第48話 失踪
「落ちてる!」
コロンブさんが叫んだ。その通りだ。しかしゆっくりだった。綿毛が落ちるくらいの速度で、真っ逆さまというわけではない。
副船長のパトリックさんが叫ぶ。
「状況を!」
「第一、第三、第四機関部損傷!」
誰かが返してきた。きっと船員さんだ。
「一機の機関部だけでは高度を保てません!」
パトリックさんが叫び返す。
「だが墜落はしていない。立てる! 歩けるぞ! 落下まで幾許か猶予がある。その間にできることをする!」
心臓が縮こまるような感覚に包まれながら、しかしパトリックさんは冷静だった。
「一番近い空港は?」
「ヒュースロー! 連合王国西端です! しかし引き返すには距離がありすぎます!」
「損傷の程度は調べられるか? 感知魔蓄は?」
「ただいま!」
船員のひとりが手元の操作盤を弄ると、操舵室の壁に映像が映し出された。四つに区切られた映像。それぞれに機関部の様子が映されていた。
「第三機関部は破片が魔蓄機動の邪魔をしているだけで修理ができるかもしれません!」
「精霊使いを派遣しろ! グレムリンなら何とかしてくれるかもしれん! 動力が二つあれば最低限高度を保てる! その間に避難艇で脱出だ!」
「避難艇とは?」
バグリーさんが叫ぶと誰かが答えた。
「浮遊魔蓄で作られた簡易版
「この爆発で損傷していなければの話だ!」
パトリックさんが続けて叫ぶ。
「総員、避難訓練通り四班に分かれろ! 第一班は操舵室に残って状況の把握! 第二班と第三班は乗客の避難! 第四班は避難艇の確認に回れ! 二分後に報告を上げろ! 動け!」
「騎士団!」
バグリーさんが叫んだ。
「船員に続いて乗客の避難を手伝え!」
「承知しました!」
グレアムくんが叫ぶ。彼らが操舵室を出た頃、コロンブさんの胸の魔蓄に連絡が入った。
「何事だ!」
声からして、おそらくムーツィオさんだ。
「船内で爆発。落下しています!」
「見れば分かる!」
ムーツィオさんが叫んだ。
「脱出の目途は?」
「船員を総動員して避難艇の準備をしています!」
「よろしい。まず客を逃がせ。私は最後まで残る。執務室にて待機するから報告を逐一上げろ」
「承知しました!」
と、操舵室に残った第一班が叫んだ。
「精霊使いより連絡! 第三機関部を邪魔していた破片を取り除けたようです!」
「よし!」
パトリックさんが拳を握った。
「迅速な対応だ! 現時点で動かせる避難艇全てに客を乗せるぞ! 第四班も第二班第三班に合流させろ!」
「ただちに!」
「社長を呼びに行きます!」
と、コロンブさんが動き出したところで娘が続いた。
「私も!」
一応、私たちはムーツィオさんの依頼を受けた身だ。当然の対応だろう。
私はカバンに化けると娘の肩にぶら下がった。コロンブさんの後に娘が続く。さすが、船内を知り尽くしているのだろう。コロンブさんは的確に、かつ素早く社長執務室の方へ向かった。不安定な状況で階段を移動するのはなかなか難しそうだったが、しかしてきぱきと動いた。やがて目的の執務室の前に着くと、魔蓄番犬が低く唸って私たちを出迎えた。どうもコロンブさんに向かって唸っているらしい。彼女が体を叩いた。
「カードがない!」
きっとさっきの衝撃で落としたんだわ! 言うが早いが娘が叫んだ。
「私はカードを持っていますので執務室に入れます! コロンブさんはここで待機していてください!」
かくして娘は機械番犬の間を通り抜けて執務室へ向かった。すぐさまカードを使って開けようとする。しかしドアは無反応だった。私も娘もすぐに察した。開いているのだ。
「ムーツィオさん! 避難を……!」
と、叫びながらドアを開けてすぐ、娘が硬直した。私の思考も止まった。
「ムーツィオさん……?」
室内にムーツィオさんの姿は……なかった。代わりに雑多にまとめられた書類が机の上にあり、つい先ほどまで彼がこの部屋にいたことを示していた。娘は素早く動いた。コロンブさんに告げる。
