第11話 今後の方針について
森を抜け、夕暮れ色に染まり始めた空の下、土道を二人は歩く。
空気にはほんのり湿った草の香りが混ざり、森の中とは違う開放感があった。
「……意外と、息が上がってないな」
ヴェルトハルトが横目で見る。
「緊張はしてるけど、なんか……終わったら一気に軽くなった感じ」
「戦闘というものは、終わった直後が最も油断しやすい。帰り道でも足元と周囲に気を配れ」
「はい」
やがて城壁と街門が見えてくる。
門兵に依頼書を見せて通過すると、街の空気が一気に賑やかになった。
商人の声、香ばしい焼き肉の匂い、遠くから響く楽器の音――日暮れ前の活気だ。
「まずはギルドに寄るぞ」
「はい」
冒険者ギルドに入ると、昼間より人が増えていた。
酒を片手に談笑する者、報酬を受け取って帰る者、掲示板を睨む者。
その喧騒の中を進み、カウンターへ角兎と薬草を置く。
「確認しますね……」
受付嬢は慣れた手つきで査定し始める。
すぐに査定が終わったようで、カウンターの下から小袋を取り出す。
「はい、依頼達成です。薬草の状態も良好、角兎も買い取り対象に入ります」
受付嬢は報酬の小袋を差し出した。
「こちらが報酬になります。初めてにしては、なかなかの出来ですね」
「ありがとうございます」
小袋を開けると、銀貨と銅貨が混ざっていた。
重みは小さいが、胸の奥にじんわりと広がる達成感は大きい。
「これで……俺も、ちょっとはこの世界でやっていける気がする」
ハジメが呟くと、ヴェルトハルトは鼻で笑った。
「まだ一歩目を踏み出しただけだ」
「ああ。でも、前進した」
二人はギルドを後にし、デニスの店へと戻る。
すでに暖かな灯りが漏れ、扉を開けると香ばしいスープの匂いが漂ってきた。
「おかえり! お、ちゃんと帰ってきたね」
デニスが笑顔で迎える。
「はい、なんとか。薬草と角兎を納品して、報酬ももらいました」
「それはめでたい! ほら、今日はお祝いだよ。夕食は奮発して雷角牛のステーキだよ」
「え、それってなんですか!?」
「ほう。雷角牛のステーキか。それは嬉しいな」
「ヴェルトは知ってるのか!?」
「ああ。雷角牛は名前の通り、角に雷を纏っているんだ。大きさも普通の牛とは違い、かなりの巨体を誇る。そして、何よりも厄介なのが雷を纏った突進だ。まともに受ければ無事では済まない。雷その者と同じだからな。感電して焼かれる。今の主では絶対に勝てない相手だ」
「ひえ~。恐ろしい」
「だが、その分、高価な値段で取引されており、肉は絶品だ。私も何度か食べたことはあるが美味いぞ」
「おお! それは期待できるな!」」
ヴェルトハルトから雷角牛の話を聞いて、ハジメは恐ろしく思うも美味だと聞いて表情を一変させた。
「それじゃ、早速食べようじゃないか。さあ、座って座って!」
デニスの声に促され、ハジメとヴェルトハルトは席に着く。
食卓に並ぶ温かな料理。
椀から立ち上る湯気と共に、初仕事の余韻が胸を満たしていく。
テーブルには分厚く切られた赤身肉が並び、香草バターがじゅわりと溶けている。
ナイフを入れると、柔らかな肉汁とともに甘い香りが広がった。
「やばい。匂いだけで、もう美味い!」
「ふふ、食べたら、もっと驚くよ!」
「では……いただきます!」
ハジメはフォークで肉を押さえ、ナイフを滑らせる。
刃がほとんど抵抗なく通り抜け、断面からは湯気と共に濃厚な香りが立ち上った。
一口頬張ると、肉の旨味が口いっぱいに広がり、軽く目を閉じる。
「……っ、やっべ……これ、黒毛和牛なんか比べ物にならないな」
「黒毛和牛というのは知らんが、雷角牛は魔力を帯びた草しか食わん。肉質も魔力も上質だ」
「ヴェルトって博識だな~」
「雷角牛が有名なだけだ」
肉を噛みしめながら、デニスがにこやかに口を開く。
「で、今日はどうだった? 初仕事と初戦闘」
「薬草採取はまあ順調だったけど……角兎は、正直かなり焦りましたね~」
「ふむ……」
ヴェルトハルトが、真剣な眼差しを向ける。
「盾での受けは悪くなかった。だが、角を弾いた後に間合いへ入るのが遅い。あれでは、もし相手が大きく跳ね退いたら仕留め損なっていた」
「……確かに。あの時は頭が真っ白で、とりあえず突っ込んだ感じだった」
「戦闘では、次の一手を常に考えろ。敵を倒した瞬間より、その前後が一番危うい」
「肝に銘じておくよ。死にたくないしね」
デニスが笑って手を振る。
「まあまあ。初めてで生きて帰ってきたなら、それで十分だよ。命あっての稼ぎだ」
「そうですね。次はもっとうまくやれるようになりたいですけど、そもそも俺は冒険者になるつもりはないんですが……」
「え、そうだったのかい!?」
「どういうものかを把握しておきたくて、試しにやってみただけです。今後は別の方法でお金を稼ぐつもりですよ」
ハジメは最後の一切れを口に放り込み、深く息をついた。
「……ただ、この世界は元の世界よりも命の危険がたくさんあるみたいなんで、しばらくは自衛できるように鍛えようかと思います」
「うむ。では明日は稽古だ。剣も盾も、基礎を叩き込む」
「うわ、なんか筋肉痛になりそうな予感しかしない」
「筋肉痛は成長の証だ」
「いや、そうなんだけどさ……」
そんな軽口を交わしながら、初めての依頼の夜は、肉の旨味と笑い声に包まれて過ぎていった。
食後、部屋に戻った二人は、ベッドと椅子にそれぞれ腰を下ろしていた。
窓の外では、外から楽しげな笑い声が流れ込み、ほのかなランプの明かりが室内を照らしている。
「なあ、ヴェルト。お前には、まだ話してないことがある」
ハジメは少し間を置き、言葉を続けた。
「……俺、空間魔法と錬金術が使えるんだ」
ヴェルトハルトの金色の瞳が細く揺れる。
「それは――神から授かった力、ということか」
「うん。神様からのおまけみたいなもんだけどね。これがあれば、物資の運搬もできるし、素材から道具や武器、防具を作ることもできる」
ヴェルトハルトは腕を組み、少し考えてから口を開いた。
「……主。それは強力な利だ。表沙汰になれば、利用しようとする者が必ず現れる」
「だから隠しておく。表向きは普通の冒険者として活動しながら、裏では職人ギルドや学術院、商人ギルドと繋がって稼ぐつもりだ」
「なるほど……冒険者として動きながら、複数の拠点と繋がることで影響力と収入を確保する、と」
「そういうこと。あとは、ヴェルトの武力があれば大抵のことは何とかなると思うし」
ヴェルトは小さく笑みを浮かべた。
「主が望む道であれば、私はその両腕となり剣となろう」
「頼もしいな。じゃあ、明日は鍛錬だ。冒険者も職人も、体力は必要だからね。よろしく頼むよ」
「承知した。剣も盾も、しっかり叩き込もう」
二人は視線を交わし、小さくうなずいた。
その夜、ハジメの中で未来の設計図が一段と明確になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます