第15話 人形博物館

 馬車は立派な建物の裏手に停まった。まずグレアムくんが出た。

「足下にお気をつけて」

 シンディさんと娘の手を取り馬車から降ろしてくれる。さすが騎士団ね。こういうところの教育はしっかりしてるわ。

 博物館裏手の玄関。石造りの段差が低い階段が大きな鉄製のドアへと続いている。娘たちは一段一段踏みしめながら階段を上った。そしてドアの前に着いた。

「アペリオ」

 シンディ女史が扉の前で一言そう発する。直後、重たい鉄の扉が大きな音を立てて開いた。女史がつぶやく。

「職員専用口です。音声認識魔蓄に登録されている声以外には反応しません」

「『アペリオ』というのは?」

 娘が訊くとシンディ女史が答えた。

「合言葉です。月ごとに変わります」

「なるほど」

 シンディ女史に続いて娘が扉の中に入っていった。グレアムくんが後に続く。

 まず廊下があった。左右には裸の電球があったがどうも魔蓄に繋がっているらしかった。ろうそくの明かりよりずっと強い光線を発している。足元に影がいくつも並んだ。

 続く部屋は事務所らしく、机と椅子がたくさんあった。受付のようなカウンターテーブルもあり、シンディ女史はそこに近づくと上にあったノートに「来客」と綴った。するとそれに反応するかのように、壁の一角にあるドアがゆっくり開いた。シンディ女史はそこへ向かった。

「グレアムさんにも一応、話を聞いてもらいましょうか」

 ドアの中に入る直前、ちらりとグレアムくんを見るシンディさん。彼も小さく頷くと娘に続いて部屋の中に入ってきた。シンディさんはすぐに椅子を勧めてきた。

「依頼の内容は先程の話でおおよその見当はつくかと思いますが、当館の人形にかけられた呪いに関してです。術者の特定、および呪いの解除を行ってもらいたいと思っています」

 シンディ女史は淡々と続けた。

「私の認識としましては、攻撃を仕掛けている術者を特定すれば必然的に呪いも収まると思っています」

「ちょっと口を挟ませてもらいますわ」

 私は猫の姿に化けると娘の膝の上に乗った。

「あなたは『霊による人形を対象とした呪い』だと予想していましたね」

 シンディ女史がこっくり頷く。

「ええ」

「術者が霊的存在だった場合、人間の場合に比べて対処が少し手間なんですの。霊界への干渉には特殊な術が必要ですわ」

「その術とやらは魔蓄で……」

「再現可能ですわ」

 もっとも、このご時世魔蓄で再現不可の魔法を探す方が難しい。

「でしたら、私の方でその魔蓄の入手を手配します。術者の特定……それが人であれ霊であれ……をしていただければ、その後の流れについては要相談ということで」

「とにもかくにも攻撃してきている相手を知りたいのですね」

 娘の言葉にシンディ女史は静かに目を伏せた。肯定の意味らしい。

「グレアムさんはこちらの少女探偵さんの護衛をお願いしますわ。……かわいらしいお嬢さんですから」

 娘がちょっと肩をすくめたのと対照的に、グレアムくんは姿勢を正し「承知しました」と返した。娘はてきぱき告げた。

「早速捜査にかかります。館内を案内してくれる方がいると助かるのですが……」

「手配してあります」シンディさんは椅子から立ち上がった。

 それから彼女は一時退室すると、すぐに二人の人物を連れて帰ってきた。

「紹介します。資料室長のダスティン・バジョットと、人形技師長のメリィ・アマートです」

 二人の男女。男性の方、ダスティンさんの方は快活そうな笑みを浮かべて娘に握手を求めてきた。娘は品よくそれに答えた。「よろしく」とつぶやいたその口の周りは豊かな髭が生えていて、実年齢がどうかはさておきそれなりにお年を召している印象だった。鷲のような鼻が特徴的な、どこか鉱山の妖精のような雰囲気がある男性だ。

 一方女性の方、メリィさんは特に顔色を変えずただ淡々と娘に握手を求めた。娘はこれにもにこやかに応対したが、どうもメリィさんの握手は想定より弱々しかったのだろう。娘は何だか肩透かしを食らったような顔になった。

 金髪が豊かな、それこそお人形さんのような女性だった。青い目は薄っすらと開かれていてまるで眠りから目覚めたばかりのよう。肌の色も白くて、こちらもダスティンさんとは違う意味で……そう、例えば泉か何かの……妖精のようだった。

 彼女の手もシンディ女史と同じように機械油やささくれで傷んだ手だった。逆にダスティンさんの方が手指の保護に気をつかっているようなところがあった。

「館内の情勢……誰がどんな仕事をしているだとか、勤務体制だとか……はダスティンい訊いて下さい。人形については全てメリィに。報告は毎日私に上げてもらえると助かります。報告書の形式はお任せしますが、特に使いたいものがない場合は当館の日報用紙をご活用ください」

「承知しました」娘は穏やかに応じる。

「お二人にお伺いしたいことがあるのですが」

 娘がダスティンさんとメリィさんに向き合う。

「館内の人形全てを点検したと聞きました。点検の内容についてかいつまんでお話していただけますか」

 ダスティンさんがメリィさんに目線を投げる。メリィさんはちょっと困ったような顔をしてから答える。

「全人形を解体しました。パーツごとに異変がないかを確認。その後、組み立てて挙動の確認をしました。……これが何か?」

 娘は笑顔を絶やさず答えた。

「何をして何をしてないかをお聞きしたいのです」

 するとメリィさんは肩まで流れていた金髪を払った。

「内部構造は、それこそ歯車ひとつからバネひとつまで全て確認しましたが、異常な点はどこにもありませんでした」

「そうですか」

 娘はにっこり、今度はダスティンさんに向き合う。

「人形の異常を最初に確認したのは誰ですか?」

「チャールズという警備員です。当館の警備員には外部委託の者と我々と同じ公務員の警備員といますが、チャールズは後者でした。国家警備員」

 国家警備員。系統としては騎士団と同じなのだが、主な仕事は公的設備の守衛や管理。外部委託も交えているということは、おそらく国家警備員が上に据わっていて下に外部委託警備員を配置しているのだろう。つまり現場仕事をしているのは外部委託の方だ。

 その点、娘も気づいたのか、すぐに質問を飛ばした。

「チャールズさんはどうして現場に?」

「チャールズの担当は大展示室なんです。特別警備が厳重なエリアです。まぁ、基本的には現場仕事をした外部委託の報告を聞けばそれでいいんですが、チャールズはどちらかと言うと現場仕事の方が好きな奴でして。外部委託の報告を受けた後も報告と現状に差異がないか見に行く習慣があったんです。そういうわけもあって外部委託の連中からは相当嫌われていますが、私どもとしては仕事熱心でいい奴だという認識です」

「最初の異変はその大展示室で?」

「そうです」ダスティンさんが困ったような顔をする。

「当館内で最も厳重に守られているエリアです。閉館後は内部の人間でさえ入るのに手間がいります。特別なカードを持っている人しか入れない」

 と、ダスティンさんはポケットから金属片のようなカードを取り出した。

「小型魔蓄『オルゴール』が内蔵されたカードです。複製は絶対に作れない。閉館後はこのカードを持っている人間以外は大展示室には入れないのです」

「カードを持っている人間を」

「外部委託の警備員の選りすぐり二名、ラルスとジョエレに、当館警備長のチャールズ、私、こちらのメリィに、シンディ館長」

「大展示室にある人形について教えていただけますか? 一番重要な展示と、異変が起きた展示について」

 娘が訊くと、これにはメリィさんが答えた。

「最重要の展示物は『鋼の紳士』初号機です。装着型魔蓄鎧。人が装着していなくても魔蓄による操作で独立運用が可能なので人形扱いになっています。現在連合国軍に配備されている魔蓄鎧の雛型に当たるものが当館に展示されています」

「異変はそれにも?」

「ええ」

「最初に異変が起きた人形は?」

「『ラ・ミア』ですよね」ダスティンさんが訊ねる。

「タロール地方の人形技師、ウーゴ・スカルファロットが作った、ちっぽけな入れ子人形マトリョーシカです」

入れ子人形マトリョーシカ」娘がつぶやく。

「……内部機構なんてなさそうですよね?」

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