「いません。どこか別の場所にいる!」
「いない? そんな!」
コロンブさんが番犬の向こうから叫び返した。
「ムーツィオが自分の意見を曲げるなんてことは考えられません!」
「でも事実としてこの部屋にはいない!」
娘は犬の間を縫って進むと呆然とするコロンブさんの腕をつかんだ。
「探しましょう!」
そう、娘がコロンブさんを引っ張ったところで彼女の胸元の魔蓄が叫んだ。パトリックさんの声だった。
「コロンブ? 乗客の避難が完了した! 我々も避難するぞ!」
コロンブさんは混乱したように目線を泳がせた。しかしその後すぐ意を決したように応答した。
「ムーツィオさんが行方不明です」
「何、何だって?」
パトリックさんも驚いたらしい。しかし彼の判断は早かった。
「乗組員全員で探そう! 騎士団には私から伝える! コロンブは客室乗務員を!」
「わ、分かりました!」
それからコロンブさんは再び胸の魔蓄に向かって叫んだ。
「客室乗務員。客室乗務員。行方不明者一名。行方不明者一名。ムーツィオさんが見つかりません。全員船内を捜索すること。繰り返します。行方不明者一名……」
*
しかし捜索は難航した。各所を探した船員、乗務員から報告が上がる。
「第一区画、見つかりません!」
「第二区画にもいません」
「第三区画捜索完了しました。いません!」
「避難艇にもいません! まだ船内にいる!」
「そんな、どこに……」
私と娘とコロンブさんの三人は迷路のような通路を進んだ。と、大広間へ繋がる角を曲がろうとしたところで、向こうから男の子の声がした。
「ムーツィオさん? ムーツィオさん?」
角を曲がると、ドアを叩いている人が見えた。赤い服。騎士団。……グレアムくんだ。
「いたんですか?」
コロンブさんが駆け寄る。グレアムくんが答える。
「ええ、今しがたこの部屋に入るところを……」
大広間だった。固く閉ざされたドアをグレアムくんが叩いた。きっと色んな部屋のドアを突破しながら来たのだろう。手にはハンマーがあった。非常時にドアを破るためのものだ。
「駄目だ……」
グレアムくんが何度もドアを押す。
「開かない! 破ります!」
と、グレアムくんがハンマーを振り上げた。
「離れて!」
続けざまに重たい一撃をドアに放った。何度も何度も繰り返しドアを叩きつける。やがて戸がひしゃげ、ついに錠前が破壊されると、見るも無残なドアを蹴飛ばしてグレアムくんが中に入った。私たちも後に続いた。
「ムーツィオさん!」
しかしそこに、広がっていたのは。
ただただ広い、殺風景な、パーティ会場だけだった。何かがおかしい。そう思ってすぐ気づいた。景色が寂しい……石像がないのだ!
いや、厳密に言うと一体だけあった。それは大きな布が被せられた像で、足元の土台が露出していた。私はすぐに思い至った。『我が終焉』。今夜の展示会でムーツィオ氏が発表予定だった新作の石像だ。
娘がすぐさまそれに近づいた。コロンブさんが息を呑み、グレアムくんがじっと見つめる中、娘は躊躇うことなく布をどかした。そこにはやはり石像があった。
その顔は絶望に染まっていた。
何かを必死に止めようとするかのように手を突き出していた。
足元の土台からほんの少しだけ足が飛び出ていた。しかししっかりと据わっていた。
それは、あまりに精巧な。
ムーツィオ氏の石像だった。
『我が終焉』。きっと、自分自身の石像を彫ったのだろう。
辺りを見渡し、それから困惑したような顔をすると、コロンブさんがつぶやいた。
「ムーツィオさんが消えた……」
続けて娘とグレアムくんに告げる。
「この部屋は他に出入り口がありません。ここに入ったのならさっき壊したドアからじゃないと出られない!」
「でも、いない……」
私のそんなつぶやきにコロンブさんが被せてきた。
「そんな、密室でいなくなるなんてこと……」
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