第32話 舞踏会

 さて、そういうわけで三人のプリンセスはその日の内に「お気持ち」を表明、そしてそれを受けた政府関係者たちは慌てふためき……という顛末。

 何しろ女王石が曇っているのだからどのプリンセスも次代にふさわしくない。そこに来て、改宗容認案にてブライアン王子に王位継承権を戻す提案がなされ、元々親ブライアン派だった勢力の声が大きくなり、そうして……。

 バグリーさんはプリンセスたちがお気持ちを表明する前に、各方面へ降参の意を示していた。

「本件への関与を諦める」

 当然ながら、苦情。しかし。

「つかめる情報はつかんだ。だがしかししゃべろうにもしゃべれんでな」

 と、バグリーさんが実際に口を開いてみる。

「じょ……お……せ……しん……は……ぷ……ひ……」

 肩をすくめるバグリーさん。

「何か呪いをかけられたらしい」

 呪い、ね。

 あの日、神妙な面持ちの姫たちの前で、バグリーさんは娘に頼み込んで次のようなことをしてもらった。曰く、多方面から追及を受けたら自分の口が信用ならんらしい。

「三人のプリンセスの正体と『女王石事件』の真相について守秘義務を負う。本件についての情報を一切口外しない」

「ああ」

 娘が手を差し出して、バグリーさんのこめかみに鍵のブローチを当てる。鍵の先端、歯がゆっくりと頭に吸い込まれ……そして、かちり。

 かくしてセントクルス王室最大の謎が出来上がった。

 次代候補である三人のプリンセスを否定した女王石。

 その女王石について何かを知っているようだが口外できない騎士団長。

 唐突にして可決された王室改宗容認法案。

 ブライアン王子の電撃次代国王内定。

 何百年と続いた王室の歴史の中で語り継がれる事件となった。しかしその一端に市井の探偵……それも、一人の女の子が関与していることを知る人は、少ない。

 最低限七人。三人の姫とバグリーさん、グレアムくん、何より娘自身、そして、私。



「どうしよう、お母さん……」

 事件解決後、私たち母娘はバグリーさんの計らいでゆるゆると宮殿内での三日間を過ごしていた。あてがわれた豪華な客室の中で、娘が私に訊いてくる。今夜。新国王ブライアンを讃える舞踏会が開かれる。

「どうするもこうするもないわよ」

 私は尻尾をゆらりと揺らす。

「お好きなドレスを着なさいな。たくさんあるでしょう」

「えっ、えーっと、うん……」

 私と娘は自宅の屋敷から持ち込んだトランクの中に入っていく。箱の中は空間拡大魔蓄が使われていて、ちょっとした衣装部屋になっている。トランクの蓋に備え付けられた階段梯子を下りていけばそこは女子の理想の空間だ。

「こ、これかな?」

 娘がすみれ色のIラインドレスを取り出す。ざっくり開いた肩。まぁ、私があの人と熱い夜を過ごした時のドレスだわ。

「少し露出が多いわねぇ」

 娘が顔を真っ赤に染める。

「じゃ、じゃあこれ……」

 白いフレアスカートのドレス。何だか花嫁衣装みたい。

「いきなりそんな格好で男性の前に現れたら引かれてしまうわよ」

「そ、そっか……」

 じゃあこれは? と、薄桃色のエンパイアドレスを取り出す。まぁ、それならいいんじゃない? 

