィオルガの言葉に指月はやや苦笑気味の表情を浮かべている。うっすら指月の思惑の輪郭が掴めたが、無視してヴィオルガの疑問に答える。
「できるできないで言えば、できる。万葉と共に大精霊との対話の間に行く事もできるだろう」
「やっぱり……!」
「ただしこれはあくまで万葉の存在ありきの話だ。俺の感情や都合云々ではなく、そう決まっている」
これ以上は俺と大精霊との間で交わされた契約の話にもなるし、話す気はない。だがヴィオルガはその答えでも十分の様であった。
「何か事情があるのでしょう、詮索はしないわ。でもその時が来れば、私も万葉の旅に同行させてほしい」
「本気か? 死ぬ可能性は十分にあるぞ」
「本気よ。帝国の王女として、あなた達だけに人の命運を背負わせる訳にはいかないもの」
ヴィオルガも多くは語らないが、これは帝国人としての危機感から出た発言だろう。もちろん万葉の身を案じてもいるだろうが、俺の話には帝国人として見過ごす事ができない点がある。
それは大精霊と交渉の席に着くのが、皇国の皇族だけであるという点だ。そこで話し合われる内容は、帝国の事情まで考慮されたものになるとは限らない。
極端な話、東大陸を人間の領域、西大陸を幻獣の領域として互いに不可侵を結ぶ、なんて提案を大精霊がしてきたらどうするか。ヴィオルガもこの辺りの危険性に気付く辺り、さすがは王族といったところか。当然、指月も思い至っていただろうが。
「マヨ。帝国と皇国、互いの代表者として共に大精霊様にお会いしましょう。六王の直系である私たちが協力し合えば、大精霊様もきっと話を聞いてくださるはずよ」
「……はい、ヴィオルガ姉様。ご一緒いただけると頼もしく思います」
「そうと決まれば私も魔術の修練を積まなくちゃいけないわね……。あと陛下にも事情を話して、マヨの旅を帝国としても全面的に支援できないか検討しなくちゃ」
「いいのかい? 皇国としては嬉しい話だが、今の話、他の帝国人は信じてくれるのかな?」
「話しても信じてくれないから無駄だ、と断じて何もしないのは最も罪深い行為よ。これは帝国の王女たる私が取り組まなくてはならない試練でもある。何とかしてみせるわ」
ヴィオルガの話している事は一見普通の事の様に聞こえるが、ここで帝国として皇国に恩を売っておきたいのだろう。
もし万葉が大精霊の説得を成した時、その手柄全てが皇国のものにならないように。仮にそうなれば、帝国の王族はその求心力を大きく落としかねないからな。ここでしっかりと楔を打ち込んできたのは流石と言うべきか。
「ま、何でもいいさ。言っておくが大精霊と対話するのはあくまでお前たち、その責を負うのは全人類だ。俺は案内はできても味方できないからな、そのあたりの事情は察してくれよ」
「……そうね」
さて。そうと決まれば万葉が旅立てる様になるまでに、俺も俺の目的を果たさなければ。
「他に気になる点はないか?」
「おおよそ理解できたね。これからやるべき事も明確になった。説得材料の準備、万葉の修練、そして旅に備えて物資や人員の手配を今から進めておかないとね」
幻獣の領域最奥まで行こうというのだ、確かに入念な準備が必要になる。そして指月には国家単位でそれができる権限がある。
帝国の事情は分からないが、ヴィオルガもやる気だし、行けば何か見えてくるものもあるかもしれない。
「それと皇国人の意識改革にも取り組んでいくよ。万事上手くいった先の未来を見据えて、ね。差し当たっては過去の歴史の開示からだろうか」
「その辺りは指月の思うままにやればいいさ」
「……私も。修練以外にも、皇族の一人として。何ができるのか、考えていきたいと思います」
俺は皇族と言えば万葉と指月の二人しか知らないが、二人とも立場に相応しい、よくできた人物だと思う。……そういえば皇王って見た事も聞いた事もないな。
「ねぇリク。南の幻獣領域を踏破して大精霊様とお会いするという話だけれど。それって東大陸でないといけないのかしら?」
「いや。実は東大陸、西大陸どちらでもいい。要は奥地へ行ければ、そこを起点に大精霊の領域に踏み込めるんだ。明らかに西大陸の方が難易度低いとかいう理由でもない限り、このまま東大陸の幻獣領域を進むつもりだ」
「そう。その方がいいかもしれないわね……」
ヴィオルガの表情がやや曇る。そういえばさっき、帝国では幻獣の領域と隣接している領主には特権が認められている、と話していたな。何か関係があるのかもしれないが、それは帝国の事情だ。部外者である俺が何か言う事ではない。
「本当に皇国へ来てよかったわ。様々なものを失ったけど、代償として得られたものも大きい。これを無駄にするつもりはないわ」
「……そうか」
幻獣の大量発生を食い止める事は、先輩の死を無駄にしない事にもつながる。もしかしたらヴィオルガはそう考えているのかも知れない。
「そういえば理玖殿は、ヴィオルガ殿に付いて帝国へ行くのだったね」
「ああ。必ずやり遂げると決めた事があるからな」
「もちろん止めるつもりはないし、私にそんな権限はない。帝国に行っても万葉の安全を優先してくれるのだろう? むしろ感謝したいくらいさ」
ヴィオルガもある程度の事情を話しているのだろう。今の指月の言葉は、ヴィオルガの言う事が本当なのか、俺に探りを入れる意味合いもあったか。相変わらず万葉の事になると心配性な奴だ。
だが今や、万葉の身の安全は人類全体の未来にもつながる。指月としてはこれまで以上に万葉の警護に注力したいところだろうな。
「それで。帝国へはいつ戻るんだ?」
「いろいろあったから、もう少し先になるかしら。事情は本国にも伝えてあるから、今頃向こうも大忙しでしょうけれど」
帝国にも皇国の鏡の様な通信術があるのか。
「そうか。ならそれまでの間、皇都で適当に過ごすとするか。行く時は使いを出すか呼ぶかしてくれ」
西大陸へ行くと決めてから今日までかなりの年月を費やしてしまった。だがもうすぐ。もうすぐだ。
パスカエル。俺は奴を。
必ず殺す。
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