ヴァンパイアと薬師と隣の魔女

とらいぜん

第1話 始まり。


その日目覚めて窓の外を眺めると

丁度星空と朝日が入れ変わる時間

これを早暁と云うのかな?


2階にある私の部屋からはその入れ替わるその神秘的な空の様子が良く見える。


『何時もよりちょっと早く目が覚めちゃったみたいね。』

小さく呟くと私の部屋へと視線を移した。

そこはまだ明かりもついて居らず

人族にとっては暗く星明りで漸く手元が見える程度の私の部屋。


しかし私達ヴァンパイアにとって

この位の暗さは少し薄暗い位程度にしか感じない。



その私の部屋には

見知った白い壁に可愛らしい椅子が

大き目のテーブルに2脚

そして見知った綺麗なベッドの天蓋に見知った人が

見知った私の化粧品類と化粧筆を片手に持ち

元々大きな目を見開き口を大きく開け私の顔を覗き込みながら固まって居る・・・。

って・・・


「クリア。貴女一体何して居るの?」


「えっ・・あっあの・・・」


うん、彼女は私専属メイドのクリア、

白銀の長い髪を後ろで縛り青い瞳の美しい女性の筈なのだけれど

今はこれ・・驚いて固まっているで良いのよね。


でも淑女はこの位で驚いたりしてはいけない。

落ち着いて対処しなくてはお母様に叱られて来た日々が無駄になる。


「クリア、鏡。」


私が彼女に指示するとおずおずと手に持った化粧品類と筆を置き

手鏡を震える手で私に渡した。


それを静かに自分の心を落ち着かせながら覗き込むとそこに有ったのは・・・


「クリアこれはどう言う事・・・かな?」


「エッ!はっはい。

ミントお嬢様を少しでも美しく見える様に練習をと思いまして・・・。」


そう云いながら彼女の額には冷や汗らしきものが滴り落ちるのが見えた。


「練習?・・何故私の顔で?」


「ぷっ!あっ・・あの・」


ん?

クリアが吹き出しそうになるのを両手で押さえ一歩後退った。


私何かおかしな事言った?


改めて手に持った手鏡を見直すと・・・

うん。

多分このせい・・だ。


私の顔には15歳である私に似合わず大人びた化粧を施した跡・が・あ・り・

その後から付け足したであろう幾重にも重ねられたまつ毛に

頬には薄っすらと影を描いたであろう跡には逆に頬紅がこれでもかと云う位塗られ

元々大き目の私の目には更に大きく見せようとアイラインが大きく引かれ

そして下瞼の部分には黒く塗りつぶされ更に額には『仮』とまで書かれて居る。


うん。これは怒って良い事案だよね。


「クリア~~~!」


「ミントお嬢様本当悪気は無かったんです!本当!

ただ大人びたお嬢様を見たくて化粧をして居たらつい・・」


「つい何よ。」


「私のインスピレーションがほとばしり・・・

でもお嬢様が起きる前に全部消すつもりだったんですよ。

まさかこんなに早く起きるなんて!

今迄こんなに早く起きた事無かったじゃないですか!

何で今日に限って!」


そう言って逃げ出そうとするクリアのメイド服のスカートをむんずと掴み。


「逃がさないわよ!その化粧品貸しなさい。」


「ミントお嬢様!ご容赦を!」


「許すわけ無いでしょ!観念しなさい!」


クリアから化粧品類を奪い取り彼女の顔に思いっきり悪戯描きをして

額に失敗作と書いてその憂さを晴らすとその日一日その化粧を落とさない様に彼女に命じた。


「ミントお嬢様ごめんなさい!

ほんの出来心だったんです!

本当起きる前に落とそうとしたのにそんなご無体な~~。」


どんなに泣こうともこれは決定事項!

その顔を見ると我ながら傑作と云える作品になったと自己自賛!

うん、これは絶対ウケル事間違いなし!


