明日話したくなる木星のはなし

 水金地火木どってん……あとはどっちだっけ? と最後はあいまいであっても、この順番くらいなら小学生でも知っています。地球のとなりの火星の探査は進んでいて、将来人類が住めないか、と今も研究が進められています。

 火星の次の木星、意外と近くに感じるかもしれません。


 その距離、8億8600万km。

 うーん、イメージが全くわきませんね。世界で一番速いと言われている光の速度で一直線に向かうと、かかる時間は49分。これを近いと捉えるかどうかはあなた次第。人類史上最速の宇宙船である、NASAの太陽探査機「パーカー・ソーラー・プローブ」で向かうと、およそ100日で着きます。

 実はお隣の火星でも光の速さでも片道3分かかるんですよ、カップ麺ができちゃいますね。なつかしの腹話術、いっこく堂の衛星中継「(こえが)こえが(おくれて)おくれて(きこえるよ)きこえるよ」の比ではないです。


 次に驚くべきはその大きさ。直径が地球の11倍。地球が11個並びます。しかもこれは直径なので、大きさで考えると縦、横、高さすべてに地球が11個並び、木星の中に地球サイズのボールをいれるとしたら、なんと1300個も入ってしまうんです。すさまじい大きさですね、地球サイズの宇宙船ができたとしても、木星の中を知り尽くすには時間がかかりそうです。


 それでいて不思議なのは重さ。

 地球の318倍です。ここであれ、と思いませんでしたか? 大きさは1300倍もあるのに、重さはたったの318倍? と。それもそのはず、木星の成分は水素とヘリウム。すいへぇ、りーべー(H, He, Li, Be……)の語呂合わせは軽い元素の順ですから、軽い元素トップ2で作られているのです。どうりで軽いわけです。水素って火をつけると爆発するから木星に火をつけたら大爆発するのかなとか、ヘリウムといえば、飛行船に入っている気体で、それを吸って喋るとドナルドダックみたいな声になる気体ですから、木星でしゃべったらみんなドナルドダックになるのかな、なんて変な想像もしてみますが、そもそも酸素が微塵もないから爆発もしなければ人も生きていけないか。


 ここで勘の良い方は気づいたと思います。

 冒頭にあった「人類が木星に着いた」というフレーズですが、みなさんはどんな光景を想像されましたか? 「着いた」と聞くと、月面着陸したアームストロング船長のように、宇宙服で、ふわふわ飛んでいる姿や、宇宙船が砂煙をあげてゆっくり着陸する様子を思い浮かべませんでしたか?

 先に答えを言うと、それは絶対にありえません。そもそも陸がないので、着陸できないのです。では人類が「木星に着いた」とはどのようなことを指すのでしょうか。1995年にNASAの探査機ガリレオが木星の大気圏から120キロメートルまで進入しましたが、空中分解したそうです。ここでは地球の100倍の圧力がかかり、それに耐えられなかったからだそうです。ですから、大気圏に触れた時点で「着いた」とするのか、はたまたマリアナ海溝でどの深さまで潜れたかを試したかのように「どこまで近づけたか?」を競うのか。

 こんな感じでしょうか。


「ダニエル船長、木星の軌道を外れました。今から接近を開始します」

「ダニエル船長! 大気圏に突入しました」

「ここまではロシアも達成している、我々はここからさらに150km近づくぞ」

「船長! 圧が50、60、100倍に達しました。みしみし言ってます。引き返しましょう」

「いや、まだだこれくらいのトラブルは想定内だ」

「船長、引き寄せられています、すごい重力です。これ以上引き込まれたら、あまりに近づきすぎると、その重力に逆らえず出てこれません」

「みんな死ぬ気でいけ!」

 ダニエル船長一同が乗った宇宙船には窓などないから、その姿は見えなかっただろう。しかしその脳裏にははっきりと浮かんでいた。目の前にある巨大な木星の大気。地球上で観測される最高の風力レベルの暴風が吹き荒れるその暗黒の惑星が、すさまじい重力によって自分達を引き寄せていることを。

「130、135、140km……記録更新しました! 退避開始します、逆噴射MAX!」

「どうだ?」

「船長、だめです、全く木星から離れていません、それどころか、引っ張られています。これ以上のGは危険区域です」

「みんな、絶対生きて帰るぞ! あいつに吸い込まれて粉々になるためにここまで来たわけじゃない! 全力でいけ!」

(後半へ続く)


 木星は暗黒惑星と(私に)呼ばれています。それは太陽系最大の大きさと質量を誇るからだけではありません。まるでマーブル模様のような木星の外観、これは地球上で観測できる最大規模の台風と同じかそれ以上の暴風が常に吹き荒れていることによって見えるものだそうです。それだけではありません、木星の周りには非常に強い放射線帯と磁場があります。仮に何も対策をせずに近寄ろうものなら、ヒトであれば簡単に死んでしまうほどの放射線が存在しているのです。

 近寄るものを強力な重力で吸い込み、磁場で機械を壊し、放射線で細胞を死滅させる、常に嵐が吹き荒れている惑星。暗黒惑星という名に相応しいと思いませんか?

 ただ彼(彼女?)をそのようにさせた最大の理由があるのです。それは木星はあと少し大きければ「太陽」になれたかもしれない、という事実です。直径がたったの1.4倍大きければ、木星は太陽と同じ恒星になれたかもしれないというのです。恒星になれば、太陽系と同じように(木星系?)惑星を従えた、大きな地位を得たかもしれないのです。それがほんのわずか水素が足りなかったせいで、一惑星に成り下がってしまった木星は今もそのことを悔やみ、妬んでいるのではないか。だから怒りの嵐を吹き荒らしながら、磁場と放射線を出しながら今もひっそりと太陽の周りをまわっているではないでしょうか。

 

 ところでダニエル船長は大丈夫だったのでしょうか?

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