第54話 捕獲へ
◇◇◇◇
翌朝、冒険者ギルドの広間は朝の慌ただしさで満ちていた。
ハジメは少し緊張した面持ちで受付の前に立ち、ミリアとヴェルトハルトと並んでいた。
ミリアはいつものように元気で、ヴェルトハルトはいつものように無言で周囲を見回す。
三人で短く会釈を交わすと、受付嬢は書類を手に取り、手早く説明を始めた。
「それでは、オシュタン捕獲依頼の詳細についてご説明いたしますね」
受付嬢は手元の書類を確認しながら、丁寧な口調で話し始めた。
ギルドの喧騒の中でも、その声は落ち着いていて聞き取りやすい。
「まず、生息地についてですがオシュタンは湖沼や大きな河川の水辺に棲んでいます。特に水草の多い場所や、岸辺の崖下、流木の陰などに巣穴を掘って生活していることが多いです」
ハジメは真剣な表情で頷き、メモを取る。
「次に捕獲方法ですが、こちらは少々厳しい条件になっています。オシュタンの皮は非常に高価なため、傷を付けずに生け捕りにしなければなりません。麻酔薬や麻痺魔法の使用が推奨されますが攻撃魔法による捕獲は禁止されています」
「傷付けたら……ダメなんですね」
「はい。傷一つで価値が下がりますから。そのため、乱獲は禁止です。ギルドが許可している数以上を捕まえると処罰対象になります」
受付嬢は少し表情を引き締め、続けた。
「それから、無闇に殺すことも禁止です。オシュタンは希少価値の高い魔物ですので必要以上の狩猟は生態系を乱す恐れがあります。ただし、誤解しないでくださいね。絶滅危惧種というわけではありません。あくまで、悪用や密売を防ぐための保護です」
「……なるほど」
ハジメが小さく呟く。
「残念ながら、そうした規則を無視して密猟や非合法取引を行う者も存在します。もし、そういった者と遭遇した場合は報告を最優先してください。ただし、抵抗された場合や明確な殺意をもって襲いかかられた場合は自己防衛の範囲での制圧も許可されています」
ヴェルトハルトがわずかに目を細める。
ミリアは腕を組みながら小さく呟いた。
受付嬢は説明を締めくくり、微笑みを浮かべた。
「以上が、オシュタン捕獲依頼の主な注意事項となります。規則が多くて覚えるのが大変かもしれませんが――」
そう言うと、受付嬢は引き出しから一枚の紙を取り出した。
「――こちらが規則のまとめです。捕獲の際に迷ったら、必ずこれを確認してください。違反した場合は罰金だけでなくランク降格もあり得ますからね」
ハジメは両手で紙を受け取り、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。しっかり確認しておきます」
受付嬢は柔らかく微笑んだ。
「それではオシュタン捕獲の成功をお祈りしています。どうか、気を付けて行ってらっしゃいませ」
三人は礼をしてギルドを後にする。
外の光が差し込む扉の向こうで、ハジメは小さく呟いた。
「……想像以上に責任の重い依頼だな」
「うむ。だが、主ならばやり遂げられる。我も力を尽くそう」
ヴェルトハルトの言葉に、ハジメは笑みを浮かべた。
隣ではミリアが軽く手を振り、「じゃあ、準備して出発しよっか」と明るく言う。
その声に背中を押されるようにしてハジメは再び歩き出した。
目的はただ一つ。
オシュタンの皮を手に入れ、簡易シャワーを完成させること。
ギルドを出た三人は、街の商業区へと足を運んだ。
受付嬢の説明を思い返しながら、捕獲に必要な道具を一つずつ確認していく。
「罠は三種類。誘導用、拘束用、そして麻酔用。どれも扱いが難しいけど、数があれば何とかなるね」
ミリアが手際よく露店を回りながら指示を出す。
彼女は冒険者歴も長く、慣れた動きで交渉を進め、価格を少しずつ値切っていく。
その頼もしさにハジメは感心するばかりだった。
「さすがミリアさん……慣れてますね」
「そりゃね。素材系の依頼は商人と話す時間の方が長いんだから」
ハジメは購入した麻酔薬を手に取り、ラベルを確かめる。
無臭で即効性がある液体薬。
魔力で活性化させれば霧状にできる優れものだ。
「これなら、傷つけずに眠らせられるかもな」
「油断は禁物だぞ、主。相手は水中で生きる魔物だ。我らの動きが少しでも荒ければ、すぐに逃げる」
「わかってるよ。慎重にやるさ」
道具の調達を終えた三人は昼過ぎには街を出発した。
街道を外れ、森を抜け、やがて開けた湿地帯の先に大きな湖が姿を現す。
透き通った水面には白い雲が映り込み、湖岸には水草と葦が風に揺れていた。
陽光が反射し、波紋がきらめく様子はどこか神秘的ですらある。
「……ここが、オシュタンの生息地か」
「そう。過去に何度も目撃されてる湖だよ。臆病な魔物だから、私たちが近づきすぎると巣に隠れちゃうけど――」
ミリアは腰に下げた罠袋を叩き、笑った。
「――今回はこっそり誘い出す作戦でいこう」
「了解。俺はこの辺りに設置してみる」
「では、我は反対側を見てこよう」
三人は手分けして、湖岸に罠を設置していく。
ハジメは魔力を流して魔法式を起動し、誘導香の小瓶を水面近くに置いた。
柔らかな香りが風に乗り、水面を伝って広がっていく。
ミリアは水草の陰に細い拘束魔法陣を設置し、ヴェルトハルトは周囲の安全を確認していた。
作業を終えると三人は湖から少し離れた岩場に腰を下ろした。
心地よい風が頬を撫で、木々のざわめきが静かに響く。
「さて……あとは待つだけだね」
ミリアが伸びをしながら空を見上げる。
ハジメも隣で頷き、湖面を眺めた。
「上手くいくといいけど……」
「焦るな、主。狩りとは静寂の中にこそ成果が生まれる」
「うん……わかってる」
三人の間に静かな時間が流れる。
遠くでは鳥の鳴き声、近くでは波の音。
穏やかな風景の中に潜む緊張感が、少しずつ濃くなっていった。
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