センチメンタル・シーン

@onlybread

第1話

「エリス、ご飯にしましょう」

 そう言われて、僕は席に座る。目の前には美味しそうなご飯が広げられていた。どれもまだ出来たてで、あちこちから白い湯気を立てている。これだけの皿を用意されると、どれから食べようか迷ってしまうのは仕方がなかった。僕には決断力なんてないから。

 決められないので、一番近くの皿から手を付ける。シチューだ。もちろん美味しい。中にはコトコト煮込まれた鶏肉と、きれいな緑色をしたブロッコリーが入っている。僕はシチューに入っているブロッコリーが好きなんだなと、まるで他人事のように思いながらブロッコリーを食べる。よくこういうことがある。「自分発見」なんて感じだ。いままで自分でも気づかなかった自分の癖なんかに気づいたりするのだけど、これが案外楽しいものなんだよね。

 そうやって、お腹がふくれて満足できるまで食べたら、もうおしまい。全部は食べられない。

「ごちそうさま」

と言って、2階の自室へと戻ろうと思ったが、折角なので食後のワインでも飲もうかと、食器棚から木製のカップを取り出した。ワインは床下に仕舞われているから、重たい蓋部分を力いっぱい持ち上げて、中からお目当てのワインを取り出した。蓋を開けた瞬間から、もういい匂いが鼻を刺激していた。収納の蓋を持ち上げた時に、蓋に指が擦れて、薬指の先が少し痛む。でも、まぁ、それくらいの痛みがあるほうが良いなと思う。これからワインを飲むんだ、そんな些細な痛みなんて肴になるだけなんだ。

 自室の扉を開けると、中はひんやりしていた。日本で言えば「初秋」くらいだった。そんな時期だったので、夜になると肌寒く、もう半袖ではいられないくらいだったので、上に一枚羽織ると、これで丁度いいくらいだった。右手には大きな本棚があり、仕切りはほとんど本で埋まっていた。部屋の扉から入ってまっすぐ行くと、窓があった。夕食後、僕はたまにその窓を開けて、景色を見つつ窓枠に座りながらワインを飲んだ。この瞬間がたまらなく好きだったのだ。その窓からは、魔王城が見える。300メートルほど先で、すぐそこにあるという感じだった。

 人間の僕が、いつまでこんな所で生きていられるのかは分からなかった。もうすぐ終わってしまうんだろうなと、ぼーっと思っているだけ。汲んできたワインももう終わり。手に持っていたカップを近くの机に置き、窓枠から降りて窓を閉じた。こうした一連の動作は考えてやっているわけではなくて、もう呼吸をするように一息にやってしまうだけだった。

 あとは適当に、本の端書きでも読んで寝てしまった。

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