「あなたが好きならそれにしなさいな」

「じゃ、じゃあこれにする……」

 娘が頬を染めて俯く。

「どうしようお母さん。私ダンスなんてできないよ」

「そんなものは男性に合わせて適当にステップを踏んでおけばいいものなの」

「そんなの、できないよ……」

「もう、仕方ないわねぇ」

 私は記憶の糸を引き出す魔法を唱える。白い靄の中、私の昔の姿……あの人、アウレールと一緒に踊った時の姿が浮かび上がる。

「これを見て適当に覚えなさいな」

「は、はい」

「それよりあなた、大丈夫なの?」

「大丈夫って?」

「お相手はグレアムくんよ」

 娘が耳まで真っ赤になる。

「それが一番心配……」

 ぎゅっと、ピンクのドレスを握りしめる娘。皺になるからやめなさい。

「どうしよう、私変な風にならないかな」

「女は愛嬌」

 私はぴしゃっと告げる。

「にこにこしてなさい。それなら多少の粗相は許されるものだわ」

「分かった……」

「さぁさぁ」

 私は尻尾で娘の脚をくすぐった。

「ドレスが決まったら次は髪。それからメイク。やることはいっぱいあるわよ」



 さて、そういうわけで王室直伝の特別なメイクと髪型、それに私が過去に買った一級品のドレスに身を包んだ最高級の娘が王室主催のパーティに出た。

 まぁ……何てかわいいんでしょう。私は娘の仕上がりにため息を漏らす。

 私はといえば艶やかな黒い毛並みが美しい猫に変身していた。万化王リシャールとまではいかなくても、毛の色を変えるくらいのことはできる。

 さて、グレアムくんはと言うと。

 濃紺の優雅な、ボタンや襟の大きい騎士団制服に身を包んでいた。まぁ、騎士が宴に来ていく最高級の制服だわ。

 私はクリムゾン・レセプションの中にいるであろうバグリーさんを探し出した。いた。彼も私に気づいた。まぁ、何て悪そうな顔……彼がこの衣装をグレアムくんに着せたんだわ。

「レディ。大変見目麗しい」

 グレアムくんが恭しく娘の前に来て礼をする。見目麗しいだなんて……かわいいでも綺麗でも美しいでもなく「麗しい」……。変化球の誉め言葉で乙女心をときめかせる。何ていう手。卑怯だわ。これもバグリーさんが仕込んだに違いない。

 事実私が目をやるとバグリーさんはまた悪そうにウィンクをして見せた。騎士団長直々の口説き文句とあっては、娘は……。

「うっ、うるわ、るわわ……」

 爆発してしまいそうなくらい顔が真っ赤っか。もう、ドレス以上に濃い色を見せるんじゃありません。

「あら、あなた」

 唐突に、人の塊の中から。

 三人の大変女性が姿を現した。脇には紳士。パートナーだわ。

「顔を合わせるのは初めてね。私が明晰王ラファエルの子孫、ナターリエよ」

 賢そうな、ちょっと釣り上がり気味の目。洗練された顔つき。まさに王家にふさわしい。

「はじめましてになるかしら。私が万化王リシャールの子孫マルレーヌ」

 そっとスカートの裾を広げて挨拶するのは、垂れ目がかわいらしい丸顔の姫。確かに花の都に住んでいそう。

「ようこそ宴へ。私はアマンダ。風発王アントネッロの子孫です」

 二重がくっきりした何だか風の女の子。少し日に焼けているのだろうか、他の二人に比べると元気な印象だ。

「その節は大変お世話になりました」

 プリンセス・ナターリエの言葉で三人の姫が小さく膝を折る。

「どうぞ楽しんで。またゆっくりお話ししましょうね」

 そう、優雅に去っていくプリンセスたち。グレアムくんと娘はぽかんとしてその背中を見ていた。が、やがて。

 会場の音楽がゆったりした拍の曲に変わった。照明が暗くなり、そしてそれを合図にしたかのように、各所にいた男女が合わさり出す。

「レディ」

 グレアムくんが娘に手を差し伸べる。

「踊りませんか」

 娘が息を呑む。

「は、はいっ」

 そうして二人重なる。グレアムくんがゆっくり動き出すと、娘は覚えたてのステップでそれについて行く。

 私は会場内を横切ると、端の方でグラスを傾けていたバグリーさんの元へ向かった。私は彼に向かってつぶやく。

「グレアムくんに妙なことを仕込んだでしょう」

「おや、しかしあの子は喜んでおられでしたよ」

「あんまりからかわないでって私言ったわ」

「何、騎士団直伝の作法を伝えたまで」

 バグリーさんを見る。酔っているのか、頬が赤い。

「しかしよいですな。若い二人を見るのは」

「まぁ、悪くはないわね」

 私たちの視線の先。

 溶けてしまいそうな顔をした娘と、凛々しい顔つきのグレアムくん。

 二人の踊りは、しばらく続いた。

 そしてそう、二人の手はしっかり、結ばれていた。


――『女王石』 了

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