生意気な後輩がお弁当を持ってきたというラブコメもどき

紅山 槙

1

安達あだち先輩! 好きです! 付き合ってください!」


「断る」


 園芸部の畑に乗り込んできた見知らぬ一年生から不信な申し出を受けたため、一蹴する。


「な、なんてこと……こんな可愛い後輩の告白を一瞬で断るなんて。許されざる冒涜!」


「許すか許さないかは俺の権限だろ」


「あ、それもそうですね。では、いくら出せばあたしと付き合っていただけますか?」


「……お前、プライドはないのか?」


 まあ、確かに、控えめに言っても可愛い部類。エビフライのヘアピンは謎ポイントだが。俺が常識人でなければ金を差し出していたかもしれない。


「俺はあんたの名前も知らないんだが」


「え! あー……そうでしたか」


 女子は不思議そうな顔をしながら、改める。


「丸口ほのです。”ほの”に漢字はありません」


「聞いたことないな」


「意外です。常識がないんですね」


「そっちに言われたくない」


 あまり関わらないようにしようと、俺は水やり作業に戻る。


 少しの沈黙の後に、「いい畑ですねー」と、丸口が切り出した。


「キャベツと、玉ねぎと、イチゴと、ニンジン……美味しそうですね。あれ? この葉っぱは、ふきのとうですか!?」


「畑にしゃがむな。水がかかっても知らないからな」


「はあ……これが、先輩の血と汗と涙の結晶なんですね……すりすり」


「おい何をしている」


「先輩の体液で育てられたお野菜を愛でています」


 にんじんを引っこ抜いた泥棒がいる。ホースの水を女子に向けた。


「きゃーーーー!! 危ないですよ! 何するんですか!」


「作物を荒らす害獣は追い払わないといけないからな」


「あたしはタヌキやキツネと同類ですか!?」


 泥だらけのにんじんを持ったまま、丸口は次なる放水に備えて、反復横跳びでもしそうなポーズをしている。


「そんなに欲しければ持って行け」


「え? いいんですか?」


「一本くらいなら勝手にしろ」


「きゃーーーー!! 先輩のにんじん! 安達先輩のにんじんゲットです! 部屋に飾ります!」


 食えよ。と思ったが、俺も人のことを言えないから、つい黙ってしまう。


「タダでもらうのはアレなので、これ、差し上げますね」


 そう言って、丸口はポケットから、口を縛った小さなビニール袋を取り出した。


「何だこれ」


「クッキーです。今日調理部の見学に行ったので、作ったんですよ。雑なラッピングで申し訳ないですけど」


 今は部活の勧誘週間だ。俺は水やり当番だから、ビラ配りの準備だけ手伝って、ここにいるんだが。


「先輩! 告白の返事、考えておいてくださいね!」


 また来ます! と、丸口はてててと走り去って行った。


 ……俺は告白を保留にしたっけか? と、自分の記憶違いを疑う。

 考え込んでいたらつい、植え付けたばかりのキュウリの苗に水を当てすぎてしまった。

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