気が付くと何時も起きてシャワーを浴びる時間を過ぎて居たので

急ぎクリアにその用意をさせシャワーを浴び

1人早めの朝食を取り何時もの様に

剣技の訓練を行う為中庭へと向かった。


そこにはお父様

シュナイセン・シェルモントの眷属であり元騎士のバーモンドが待って居る筈。


彼はイケメンでカッコ良いし誰もが認める一流の執事なんだけれども

剣技の練習になると人が変わった様に厳しい訓練を強いるし

遅れたとなればどんなに起こられる事になるか想像しただけでも身震いする。


この怖さはお母様とは又別の怖さと云うか・・・

まあそう云う事で急ぎその中庭に着くと。


「お嬢様お待ちしておりました。」


執事服のまま片手に剣を持ったままキリリとした表情で

赤い瞳に黒髪を後ろで縛って居るそのイケメン執事が待ち受けていた。


「バーモンドお待たせ。」


「いえ、まだ少々時間には早いので大丈夫です。」


笑顔でそう云いつつもおそらく10分以上バーモンドは

その場に微動だにせず待って居た事は

その足元を見れば判る。


ひえ~~早めなら良いけどもしこれで遅れてたら!

間に合って良かった~。


「お嬢様少々早いですが始めましょうか。」


「はい」


何時も通り始めは型から始まり

バーモンドとの打ち合い

そして討ち合いながらの絡め手と

徐々にランクアップして行き最後は、

素手での格闘術。


私達バンパイアにこんな事が何故必要なのかとバーモンドに聞いた事が有るけれど

人前でバンパイアの力を使わず自分と周りの人族の身を守る為と言う事らしい。


バーモンドに言わせると人前で盗賊等に襲われた場合

バンパイアの力を使えば簡単に倒す事は出来るけれども

逆に自分がバンパイアだと云う事が露見してしまう。


それを防ぐ為にもロード叡智への旅に出るあたって

剣術と格闘は覚えて置かなくてはならない事らしい。

でも・・


「何でバーモンドから一本も取れないんだろ~。」


「お嬢様はこれで今日5回ほど死なれてますね。」


「うっ悔しい。」


「悲観なさる事は御座いません。

何しろ始めた時は一日100回は死なれてましてたから。

それより150年以上経験有る私が僅か5本しかミントお嬢様から取れなかった事を誇りに思われた方が宜しいかと。」


私はバーモンドの足元に跪いてバーモンドの顔を見つめて居た。

私自身は転げまわり彼方此方泥だらけなのに対しバーモンドは

執事服に泥一つ付いて居ない。


それなのに私はバーモンドに今日5回も負けるなんて

しかもそれを誇りだなんて思える訳がないのに・・・。


そんな私に笑顔でバーモンドは手を出し私と立たせてくれる。

本当剣技以外では一流の執事で心優しいイケメンなんだけどね~。

剣技の訓練だけは・・・


「ミントお嬢様お疲れさまでした。シャワーの用意が出来て居ります。」


その声に振り向くと悪戯書きを描かれたままの私専属美人メイドの筈のクリアが

その顔の悪戯書きをものともせずに水を入れたグラスとタオルを持って来てくれていた。


「クリア有難う。」


悪戯書きさえされて無ければここ領都リリアントで3・番・目・の・美・人・に見えるのに

時々突っ込み処が何処なのか判らない所が有るのが残念。


そしてバーモンドに礼を云おうと振り向くとその場でクリアを見つめたまま固まって居た。


うん、ヤッパリ見る人が見れば判る物なのね。


私は満足げにその水を一気に飲み干すとタオルを受け取りシャワーを浴び

昼食を摂った。


今日はお父様は仕事へ行きお母様はどうやらお客様が来ているらしく食事は私一人。

その為一人で大きな部屋で食べるのも寂しいので自分の部屋へ食事を運んでもらった。


そこから窓の景色を眺めながら摂る食事は幾分かでも私の心を癒してくれる気がした。


私のは11歳上のお兄様が居るけれど

11年前私が5歳の時ロード叡知への旅に出たまま未だに戻って来ない

時折手紙が届くので元気では居るらしいけれど

お兄様がロード叡智への旅に出て既に11年

私が5歳だったせいかお兄様の顔さえ忘れかけて居る。


今は写真と云う自分を写した者が簡単に手に入るのに

お兄様はその写真さえ送って来ない。


私達はお兄様が一カ所に長期滞在する時には

そこへ手紙と共に私達の写真を送って居るのに

本当男の人ってそう言う事には無頓着らしい。


「ロード叡智への旅も一か月後か期待半分不安半分って云う所かな?」


男性は約7年から30年女性は3年から7年と云われるロード。


まあヴァンパイアの世界でも女性は結婚の為

早めに結婚相手を見つける事が重要視されるみたいだけれど

私は家族以外の純血種『プラティ』を今まで見た事が無いのに一体誰と?


と云いたくなるけど逆に相手を見つける旅にしても良いかな?

そんな事を思いつつベッドに横たわり眠りに着いた。

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